土から育てるぼくらの青春

武内れい

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第二章:つながりの芽

36、奮闘の夕方作業と祖母の差し入れ(後半)

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 小屋のそば、木の陰に並べられた簡易ベンチに腰を下ろすと、どこかからツクツクボウシの声が聞こえてきた。陽が傾き、さっきまでぎらぎらと照りつけていた日差しが、穏やかな橙に変わっている。
 空には細く伸びた雲がいく筋も流れ、風の通り道が見えるようだった。

「……ふーっ……終わったぁ……」
 美咲が両手を広げて大きくのけぞった。その声に釣られて、拓海も小さく笑う。

「今日は、ほんとやり切ったって感じだな」
「うん。たぶん、腕ぷるぷるになる」

 私も、無言でこくりと頷いた。指先の関節が熱く、腕の筋肉はじんじんと張っている。でも、それが嫌じゃなかった。むしろ、心地いい疲労感が、体の奥に静かに満ちていた。

「はい、これ、冷えてるよ」
 おばあちゃんが、にこにこと保冷バッグから取り出したペットボトルを私たちに手渡してくれた。中には、うっすらと薄紅色に染まった液体。光に透かすと、梅の小さな実が底の方に沈んでいる。

「これ、梅ジュース?」
「そうだよ。去年漬けた梅で作ってね、ちょっとだけ炭酸をいれてみたの。喉、潤すにはちょうどいいのよ」

 私は栓を開け、少しだけ口をつけた。口の中に、しゅわっとした泡と、梅の甘酸っぱさが広がる。ふわりと鼻を抜ける香りに、遠い夏の記憶がよみがえった。
 学校帰り、おばあちゃんが縁側で出してくれた氷入りの梅ジュース。畳の匂い。すぐそばで蝉が鳴いていた。

「おいし……っ」
 美咲が目を丸くしながらも、ひとくち飲んでから目を細めた。
「これ、癒されるやつ……」
「ね、どこか懐かしい味」
「え、すご……俺これ好きかも。市販のやつよりずっとうまい」

 おばあちゃんはそれを聞いて、なんともいえない誇らしそうな顔をしていた。
「手前味噌だけどねぇ、ちゃんと作ったものは、ちゃんと応えてくれるのよ」

「私、家で赤しそジュース作ってるの」
 と、ふいに美咲が言った。
「母が、体にいいって。見た目はすっごく濃い赤でちょっとびっくりだけど、味はさっぱりしてて好き!」

「うちの母は、果物ばっか干してるよ。ドライキウイとかドライみかんとか」
 拓海が笑いながら言った。
「朝ごはんにヨーグルトと一緒に出てくる。ちょっと健康志向っぽいやつ」

「へぇ~いいな。そういうお母さん、憧れるな」
「まあ、健康オタクって言われてるけどな……」

「俺は、冷蔵庫のなかにラッキョウしかないよ……」
 大智がぽつりと言って、皆が笑った。

「でもなあ、ラッキョウの漬け方にもちゃんとこだわりがあってな……」
 と、早速話し始める大智に、私たちはうんうんと頷いたり、時々笑ったりしながら、静かな夕暮れの時間を過ごしていった。

 それぞれの家。それぞれの味。それぞれの思い出。
 手作りのものって、不思議とその人自身を映す気がする。おばあちゃんの梅ジュースも、私の知らない過去や、見たことのない季節を含んでいるようだった。

「……今度、梅の実、写真撮ってみようかな」
 私はぼそっとつぶやいた。

「いいじゃん」
 美咲がすぐに反応してくれた。
「陽菜の育ててるって感じ、すごく伝わるよ」

 私は照れくさくて目をそらしながら、手元のボトルをぐるぐると回した。
 氷がカランと鳴って、沈黙がひとつ、透明な音を立てた。

 空はもう、深い藍に染まり始めていた。遠くから聞こえる草刈り機の音がやけにのんびりしていて、田んぼの向こうで蛙が合唱を始めている。

 明日も、暑くなりそうだ。

 でも、それでもいい。きっとまた、土を触りながら、汗をぬぐいながら、みんなと笑える。

 そう思えたのは、今日の梅ジュースと、みんなとの言葉のおかげだった。

 私は残りの一口を飲み干して、空を見上げた。
 ひとすじ、雲の切れ間から金星が輝いている。
 明日は、何を育てようか。
 どんな味に出会えるだろうか。

 考えるだけで、少しだけ胸がふわっとした。
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