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第二章:つながりの芽
24、市場への納品と町の喧騒(後半)
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カフェを出ると、陽射しはもうすっかり強くなっていた。ビルの隙間からこぼれる光が、石畳の道を白く照らし出している。足元に広がる影が、少し伸びて揺れた。
「……ね、寄り道してこ?」
美咲がそう言って、私の腕をそっと引いた。
「寄り道?」
「うん、せっかくだし。あっちの通り、駅のほう。可愛い雑貨屋さんがあるの」
その言葉に、私はほんの少し迷ったけれど、頷いた。こんなふうに誰かに誘われて歩くのは、ずいぶん久しぶりのことのような気がした。
駅前の通りは、少しにぎやかだった。洒落たブティック、海外の焼き菓子を並べた店、雑貨屋のショーウィンドウには季節を先取りしたマグカップや、布のブローチが並んでいる。
風鈴のような小さな鈴の音が、扉が開くたびに鳴っていた。
「こういうの、見るだけでも楽しくなるよね」
美咲はそう言いながら、ガラス越しに並んだハーブの小瓶を指で差した。
「ほら、これ。レモンバームとか、ローズマリーとか」
「畑にも……あったよね」
「うん、藤原さんちの。なんかさ、生活の中にちょっと香りがあるだけで、ちがうんだよね」
彼女のその言葉に、私は不意に、早朝の畑を思い出していた。湿った土と、草の香り。朝の空気と、しっとりと光る葉の感触。あの中に、確かに香りのある暮らしがあった。
買い物袋を手にした人たちが、私たちの横をすり抜けていく。手を繋いだ親子、小さな声で話しながら歩く学生、ひとりでパンを食べている年配の女性。みんなそれぞれに、この町の景色の一部になっている。
でも、ふと私は思った。
――私は、ここにいて浮いてるんじゃないだろうか。
少し前まで、こんな都会の雰囲気のある場所に来るたび、自分の服がくたびれて見えたり、言葉のテンポが合わなかったり、何かしら劣ってるような気がしていた。けれど、今日は……ほんの少しだけ、違った。
畑で土をいじって汗をかいて、野菜を運んで、こうして今ここにいる。
そのことが、なぜか自分の足元をしっかりさせてくれている気がした。
「……これ、かわいい」
美咲が手に取ったのは、布でできたカラフルな鍋つかみだった。ひとつひとつ柄が違っていて、どれも手作りの風合いがある。
「うち、こんなの使ってないな」
「うちもだけど……こういうの、なんかあったかいよね」
あったかい。
その言葉に私はふと、昨夜、おばあちゃんと台所で飲んだハーブティーの温度を思い出した。カップを持つ指先に、じんわりと伝わった温もり。
「……うん。あったかいって、いいな」
そのとき、美咲のスマホがふるふると震えた。通知を見た彼女が、くすりと笑う。
「さっきの直売所のSNS、もうアップされてる! 今日の納品風景、写真撮られてたんだ~!」
彼女が画面を見せてくれると、そこにはコンテナを並べる私たちの後ろ姿が写っていた。色とりどりの野菜が前景にあって、画面の向こうに小さな活気が映っている。
「……うそ、私、写ってる」
「いい感じだよ。畑女子って感じ?」
「やめてよ、そんな言い方」
でも私は、その画面を見つめながら、なぜか笑っていた。自分が、誰かの生活に、風景に、ちゃんと写っていることがうれしかったのかもしれない。
カフェのガラスに映る自分の横顔が、いつもより少しやわらかく見えた。
帰り道、バス停までの坂をのぼると、少し息が上がった。照り返すアスファルトに蝉の声が降ってくる。だけど、暑さも人ごみも、今日はなぜか心地よい疲れとして、体に馴染んでいた。
バスの中、窓から見えた田んぼの緑は、朝よりいっそう鮮やかに揺れていた。
あの向こうには、畑があって、今日もきっと誰かが水やりをしている。
私は、スマホの画面をもう一度開いて、あの写真を見返した。
ほんのすこしずつ、だけど確実に、何かが芽を出しはじめている。
その小さな手応えが、胸の奥でじんわりと広がっていくようだった。
「……ね、寄り道してこ?」
美咲がそう言って、私の腕をそっと引いた。
「寄り道?」
「うん、せっかくだし。あっちの通り、駅のほう。可愛い雑貨屋さんがあるの」
その言葉に、私はほんの少し迷ったけれど、頷いた。こんなふうに誰かに誘われて歩くのは、ずいぶん久しぶりのことのような気がした。
駅前の通りは、少しにぎやかだった。洒落たブティック、海外の焼き菓子を並べた店、雑貨屋のショーウィンドウには季節を先取りしたマグカップや、布のブローチが並んでいる。
風鈴のような小さな鈴の音が、扉が開くたびに鳴っていた。
「こういうの、見るだけでも楽しくなるよね」
美咲はそう言いながら、ガラス越しに並んだハーブの小瓶を指で差した。
「ほら、これ。レモンバームとか、ローズマリーとか」
「畑にも……あったよね」
「うん、藤原さんちの。なんかさ、生活の中にちょっと香りがあるだけで、ちがうんだよね」
彼女のその言葉に、私は不意に、早朝の畑を思い出していた。湿った土と、草の香り。朝の空気と、しっとりと光る葉の感触。あの中に、確かに香りのある暮らしがあった。
買い物袋を手にした人たちが、私たちの横をすり抜けていく。手を繋いだ親子、小さな声で話しながら歩く学生、ひとりでパンを食べている年配の女性。みんなそれぞれに、この町の景色の一部になっている。
でも、ふと私は思った。
――私は、ここにいて浮いてるんじゃないだろうか。
少し前まで、こんな都会の雰囲気のある場所に来るたび、自分の服がくたびれて見えたり、言葉のテンポが合わなかったり、何かしら劣ってるような気がしていた。けれど、今日は……ほんの少しだけ、違った。
畑で土をいじって汗をかいて、野菜を運んで、こうして今ここにいる。
そのことが、なぜか自分の足元をしっかりさせてくれている気がした。
「……これ、かわいい」
美咲が手に取ったのは、布でできたカラフルな鍋つかみだった。ひとつひとつ柄が違っていて、どれも手作りの風合いがある。
「うち、こんなの使ってないな」
「うちもだけど……こういうの、なんかあったかいよね」
あったかい。
その言葉に私はふと、昨夜、おばあちゃんと台所で飲んだハーブティーの温度を思い出した。カップを持つ指先に、じんわりと伝わった温もり。
「……うん。あったかいって、いいな」
そのとき、美咲のスマホがふるふると震えた。通知を見た彼女が、くすりと笑う。
「さっきの直売所のSNS、もうアップされてる! 今日の納品風景、写真撮られてたんだ~!」
彼女が画面を見せてくれると、そこにはコンテナを並べる私たちの後ろ姿が写っていた。色とりどりの野菜が前景にあって、画面の向こうに小さな活気が映っている。
「……うそ、私、写ってる」
「いい感じだよ。畑女子って感じ?」
「やめてよ、そんな言い方」
でも私は、その画面を見つめながら、なぜか笑っていた。自分が、誰かの生活に、風景に、ちゃんと写っていることがうれしかったのかもしれない。
カフェのガラスに映る自分の横顔が、いつもより少しやわらかく見えた。
帰り道、バス停までの坂をのぼると、少し息が上がった。照り返すアスファルトに蝉の声が降ってくる。だけど、暑さも人ごみも、今日はなぜか心地よい疲れとして、体に馴染んでいた。
バスの中、窓から見えた田んぼの緑は、朝よりいっそう鮮やかに揺れていた。
あの向こうには、畑があって、今日もきっと誰かが水やりをしている。
私は、スマホの画面をもう一度開いて、あの写真を見返した。
ほんのすこしずつ、だけど確実に、何かが芽を出しはじめている。
その小さな手応えが、胸の奥でじんわりと広がっていくようだった。
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