土から育てるぼくらの青春

武内れい

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第一章:はじめの一歩

18、祖母との夜話(後半)

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 スマホの画面をぼんやりと眺めていた私の隣で、おばあちゃんは静かに編み物を続けていた。
 手元の毛糸は淡い灯りに照らされて、ゆっくり、ゆっくりと、その手のぬくもりと一緒に編み込まれていく。

「昔はねえ、畑のしごとっていうのは、ただの作業じゃなかったんだよ。命のリズムに、そっと合わせていく時間だったのよ」

 おばあちゃんの声は、とてもやさしかった。
 懐かしい音楽みたいに、胸の奥のほうをふわりと撫でてくれる。

 私はその声を聞きながら、ふと顔を上げて、台所の窓の外に目をやった。
 月はまだ姿を見せていなかったけれど、遠くの空にはぽつりぽつりと、星が灯りはじめていた。
 風がひんやりとしていて、草の葉がゆれるかすかな音が、まるで畑が呼吸しているように聞こえる。

「畑の土はね、生きてるんだよ。虫さんも、草も、ぜーんぶ土の仲間。人間なんかより、よっぽど賢いかもしれないねぇ」

 おばあちゃんはそう言って、目尻に小さな笑い皺を寄せた。
 その笑顔は、どこか畑の土のように、あたたかくて、しっとりと落ち着いていた。

 私はその言葉を、心のなかで何度もなぞった。
 朝の光の中で手を汚して、土の匂いをいっぱいに吸い込んだ日。
 汗ばんだ額に吹いてくる風の気持ちよさ。
 土に触れたときのざらざらした感触や、石の冷たさ。

 それはたしかに、ただの作業なんかじゃなかった。
 生きてる時間――そう思えた瞬間が、ちゃんとあった。

「ねぇ、おばあちゃん。どんな野菜を育ててたの?」

 気がついたら、私はそう尋ねていた。
 おばあちゃんは少しだけ手を止めて、糸の先を見つめながら、ゆっくりと思い出すように言った。

「そうだねぇ……大根に、白菜。あとはトマトに、きゅうりに……いろんなのを、季節ごとにね。
 とくにね、冬の大根は、それはもう、おいしかったよぉ」

 その声を聞きながら、私は今日、畑で見た野菜たちを思い浮かべた。
 ぴんと張った葉の緑、土の中でじっと根を張る姿。
 時間をかけて、少しずつ、ゆっくりと育っていく。
 それが、やがて食卓にのぼる。――命がつながっていく、その意味が、すこしわかる気がした。

「自分の手で育てたものをね、口にするっていうのはね……うん。
 土に触れたときの感覚とか、あの風の匂いとか……そういうのを、思い出すの。
 ありがたいなあって、自然と、心がね、あったかくなるんだよ」

 おばあちゃんの言葉は、胸の奥の深いところに、そっと降り積もるようだった。

 私は照れくさくなって、スマホをそっとポケットにしまった。
 そして小さく息を吸い込んでから、ぽつりとつぶやいた。

「私も、そんなふうに思えるようになれたら……いいな」

 おばあちゃんはふんわりと笑って、また編み物の続きを始めながら言った。

「うんうん、その気持ちがあれば、だいじょうぶ。あせらなくていいからねぇ。
 ゆっくり、ゆっくり、自分のペースで、やっていこうね」

 その言葉を聞いた瞬間、胸の中にほんのりと温かいものが広がった。
 日々の不安や迷いが、少しだけ遠くに行った気がして、先のことをそっと見てみようと思えた。

 窓の外では、夏の終わりを告げる虫たちの合唱が、遠くの方で鳴いていた。
 夜風がそっと障子を揺らし、木の葉のざわめきが、やさしい子守唄のように響いてくる。

 私はもう一度、おばあちゃんの横顔を見つめて、小さくうなずいた。

「ありがとう、おばあちゃん」

 おばあちゃんは何も言わずに、にこりと微笑んでくれた。
 私はそのまま、静かな夜の時間に身を委ねた。

 不安や迷いがあっても、こうして誰かと心がふれあえば、きっと歩きつづけられる。
 そんな思いを胸に、私は目を閉じた。
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