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第一章:はじめの一歩
11、終わりかけの午後(前半)
しおりを挟む昼のあたたかな空気は、午後になるとすこしずつ粘り気を増してくる。
太陽が真上から少し傾いて、影がのびる。
あのまかないの時間からまだ一時間しか経っていないのに、もう体がじんわりと重い。
畝と畝の間でしゃがんだまま、私は一度手を止めて、首を回した。
少し風が吹き抜けて、額の汗が冷える。
遠くで誰かが草を抜く音、土を叩く音、それぞれのリズムが、だんだん単調に聞こえてくる。
たったこれだけの作業なのに、体中がほこりと熱でじわじわしている。
でも、嫌じゃない。
土の上で黙々と手を動かすことが、妙に落ち着く。
静かな達成感が、かすかに胸の奥に残っている。
「……陽菜ちゃん、大丈夫?」
ふいに、美咲が私の隣に腰を下ろした。
麦わら帽子を持ち上げて、腕で額の汗をぬぐっている。
「うん。ちょっと、疲れてきただけ」
「だよねー……。あー、もうだめ。おしゃれじゃないとモチベ上がらないわ」
「……え?」
思わず聞き返すと、美咲は真顔で言った。
「いやさ、作業着ってほんとにテンション落ちる。泥とかつくのはまあいいんだけどさ、なんかいかにも農作業です!みたいなやつ着てると、心が野菜になっちゃうっていうか」
「心が野菜……?」
「そう。だから私、次来るときおしゃれな作業着探してくる。インスタで見たんだけど、デニムのサロペットとか、海外の農園ガールっぽいやつ。あれならテンション上がるかも」
私は思わず笑ってしまった。
たしかに、美咲は朝から「この長靴、ほんとかわいくない」とぶつぶつ言っていたっけ。
「似合いそう。サロペット」
「マジで? 陽菜ちゃん、そういうのもっと言って!」
「……?」
「ほら、なんか褒められるとテンション上がるじゃん。そういうの、女子的に大事なのよ」
「そ、そうなんだ」
美咲は軽いけれど、まっすぐな人だと思う。
誰とでも話せて、気をつかいすぎない。
私とは正反対のようで、でも、その軽やかさがどこか羨ましい。
「陽菜ちゃんもさ、ちょっとずつ動きが農ガールになってきてるよ」
「えっ、何それ」
「いい意味で! 朝よりずっとサマになってるもん。最初、腰の入れ方ぎこちなかったし」
そう言って、美咲が自分の腰をくねくね動かして、変な動きをする。
思わず吹き出してしまって、でもなんだか、くすぐったいようなうれしさが喉の奥に残った。
空を見上げると、雲が薄く伸びていた。
風がまたひと吹きして、畝の隅に積まれた草の山がふわっと揺れる。
ふと遠くの畝を見ると、拓海が一人で黙々と草を抜いていた。
あの人は、しゃべると軽いけど、作業になると急に無言になる。
でも、その集中している姿が、まっすぐで、目が離せない。
ときどき、何かから逃げているみたいにも見えるけれど、それを訊く勇気は、まだ私にはない。
「……おーい、あと30分で水まきして終わるぞー!」
藤原さんの声が畑に響く。
誰かが「了解でーす」と返事をして、みんながゆるく動き出す。
私はもう一度しゃがみ直して、草の根に指をかけた。
手袋越しに伝わる土の感触が、朝よりも少しだけ柔らかく感じられた。
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