土から育てるぼくらの青春

武内れい

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第二章:つながりの芽

25、じゃがいも料理大会(前半)

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 雨が上がった翌日。軒先に吊るされた風鈴が、かすかに涼しい音を立てて揺れていた。空は一面の青。蝉の声が、まだ眠気の残る空気を割るように響いてくる。

「今日はね、ポテトサラダ作るの!」

 弟の晴翔が、朝ごはんの食パンを両手で持ちながら宣言した。口のまわりにバターをつけたまま、無邪気に笑っている。

「へえ、誰と?」

「お姉と! ね?」

 食パンをかじったまま私を見上げるその目に、私は少し笑って頷いた。
「うん。……約束したしね」

 数日前、美咲と一緒に収穫したじゃがいもを、おばあちゃんが新聞紙にくるんで保管してくれていた。台所の隅に、ころころと転がる丸い形。手にとると、まだほんのりと土のにおいがした。

「このまえ掘ったやつ?」

「うん、そう。自分で収穫したの」

「すごい!」

 そう言って晴翔が拍手したとき、胸の奥がふっとあたたかくなった。
 誰かに「すごい」って言われることが、こんなにも素直にうれしいなんて。

 台所は、光がよく入る。
 白いカーテンが、風にふわりと揺れた。
 その向こうに、緑がまぶしく光っている。
 窓辺の鉢植えのバジルが、わずかに香りを放っていた。

「はい、お鍋。あとは茹でるだけねぇ」

 おばあちゃんがストンと鍋を置いて、火加減を調節しながら言った。
 ガスの青い火が、静かに揺れている。

「ジャガイモはね、皮のまんまゆでると、うま味が逃げるのよ」

「えっ、皮ついたまま?」

「うん。茹で上がってからむいたら大丈夫。熱いけどね、ふふ」

 おばあちゃんの横顔は、いつもより少し笑っていた。
 おばあちゃんと並んで台所に立つのは、小学生のときに卵焼きを教えてもらって以来かもしれない。

 湯気が立ちはじめると、じゃがいも特有の甘いような香ばしいようなにおいが、台所にふわっと広がった。
 私は小皿に塩を用意し、ゆで卵を剥く準備をした。
 ゆで卵は、晴翔の仕事。

「うーん、むずかしいなぁ、これ」

「殻がくっついてるやつは、たぶんちょっと茹ですぎたかもね」

「でも、おいしければいいよね!」

 私が笑うと、晴翔も笑った。
 家の中に、じゃがいもと卵の匂い、笑い声、そして少しの水音が溶け合って、優しい時間が流れていた。

 熱々のじゃがいもをタオル越しに持ち、皮をむいていく。
 指先に伝わるその熱さは、なぜか心地よかった。
 これは、確かに自分が育てたじゃがいもだ。
 畑の土の中から出てきた、命の粒。

「ほら、つぶしてごらん。つぶし加減はね、ちょっとだけ形が残るくらいがいいのよ」

 おばあちゃんの指示を受けて、ボウルに入れたじゃがいもをマッシャーでつぶしていく。
 ホクホクとした感触が、手に伝わる。

「これ、おれやりたい!」

 晴翔が言って、マッシャーを握る。
 ちょっと力を入れすぎて、ボウルががたんと音を立てた。

「あ、あぶない」

「ごめん~」

「いいよ。でも、飛ばさないでね」

「うん!」

 まるで工作でもしているかのように夢中でつぶしていく晴翔の姿を見ていたら、心がやわらかくなっていくのを感じた。

 おばあちゃんは、その間にきゅうりとハムを細かく切ってくれていた。

「これも、ちょっと塩してしぼっとくと、べちゃべちゃにならないのよ」

「……昔から、作ってたの?」

「うん。じゃがいもが取れる時季にはね、よく作った。おじいちゃんも好きだったし、あなたのお母さんもよく食べていたわ」

 おばあちゃんの声が、少し懐かしむように揺れていた。
 その言葉の中に、時間の流れを感じた。
 私が生まれる前の、暮らしの中の料理の記憶。
 それが今、私の手の中で再び生まれようとしている。

 具材を混ぜて、塩と胡椒で味を整える。
 少しだけマヨネーズを加えて、優しく混ぜた。

「……いい匂い」

 晴翔がぽそっとつぶやいた。
 その声に、私もそっと同意する。

 できあがったポテトサラダを、大皿に盛りつける。
 丸いじゃがいもの粒が残っている部分、きゅうりの緑、ハムのピンク。
 おばあちゃんがパセリを刻んで、ふわっと乗せた。

「色どりも、大事なのよ」

 おばあちゃんの言葉に、思わず「なるほど」と頷いた。

 食卓に並べられたサラダは、どこか祝祭的だった。
 たったこれだけの料理なのに、何かを成し遂げたような気持ちになる。

 晴翔が小さく拍手をして、私は小さく笑った。
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