土から育てるぼくらの青春

武内れい

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第一章:はじめの一歩

12、終わりかけの午後(後半)

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 風のにおいが、午前中とは少し違っていた。
 乾いた草の香りと、どこかで誰かが開けた麦茶の匂い。空気が静かに傾きはじめる。

 陽射しはやや斜めになり、作業の影がのびて、足元がやわらかい光に包まれていた。

「そっちは終わった?」

 声をかけられて顔を上げると、拓海がスコップを肩にひょいと乗せて、笑っていた。
 額には汗、腕には土。泥のついた軍手が、陽に透けていた。

「うん、あとちょっと……かな」

「手つき、慣れてきたじゃん。朝より全然ちがうよ」

 そう言われて、私は一瞬、息が詰まった。
 褒められるなんて思っていなかったから。
 しかも、その言い方が軽すぎず、重すぎず、ちょうどいい。
 だから逆に、うまく返せなかった。

「……うん」

 それだけしか言えなくて、私はまた視線を土に戻した。

 けれど、心の奥で何かがふわっと膨らんで、体の奥に余白ができたような気がした。
 疲れていたはずの腕が、ほんの少しだけ軽くなる。
 拓海はそれ以上何も言わず、隣の畝にしゃがみこんで草を抜き始めた。

 それが、なんだかうれしかった。
 言葉よりも、並んで同じ作業をしていることのほうが、ずっとあたたかく感じられた。

 その横顔をちらりと見て、私はこっそり深呼吸をした。
 午後の風が、頬をやさしく撫でていく。

「はー、疲れたー!」

 遠くから美咲の声がして、みんなの動きが止まる。
 その声につられて、誰かが笑った。

「おーい、美咲ちゃん、あとちょっとだぞー。がんばれー」

「水まきだけはサボりませんっ!」

 笑い声と一緒に、どこかゆるんだ雰囲気が畑全体に広がっていった。
 作業の終わりが見えると、人はこんなにも軽やかになるんだな、と私は思った。

「よし……」

 私は立ち上がり、軽く腰を伸ばした。
 背筋がぽきりと鳴って、首筋に風が通る。
 それだけで、さっきまでの疲れが少し和らいだ。

「水まき行こうぜ」

 拓海が言って、先にジョウロを取りに行った。
 私はその背中を見ながら、一歩ずつ、足を運んだ。

 ジョウロに水をくんで、静かに根元へと注ぐ。
 水が土に染みこんでいく音――
 じゅわ、とも、しゅう、ともつかない、その音が耳に心地よかった。

 植物が喉を潤すみたいに、静かに、確かに吸い込まれていく。

 私はその様子を見ながら、ふと、自分の呼吸がゆっくりになっているのに気づいた。

 ひとつ、またひとつ、畝をめぐって水をまく。
 太陽はゆっくり傾き、畑に長くオレンジ色の影を落としていた。

 いつの間にか、私の動きも、周囲の人たちの動きも、自然に揃っていた。
 誰かが「あとここ、お願い」と言えば、誰かが「うん」と返す。
 会話じゃなく、リズムみたいなもの。
 体の動きが、呼吸と重なる。

 そのとき、私は思った。

 知らないうちに、ここにいることが特別じゃなくなってきている。
 それは少し不思議で、でも、あたたかい感覚だった。

「よし、終わったな」

 藤原さんの声がして、みんなが道具を持って、片づけに向かう。
 私は最後に、もう一度畝を振り返った。

 陽射しのなかで、さっき水をまいたばかりの土が、しっとりと光っていた。
 その土の色は、朝に見たときよりも、ずっとやさしく、やわらかく見えた。

 まるで、誰かの手のひらの中にいるみたいに。
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