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第二章:つながりの芽
26、じゃがいも料理大会(後半)
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「……いただきます」
手を合わせたその瞬間、家の中がしんと静かになった気がした。
昼の日差しが障子越しに射して、食卓に置かれたポテトサラダの表面をほのかに照らしている。ガラスの器に盛られたじゃがいもたちは、さっきまで土の中にいたとは思えないくらい、しっとりと光っていた。
「……うまっ」
最初に声をあげたのは晴翔だった。
スプーンで大きくすくったポテトサラダを頬張って、ほっぺをふくらませたまま目をまんまるにしている。
「おいしい? 本当に?」
「うん! これ、コンビニのよりうまい!」
それはたぶん、晴翔なりの最大の褒め言葉だった。私はくすりと笑った。
続いて、おばあちゃんも一口食べて、ゆっくりと咀嚼する。
「……うん、いい味になったねぇ。じゃがいもが甘い」
その言葉に、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
甘い――その感想が、どうしようもなく嬉しかった。
「お姉、今日のお昼、これだけでいいよ! これいっぱい食べたい!」
「ちょっとはごはんも食べなさいよ」
そう言いながら、私は冷蔵庫から冷やしておいた麦茶を出し、コップに注いだ。
氷が、からんと軽やかな音を立てる。
真夏のような暑さの昼。
けれど、家の中にはやわらかな風が吹いていて、障子を抜けてくる光の縞が、まるで畳に陽だまりの模様を描いているみたいだった。
「おばあちゃん、このじゃがいも、やっぱりうちで作ったから美味しいのかな」
私がぽつりと言うと、おばあちゃんは少し驚いたように顔を上げた。
それから、ゆっくりと目を細めた。
「……そうねぇ。土の中でしっかり育ったやつは、ちゃんと味があるの。甘みも、ほくほく感も。あなたが育てたから、よけいにそう感じるんだろうねぇ」
「育てたっていっても、まだまだぜんぜんで……藤原さんや、拓海くんたちがいてくれてこそだし」
「それでも、自分の手で土に触れて、収穫して、料理した。それはもう立派なうちの味だねぇ」
うちの味――その言葉が、心の奥にすとんと落ちた。
きっとこの味は、スーパーで買ってきた野菜では出せない。
手に土がついて、汗が流れて、泥にまみれて収穫したからこそ、心に残る味になっているんだ。
「……私さ、最初は、正直バイトっていうより、お金のためって感じだったの」
私はテーブルに肘をついて、冷たい麦茶を少し飲んだ。
麦の香ばしさと、氷の冷たさが喉をすべる。
「でも最近、ちょっとずつだけど、野菜のこととか、土のにおいとか、そういうのが好きになってきてて……。なんでだろうね」
おばあちゃんは笑わなかった。ただ、静かに頷いた。
「人間って、手で触ったものに心がついていくものよ。言葉より先に、体が感じるの。土も野菜も、そういうものだと思う」
その言葉に、私は深く息を吸った。
外では蝉が鳴いている。遠くで風が木の葉を揺らす音がした。
その音のひとつひとつが、今の私には、何か意味を持って聞こえてくる。
食器を片づけたあと、私はスマホを手にとった。
ふとした思いつきで、カメラロールを開いて、畑で撮った野菜たちの写真を見返していく。
みずみずしいトマト、葉を広げるピーマン、朝露に濡れたナス。
そして、あのじゃがいもたち。
泥のついたその姿が、今はまぶしく思えた。
「おばあちゃん、昔も畑やってたんだよね?」
私が聞くと、おばあちゃんは台所の隅の椅子に腰をおろしながら、ふっと目を細めた。
「そうねぇ。近くの農協でパートもしながら、裏の畑でいろいろ育てていたわ。小松菜に、さつまいも、そら豆……ほかにも、いろいろやったなあ」
そのときのおばあちゃんの声は、少し遠くを見ているようだった。
「今はもう、体もしんどくなってきたけどねぇ。でも……陽菜がやってくれてるって思うと、なんか安心するわ」
「私が?」
「そうよ。うちの子が、また土に触れてるって、それだけでなんか、嬉しいなぁ」
おばあちゃんはそう言って、私の手をそっと撫でた。
その手は、細くなっていたけれど、しっかりと温かかった。
私はもう一度スマホの画面を見て、小さく頷いた。
畑で撮ったあの写真の一枚を、保存フォルダにお気に入りでマークする。
それは、なんでもない一瞬だったかもしれないけれど、私にとっては、ちゃんと意味のある時間だった。
「……よし、今度はコロッケ作ろうか」
私がそう言うと、祖母がふわっと笑った。
「まあ、いいわねぇ。おばあちゃん、パン粉担当するわ」
「おれは揚げる係!」
晴翔がすかさず名乗りをあげる。
笑い声が、台所にひろがる。
その中に、たしかに芽吹いているつながりがあった。
手を合わせたその瞬間、家の中がしんと静かになった気がした。
昼の日差しが障子越しに射して、食卓に置かれたポテトサラダの表面をほのかに照らしている。ガラスの器に盛られたじゃがいもたちは、さっきまで土の中にいたとは思えないくらい、しっとりと光っていた。
「……うまっ」
最初に声をあげたのは晴翔だった。
スプーンで大きくすくったポテトサラダを頬張って、ほっぺをふくらませたまま目をまんまるにしている。
「おいしい? 本当に?」
「うん! これ、コンビニのよりうまい!」
それはたぶん、晴翔なりの最大の褒め言葉だった。私はくすりと笑った。
続いて、おばあちゃんも一口食べて、ゆっくりと咀嚼する。
「……うん、いい味になったねぇ。じゃがいもが甘い」
その言葉に、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
甘い――その感想が、どうしようもなく嬉しかった。
「お姉、今日のお昼、これだけでいいよ! これいっぱい食べたい!」
「ちょっとはごはんも食べなさいよ」
そう言いながら、私は冷蔵庫から冷やしておいた麦茶を出し、コップに注いだ。
氷が、からんと軽やかな音を立てる。
真夏のような暑さの昼。
けれど、家の中にはやわらかな風が吹いていて、障子を抜けてくる光の縞が、まるで畳に陽だまりの模様を描いているみたいだった。
「おばあちゃん、このじゃがいも、やっぱりうちで作ったから美味しいのかな」
私がぽつりと言うと、おばあちゃんは少し驚いたように顔を上げた。
それから、ゆっくりと目を細めた。
「……そうねぇ。土の中でしっかり育ったやつは、ちゃんと味があるの。甘みも、ほくほく感も。あなたが育てたから、よけいにそう感じるんだろうねぇ」
「育てたっていっても、まだまだぜんぜんで……藤原さんや、拓海くんたちがいてくれてこそだし」
「それでも、自分の手で土に触れて、収穫して、料理した。それはもう立派なうちの味だねぇ」
うちの味――その言葉が、心の奥にすとんと落ちた。
きっとこの味は、スーパーで買ってきた野菜では出せない。
手に土がついて、汗が流れて、泥にまみれて収穫したからこそ、心に残る味になっているんだ。
「……私さ、最初は、正直バイトっていうより、お金のためって感じだったの」
私はテーブルに肘をついて、冷たい麦茶を少し飲んだ。
麦の香ばしさと、氷の冷たさが喉をすべる。
「でも最近、ちょっとずつだけど、野菜のこととか、土のにおいとか、そういうのが好きになってきてて……。なんでだろうね」
おばあちゃんは笑わなかった。ただ、静かに頷いた。
「人間って、手で触ったものに心がついていくものよ。言葉より先に、体が感じるの。土も野菜も、そういうものだと思う」
その言葉に、私は深く息を吸った。
外では蝉が鳴いている。遠くで風が木の葉を揺らす音がした。
その音のひとつひとつが、今の私には、何か意味を持って聞こえてくる。
食器を片づけたあと、私はスマホを手にとった。
ふとした思いつきで、カメラロールを開いて、畑で撮った野菜たちの写真を見返していく。
みずみずしいトマト、葉を広げるピーマン、朝露に濡れたナス。
そして、あのじゃがいもたち。
泥のついたその姿が、今はまぶしく思えた。
「おばあちゃん、昔も畑やってたんだよね?」
私が聞くと、おばあちゃんは台所の隅の椅子に腰をおろしながら、ふっと目を細めた。
「そうねぇ。近くの農協でパートもしながら、裏の畑でいろいろ育てていたわ。小松菜に、さつまいも、そら豆……ほかにも、いろいろやったなあ」
そのときのおばあちゃんの声は、少し遠くを見ているようだった。
「今はもう、体もしんどくなってきたけどねぇ。でも……陽菜がやってくれてるって思うと、なんか安心するわ」
「私が?」
「そうよ。うちの子が、また土に触れてるって、それだけでなんか、嬉しいなぁ」
おばあちゃんはそう言って、私の手をそっと撫でた。
その手は、細くなっていたけれど、しっかりと温かかった。
私はもう一度スマホの画面を見て、小さく頷いた。
畑で撮ったあの写真の一枚を、保存フォルダにお気に入りでマークする。
それは、なんでもない一瞬だったかもしれないけれど、私にとっては、ちゃんと意味のある時間だった。
「……よし、今度はコロッケ作ろうか」
私がそう言うと、祖母がふわっと笑った。
「まあ、いいわねぇ。おばあちゃん、パン粉担当するわ」
「おれは揚げる係!」
晴翔がすかさず名乗りをあげる。
笑い声が、台所にひろがる。
その中に、たしかに芽吹いているつながりがあった。
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