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第二章:つながりの芽
23、市場への納品と町の喧騒(前半)
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軽トラックの荷台から、朝採れの野菜がゆっくりと降ろされていく。土の香りがまだしっかりと残るじゃがいも、玉のようにまるく実ったなす、葉脈のくっきりしたししとう
――どれも朝露の余韻をまとったまま、白いコンテナに並んでいる。
「はい、これもお願いね」
藤原さんの声に振り向いて、私は両手でピーマンの入ったコンテナを受け取った。まだ太陽は昇りきっておらず、店先の軒下はやわらかな影に包まれていた。
直売所は、小さな商店街の一角にある。周囲の店がまだ開店準備をしている時間帯でも、ここの店頭だけはすでに人の気配があった。出荷農家の人たちと、地元のお年寄りたちが交差しながら、朝の空気をやりとりしている。
「おっ、今日のトマトも艶がいいねえ」
「昨日より一回り大きくなってるよ」
そんな声が飛び交うたび、私は心の中でそっとトマトの名前を思い浮かべていた。たしか、美咲が名付けたやつはももこだったっけ。ばかみたいだけど、それだけで不思議と親しみがわいてくるから不思議だ。
納品の作業が一段落したころ、美咲が私の横に来て、小声でささやいた。
「ねえねえ、このあとちょっと寄ってかない? 駅前のカフェ、まだ陽菜と行ってなかったでしょ」
「え、でも……作業終わったばっかだし……」
「いいじゃん、朝イチで汗かいたんだから! おつかれ休憩。ね?」
そう言ってくすっと笑う美咲の横顔は、どこか夏の陽ざしみたいだった。私は一瞬ためらったけれど、断る理由が頭に浮かばなくて、結局うなずいていた。
カフェまでは、直売所から商店街を通って五分ほどの距離。朝のざわめきが少しずつ日常の音へと変わっていくのを感じながら、私は商店街の通りを歩いた。
シャッターが上がる音。氷を砕く機械の音。トーストの香りが風に混じり、隣の果物屋からは、朝仕入れた桃が並べられる音がした。
ガラスのショーケース越しに並ぶサンドイッチや、アイスの入った瓶ジュース。カフェの前まで来たとき、私はふと、都会の雰囲気を感じた。
店の中は白と木の色で統一されていて、ドライフラワーがゆらゆらと天井から吊るされている。テーブルの上には、淡い色のコースター。窓際の席に座ると、外から差し込む光がやわらかく私たちの影を落とした。
「……なんか、こういうの、すごく久しぶり」
私は思わずつぶやいていた。
「だよね~。でも、似合ってるよ、陽菜」
「え?」
「ほら、こういう場所って都会っぽいじゃん? でも陽菜、今日めっちゃいい表情してる。畑効果だよ」
美咲は冗談めかして笑ったけれど、その言葉は、私の胸のどこかをやさしく撫でていった。
ラテの泡がしゅわしゅわと音を立てて沈んでいく。カップを手に取ると、指先にほんのりとした温もりが伝わってきた。
「……ありがとう。こういうのも、悪くないかも」
美咲と向かい合ってカフェで笑ってる自分が、なんだか少し不思議だった。でも、そこには居心地の悪さはなくて、むしろ、うれしさに近かった。
そのとき。
「……え、陽菜?」
ふいに後ろから声がして、私は体をびくりとさせた。ふり向くと、制服姿の女の子がこちらを見ていた。
「……あ、藤本さん……」
同じクラスの藤本さんだった。彼女は少し驚いたように目を丸くして、それからふっと笑った。
「まさか陽菜が、カフェにいるとは思わなかったなあ」
その言葉に、私は一瞬、胸がちくりとした。
でも、嫌味じゃないことはわかってた。藤本さんの表情は、どこかやさしかったから。
「最近……ちょっとバイト、はじめたの」
「えっ、まじ? どこで?」
「……畑」
そう言った瞬間、私の中でまた少し戸惑いがよぎった。でも、美咲がすかさず笑って言った。
「うん、陽菜ちゃんね、めっちゃ真面目に土掘ってるよ。ほんと似合うんだから」
「へぇ……なんか、意外だけど、かっこいいかも」
藤本さんはそう言ってから、「また学校でね」と手を振って、テイクアウトのコーヒーを受け取り、出ていった。
彼女の後ろ姿を見送ったあと、私は少しだけ肩の力が抜けた気がした。
「ほら、ちゃんと認められてる」
「……そう、なのかな」
「うん。だって、あんな顔で『かっこいい』って言われること、そうそうないよ?」
私は照れくささを隠すように、カップを両手で包んだ。窓の外では、誰かが自転車を走らせて通りすぎていく。朝の光がビルの隙間から射し込み、アスファルトを細長く照らしていた。
都会的なものがすべてすてきだとは、思わない。だけど、その中にいる誰かと笑い合ったり、想いを交わしたりできるのは、すてきなことだと思った。
私は、ここにいてもいいんだろうか。
そんな問いが、すこしずつ胸の奥でほどけていくようだった。
――どれも朝露の余韻をまとったまま、白いコンテナに並んでいる。
「はい、これもお願いね」
藤原さんの声に振り向いて、私は両手でピーマンの入ったコンテナを受け取った。まだ太陽は昇りきっておらず、店先の軒下はやわらかな影に包まれていた。
直売所は、小さな商店街の一角にある。周囲の店がまだ開店準備をしている時間帯でも、ここの店頭だけはすでに人の気配があった。出荷農家の人たちと、地元のお年寄りたちが交差しながら、朝の空気をやりとりしている。
「おっ、今日のトマトも艶がいいねえ」
「昨日より一回り大きくなってるよ」
そんな声が飛び交うたび、私は心の中でそっとトマトの名前を思い浮かべていた。たしか、美咲が名付けたやつはももこだったっけ。ばかみたいだけど、それだけで不思議と親しみがわいてくるから不思議だ。
納品の作業が一段落したころ、美咲が私の横に来て、小声でささやいた。
「ねえねえ、このあとちょっと寄ってかない? 駅前のカフェ、まだ陽菜と行ってなかったでしょ」
「え、でも……作業終わったばっかだし……」
「いいじゃん、朝イチで汗かいたんだから! おつかれ休憩。ね?」
そう言ってくすっと笑う美咲の横顔は、どこか夏の陽ざしみたいだった。私は一瞬ためらったけれど、断る理由が頭に浮かばなくて、結局うなずいていた。
カフェまでは、直売所から商店街を通って五分ほどの距離。朝のざわめきが少しずつ日常の音へと変わっていくのを感じながら、私は商店街の通りを歩いた。
シャッターが上がる音。氷を砕く機械の音。トーストの香りが風に混じり、隣の果物屋からは、朝仕入れた桃が並べられる音がした。
ガラスのショーケース越しに並ぶサンドイッチや、アイスの入った瓶ジュース。カフェの前まで来たとき、私はふと、都会の雰囲気を感じた。
店の中は白と木の色で統一されていて、ドライフラワーがゆらゆらと天井から吊るされている。テーブルの上には、淡い色のコースター。窓際の席に座ると、外から差し込む光がやわらかく私たちの影を落とした。
「……なんか、こういうの、すごく久しぶり」
私は思わずつぶやいていた。
「だよね~。でも、似合ってるよ、陽菜」
「え?」
「ほら、こういう場所って都会っぽいじゃん? でも陽菜、今日めっちゃいい表情してる。畑効果だよ」
美咲は冗談めかして笑ったけれど、その言葉は、私の胸のどこかをやさしく撫でていった。
ラテの泡がしゅわしゅわと音を立てて沈んでいく。カップを手に取ると、指先にほんのりとした温もりが伝わってきた。
「……ありがとう。こういうのも、悪くないかも」
美咲と向かい合ってカフェで笑ってる自分が、なんだか少し不思議だった。でも、そこには居心地の悪さはなくて、むしろ、うれしさに近かった。
そのとき。
「……え、陽菜?」
ふいに後ろから声がして、私は体をびくりとさせた。ふり向くと、制服姿の女の子がこちらを見ていた。
「……あ、藤本さん……」
同じクラスの藤本さんだった。彼女は少し驚いたように目を丸くして、それからふっと笑った。
「まさか陽菜が、カフェにいるとは思わなかったなあ」
その言葉に、私は一瞬、胸がちくりとした。
でも、嫌味じゃないことはわかってた。藤本さんの表情は、どこかやさしかったから。
「最近……ちょっとバイト、はじめたの」
「えっ、まじ? どこで?」
「……畑」
そう言った瞬間、私の中でまた少し戸惑いがよぎった。でも、美咲がすかさず笑って言った。
「うん、陽菜ちゃんね、めっちゃ真面目に土掘ってるよ。ほんと似合うんだから」
「へぇ……なんか、意外だけど、かっこいいかも」
藤本さんはそう言ってから、「また学校でね」と手を振って、テイクアウトのコーヒーを受け取り、出ていった。
彼女の後ろ姿を見送ったあと、私は少しだけ肩の力が抜けた気がした。
「ほら、ちゃんと認められてる」
「……そう、なのかな」
「うん。だって、あんな顔で『かっこいい』って言われること、そうそうないよ?」
私は照れくささを隠すように、カップを両手で包んだ。窓の外では、誰かが自転車を走らせて通りすぎていく。朝の光がビルの隙間から射し込み、アスファルトを細長く照らしていた。
都会的なものがすべてすてきだとは、思わない。だけど、その中にいる誰かと笑い合ったり、想いを交わしたりできるのは、すてきなことだと思った。
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そんな問いが、すこしずつ胸の奥でほどけていくようだった。
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