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第一章:はじめの一歩
13、帰り道の違和感(前半)
しおりを挟む長靴がアスファルトを叩く音は、ぺたぺたとしていて、学校帰りのスニーカーの音とはちがう。
ぬかるみを抜けたあとに、乾いた道を歩くと、ソールの底に詰まった土がぽろぽろとこぼれていった。
陽はもう西に傾いて、町の影が長くのびている。
街路樹の葉の裏に赤みがさして、枝の隙間から覗く空は、白から朱にゆっくりと溶けかけていた。
制服の袖口に、茶色い泥のしみがついている。
ポケットの端には、かすかな草の匂い。
重くなったリュックのなかには、まかないのお裾分けにと、奥さんが持たせてくれた小さな袋――採れたての枝豆と、小さなじゃがいもが並んでいる。
駅前の通りまで出ると、世界が一気にいつもの日常に戻った気がした。
人の足音がふえ、車の音、どこかの自転車がきゅっとブレーキを鳴らす音。
そのなかで、私は泥のついた長靴のまま歩いている。
すれ違う人が一瞬、視線をよこす。
子どもを連れた母親、塾帰りらしい中学生、マスク姿の高校生カップル――
たぶん、私の足元なんてそんなに気にしていない。
でも、自分ではその一歩一歩が、いつもとちがう音を立てている気がした。
スマホの通知が震えた。
画面をのぞくと、学校のグループチャットで写真が上がっている。
「タピ活」という一言と一緒に写っていたのは、見覚えのある制服と、ピンク色のドリンク。
その中に、同じクラスの子が数人いて、楽しそうに笑っていた。
スクロールすると、昨日の写真も出てくる。
「このドーナツ最高すぎた」「駅前、また行こ!」
そんな文字と、整ったネイル、きれいな紙袋。
画面の向こうの彼女たちは、夕焼けを背景にしても、にじまない。
私はスマホをすっと伏せて、ポケットにしまい込んだ。
通りの先に見えるのは、駅前のガラス張りのカフェ。
中に、さっきの写真に映っていた子たちがいた。
アイスティーをストローでくるくる回している子、ミラー越しに髪を直す子、なにか笑っている声。
私からは見えない会話と、透明な時間。
たったさっきまで、私は土のにおいのなかにいた。
じゃがいもの芽を摘んで、泥を指先につけて、陽に焼けた腕の汗をぬぐっていた。
それは確かに豊かだった。
でも今、ガラス越しの景色に触れたとき、その豊かさが急に、別の国の話のように遠のいた。
私の長靴の底には、まだ小さな土の粒がくっついている。
それは、ついさっきまで「誇らしい」と思えたものだった。
けれど今は、それを見られたくない自分がいる。
カフェの窓辺のテーブル。
そのガラスに、ふと、自分の姿が映った。
制服の袖に泥のしみ。
うっすらと跳ねた水しぶき。
少しよれたリュック。
……ぜんぜん、おしゃれじゃない。
どこにも映えなんてない。
見ている誰も、私の足音に気づかない。
それでも、自分の歩幅が、どこか世界とずれている気がした。
右手の袋から、枝豆の香りがほのかに立ち上る。
まかないの残り。奥さんのやさしい味。
なのに私は、その香りを隠すように、袋の口をぎゅっと握り直した。
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