土から育てるぼくらの青春

武内れい

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第二章:つながりの芽

37、復活した苗と小さな成功(前半)

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 畑に吹く風が、少しやさしくなっていた。

 陽射しはまだ強くても、草の匂いや土の湿り気に、どこか柔らかさが混じっている。季節の足が、ほんの少し進んだ気配。私は足元の影の長さを眺めながら、いつものように畝の間をゆっくり歩いていた。

 今日は水やり当番だった。とはいっても、早朝に拓海が一部の区画を回ってくれていて、私は残りを見ながら、苗の様子をひとつずつ確認しているだけだった。

 しゃがんで、支柱に寄りかかったミニトマトの葉をそっとめくる。土の表面はまだ湿っていて、水やりはもう少し後でよさそうだと判断する。ふと、脇にあるパプリカの苗に目が止まった。

 ……あれ?

 手を伸ばすと、数日前にはしおれていたはずの葉が、ほんの少しだけ、ぴんと立っていた。茎の色も、黄緑からやや濃くなっている。
 さらによく見ると、小さな白い花が、一輪だけ、葉のあいだに隠れるように咲いていた。

「……咲いてる……」

 呟いた自分の声が、静かな朝の畑に染みこんでいく。
 思わずしゃがみ込んで、じっとその花を見つめた。
 大きくもない、華やかでもない。けれどその白い花弁は、きちんと五枚そろっていて、陽の光を受けて、まるで小さな星のようにきらきらと輝いて見えた。

 あのとき、もう駄目かもしれないと思った。
 先週の暑さと乾燥で、いくつかの苗がぐったりとしていた。葉は黄色く変わり、茎も柔らかくなっていた。正直、枯れてしまったのだと思っていた。
 でも、それでも水をやって、少しだけ日陰に移して、支柱を足して、手をかけて、見守って……。

 その結果が、この一輪の花。

「生きてるって……すごいな」

 気づいたら口から出ていたその言葉に、自分で少し驚いた。
 言葉にすると、ほんの短いひとことなのに。
 胸の奥が、ぐっとあたたかくなるような、少しだけ切ないような、不思議な感覚。

 ただそれだけのことなのに、私はしゃがんだまま、なかなか立ち上がれなかった。

「陽菜ー! そっち、見てー!」

 後ろから、美咲の声が響いた。
 振り返ると、美咲が手を振りながら駆け寄ってくる。その背後には、大智と拓海もゆっくり歩いてくるのが見えた。

「ねえ、見てこれ。インゲン、めっちゃ実ついてる!」
「ほんとだ」
「うちの家で育ててたの、全然だったからさ、ちょっと感動する」
「そういうの、あるよな」拓海がぽつりとつぶやく。
「手をかけたぶん、帰ってくるって感じ」

「……あのさ」
 私は立ち上がって、パプリカの苗をそっと指さした。
「これ、咲いてた」

「え、ほんと?」
 美咲がのぞきこみ、大智がしゃがみ込み、拓海が日除け帽子を少しずらして目を細めた。

「うわあ、きれい……」
「めっちゃちっちゃいけど、ちゃんと咲いてるやん」
「ふむ、これはカプシクム・アニューム種の花だね。白色五弁、がくのふちも緑が強い……よし、元気になってる」

「おお、急にスイッチ入ったな大智」
「いやいや、観察は基本。こういうとき、花にだけ注目したらだめだ。茎の張り、葉の色、根元の湿度、全部セットで……」

「はいはい、でも元気そうってことは、これから育つかもってことだよね?」
「うむ。もしかしたら実もなるかもしれん」

 みんなが集まって、花を囲むようにして話している。
 誰かが笑って、誰かが頷いて、誰かが写真を撮って。
 さっきまで一人でしゃがみ込んでいた私の胸のなかに、じわじわと何かが広がっていった。

 嬉しい、とか、楽しい、というより、もっと静かな何か。
 芽のようなもの。
 まだ小さいけれど、確かにここにある、という感触。

「ね、せっかくだし、みんなで写真撮らない? この花と一緒に」
 美咲の提案に、みんながうなずいた。

 私のスマホを大智が受け取って、ポートレートモードでカメラを構える。
「じゃ、いくで。笑ってー、花にも注目してな」

 私は咄嗟にどこを見ればいいのかわからなくて、美咲と目が合って笑ってしまった。
 カシャッ。
 シャッター音と一緒に、風がふわりと吹いた。

 パプリカの白い花が、小さく揺れていた。
 どこか、笑っているように見えたのは――私の気のせいだっただろうか。
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