23 / 40
第二章:つながりの芽
23、市場への納品と町の喧騒(前半)
しおりを挟む
軽トラックの荷台から、朝採れの野菜がゆっくりと降ろされていく。土の香りがまだしっかりと残るじゃがいも、玉のようにまるく実ったなす、葉脈のくっきりしたししとう
――どれも朝露の余韻をまとったまま、白いコンテナに並んでいる。
「はい、これもお願いね」
藤原さんの声に振り向いて、私は両手でピーマンの入ったコンテナを受け取った。まだ太陽は昇りきっておらず、店先の軒下はやわらかな影に包まれていた。
直売所は、小さな商店街の一角にある。周囲の店がまだ開店準備をしている時間帯でも、ここの店頭だけはすでに人の気配があった。出荷農家の人たちと、地元のお年寄りたちが交差しながら、朝の空気をやりとりしている。
「おっ、今日のトマトも艶がいいねえ」
「昨日より一回り大きくなってるよ」
そんな声が飛び交うたび、私は心の中でそっとトマトの名前を思い浮かべていた。たしか、美咲が名付けたやつはももこだったっけ。ばかみたいだけど、それだけで不思議と親しみがわいてくるから不思議だ。
納品の作業が一段落したころ、美咲が私の横に来て、小声でささやいた。
「ねえねえ、このあとちょっと寄ってかない? 駅前のカフェ、まだ陽菜と行ってなかったでしょ」
「え、でも……作業終わったばっかだし……」
「いいじゃん、朝イチで汗かいたんだから! おつかれ休憩。ね?」
そう言ってくすっと笑う美咲の横顔は、どこか夏の陽ざしみたいだった。私は一瞬ためらったけれど、断る理由が頭に浮かばなくて、結局うなずいていた。
カフェまでは、直売所から商店街を通って五分ほどの距離。朝のざわめきが少しずつ日常の音へと変わっていくのを感じながら、私は商店街の通りを歩いた。
シャッターが上がる音。氷を砕く機械の音。トーストの香りが風に混じり、隣の果物屋からは、朝仕入れた桃が並べられる音がした。
ガラスのショーケース越しに並ぶサンドイッチや、アイスの入った瓶ジュース。カフェの前まで来たとき、私はふと、都会の雰囲気を感じた。
店の中は白と木の色で統一されていて、ドライフラワーがゆらゆらと天井から吊るされている。テーブルの上には、淡い色のコースター。窓際の席に座ると、外から差し込む光がやわらかく私たちの影を落とした。
「……なんか、こういうの、すごく久しぶり」
私は思わずつぶやいていた。
「だよね~。でも、似合ってるよ、陽菜」
「え?」
「ほら、こういう場所って都会っぽいじゃん? でも陽菜、今日めっちゃいい表情してる。畑効果だよ」
美咲は冗談めかして笑ったけれど、その言葉は、私の胸のどこかをやさしく撫でていった。
ラテの泡がしゅわしゅわと音を立てて沈んでいく。カップを手に取ると、指先にほんのりとした温もりが伝わってきた。
「……ありがとう。こういうのも、悪くないかも」
美咲と向かい合ってカフェで笑ってる自分が、なんだか少し不思議だった。でも、そこには居心地の悪さはなくて、むしろ、うれしさに近かった。
そのとき。
「……え、陽菜?」
ふいに後ろから声がして、私は体をびくりとさせた。ふり向くと、制服姿の女の子がこちらを見ていた。
「……あ、藤本さん……」
同じクラスの藤本さんだった。彼女は少し驚いたように目を丸くして、それからふっと笑った。
「まさか陽菜が、カフェにいるとは思わなかったなあ」
その言葉に、私は一瞬、胸がちくりとした。
でも、嫌味じゃないことはわかってた。藤本さんの表情は、どこかやさしかったから。
「最近……ちょっとバイト、はじめたの」
「えっ、まじ? どこで?」
「……畑」
そう言った瞬間、私の中でまた少し戸惑いがよぎった。でも、美咲がすかさず笑って言った。
「うん、陽菜ちゃんね、めっちゃ真面目に土掘ってるよ。ほんと似合うんだから」
「へぇ……なんか、意外だけど、かっこいいかも」
藤本さんはそう言ってから、「また学校でね」と手を振って、テイクアウトのコーヒーを受け取り、出ていった。
彼女の後ろ姿を見送ったあと、私は少しだけ肩の力が抜けた気がした。
「ほら、ちゃんと認められてる」
「……そう、なのかな」
「うん。だって、あんな顔で『かっこいい』って言われること、そうそうないよ?」
私は照れくささを隠すように、カップを両手で包んだ。窓の外では、誰かが自転車を走らせて通りすぎていく。朝の光がビルの隙間から射し込み、アスファルトを細長く照らしていた。
都会的なものがすべてすてきだとは、思わない。だけど、その中にいる誰かと笑い合ったり、想いを交わしたりできるのは、すてきなことだと思った。
私は、ここにいてもいいんだろうか。
そんな問いが、すこしずつ胸の奥でほどけていくようだった。
――どれも朝露の余韻をまとったまま、白いコンテナに並んでいる。
「はい、これもお願いね」
藤原さんの声に振り向いて、私は両手でピーマンの入ったコンテナを受け取った。まだ太陽は昇りきっておらず、店先の軒下はやわらかな影に包まれていた。
直売所は、小さな商店街の一角にある。周囲の店がまだ開店準備をしている時間帯でも、ここの店頭だけはすでに人の気配があった。出荷農家の人たちと、地元のお年寄りたちが交差しながら、朝の空気をやりとりしている。
「おっ、今日のトマトも艶がいいねえ」
「昨日より一回り大きくなってるよ」
そんな声が飛び交うたび、私は心の中でそっとトマトの名前を思い浮かべていた。たしか、美咲が名付けたやつはももこだったっけ。ばかみたいだけど、それだけで不思議と親しみがわいてくるから不思議だ。
納品の作業が一段落したころ、美咲が私の横に来て、小声でささやいた。
「ねえねえ、このあとちょっと寄ってかない? 駅前のカフェ、まだ陽菜と行ってなかったでしょ」
「え、でも……作業終わったばっかだし……」
「いいじゃん、朝イチで汗かいたんだから! おつかれ休憩。ね?」
そう言ってくすっと笑う美咲の横顔は、どこか夏の陽ざしみたいだった。私は一瞬ためらったけれど、断る理由が頭に浮かばなくて、結局うなずいていた。
カフェまでは、直売所から商店街を通って五分ほどの距離。朝のざわめきが少しずつ日常の音へと変わっていくのを感じながら、私は商店街の通りを歩いた。
シャッターが上がる音。氷を砕く機械の音。トーストの香りが風に混じり、隣の果物屋からは、朝仕入れた桃が並べられる音がした。
ガラスのショーケース越しに並ぶサンドイッチや、アイスの入った瓶ジュース。カフェの前まで来たとき、私はふと、都会の雰囲気を感じた。
店の中は白と木の色で統一されていて、ドライフラワーがゆらゆらと天井から吊るされている。テーブルの上には、淡い色のコースター。窓際の席に座ると、外から差し込む光がやわらかく私たちの影を落とした。
「……なんか、こういうの、すごく久しぶり」
私は思わずつぶやいていた。
「だよね~。でも、似合ってるよ、陽菜」
「え?」
「ほら、こういう場所って都会っぽいじゃん? でも陽菜、今日めっちゃいい表情してる。畑効果だよ」
美咲は冗談めかして笑ったけれど、その言葉は、私の胸のどこかをやさしく撫でていった。
ラテの泡がしゅわしゅわと音を立てて沈んでいく。カップを手に取ると、指先にほんのりとした温もりが伝わってきた。
「……ありがとう。こういうのも、悪くないかも」
美咲と向かい合ってカフェで笑ってる自分が、なんだか少し不思議だった。でも、そこには居心地の悪さはなくて、むしろ、うれしさに近かった。
そのとき。
「……え、陽菜?」
ふいに後ろから声がして、私は体をびくりとさせた。ふり向くと、制服姿の女の子がこちらを見ていた。
「……あ、藤本さん……」
同じクラスの藤本さんだった。彼女は少し驚いたように目を丸くして、それからふっと笑った。
「まさか陽菜が、カフェにいるとは思わなかったなあ」
その言葉に、私は一瞬、胸がちくりとした。
でも、嫌味じゃないことはわかってた。藤本さんの表情は、どこかやさしかったから。
「最近……ちょっとバイト、はじめたの」
「えっ、まじ? どこで?」
「……畑」
そう言った瞬間、私の中でまた少し戸惑いがよぎった。でも、美咲がすかさず笑って言った。
「うん、陽菜ちゃんね、めっちゃ真面目に土掘ってるよ。ほんと似合うんだから」
「へぇ……なんか、意外だけど、かっこいいかも」
藤本さんはそう言ってから、「また学校でね」と手を振って、テイクアウトのコーヒーを受け取り、出ていった。
彼女の後ろ姿を見送ったあと、私は少しだけ肩の力が抜けた気がした。
「ほら、ちゃんと認められてる」
「……そう、なのかな」
「うん。だって、あんな顔で『かっこいい』って言われること、そうそうないよ?」
私は照れくささを隠すように、カップを両手で包んだ。窓の外では、誰かが自転車を走らせて通りすぎていく。朝の光がビルの隙間から射し込み、アスファルトを細長く照らしていた。
都会的なものがすべてすてきだとは、思わない。だけど、その中にいる誰かと笑い合ったり、想いを交わしたりできるのは、すてきなことだと思った。
私は、ここにいてもいいんだろうか。
そんな問いが、すこしずつ胸の奥でほどけていくようだった。
0
あなたにおすすめの小説
パンティージャムジャムおじさん
KOU/Vami
児童書・童話
夜の街に、歌いながら歩く奇妙なおじさんが現れる。
口癖は「パラダイス~☆♪♡」――名乗る名は「パンティージャムジャムおじさん」。
子供たちは笑いながら彼の後についていき、歌を真似し、踊り、列は少しずつ長くなる。
そして翌朝、街は初めて気づく。昨夜の歌が、ただの遊びではなかったことに。
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
【奨励賞】おとぎの店の白雪姫
ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】
母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。
ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし!
そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。
小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり!
他のサイトにも掲載しています。
表紙イラストは今市阿寒様です。
絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
笑いの授業
ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。
文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。
それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。
伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。
追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる