土から育てるぼくらの青春

武内れい

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第一章:はじめの一歩

14、帰り道の違和感(後半)

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 駅の角を曲がると、急に音が遠ざかったような気がした。
 ガラスの笑い声も、スマホの通知も、ぜんぶ後ろに置いてきた。
 その代わりに、踏みしめるアスファルトの硬さが、はっきりと足の裏に伝わってくる。

 風が頬をなでる。
 それは昼の畑の風よりも乾いていて、町の匂いが混じっていた。
 人の気配、夕飯の支度のにおい、排気ガス、少し湿った道路の匂い。

 私は、自分のリズムで歩いていた。
 だけど、その自分のリズムが、周りのどこにも合っていない気がした。

 歩道の植え込みに、小さな花が咲いていた。
 白と紫のペチュニア。
 誰が植えたのかもわからないその花が、夕陽の光を透かして、静かに揺れていた。

 私は立ち止まって、その花をじっと見つめた。
 花びらの縁がほんの少し茶色くなっていて、でもそれは、今日一日をちゃんと過ごした証みたいだった。

(……私も、今日一日をちゃんと過ごしたよね)

 心の中で、誰かに問いかけるように呟く。
 そう思ったとたん、さっきまでのずれの感覚が、すこしだけやわらいだ気がした。

 ふと、スマホを取り出してみた。
 さっきのグループチャットは、もう新しい話題で盛り上がっていた。
 今度の体育祭の話、誰が何の種目に出るか――
 そこに、私の名前は、やっぱりなかった。

 だけど、それを見ていても、さっきほどの痛みはなかった。
 私は今日、自分の意思で、ひとつの畝を耕してきた。
 それを見ていてくれた人がいた。
 おいしいって言ってくれる人と、一緒にごはんを食べた。

 それって、たぶん、誰かのいいねとはちがうけど、
 でも、ちゃんと確かだった。

 夕陽が、ビルの隙間に沈もうとしていた。
 その光が、スーパーの壁を照らして、オレンジに染めている。

 私は、足を止めたまま、もう一度スマホを開いて、写真フォルダを開いた。
 今日の畑。
 朝の土。
 じゃがいもを掘った手のひら。
 まかないのテーブル。
 枝豆をゆでる奥さんの背中。

 どれも、においや手触りまで思い出せるような、ほんの短い記録だった。

 私は、写真の一枚をそっと選んで、軽くフィルターをかけた。
「#畑バイト #今日の手しごと」
 そんなふうに、つける言葉を考えてみる。
 でも、結局、何も書かずに画面を閉じた。

 まだ、うまく言葉にはできない。
 でも、なにかが、少しずつ芽を出している。
 そういう気がした。

 駅前の人混みを避けて、一本裏道に入る。
 そこにはもう、人の気配が薄れていた。
 ひんやりとした空気のなか、どこかの家の窓から、ご飯を炊く匂いが流れてくる。

 私は深く息を吸って、肩の力を抜いた。
 少しだけ、靴音が軽くなった気がした。

 遠くで、カラスが鳴いている。
 空はもう藍色に近づいていて、今日が、静かに終わろうとしていた。

(きっと私は、ここから)

 自分でもはっきりとしないその想いを、胸の奥にそっとしまう。
 もうすぐ家だ。
 ただいまって言ったあと、枝豆を茹でよう。
 弟が手伝いたがるかもしれない。

 今日の土のにおいを、家のなかにも少しだけ持ち帰ろう。
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