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第一章:日常のさざ波
16、ちょっとした親切(後半)
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教室の中には、すでに数人のクラスメイトがいて、それぞれの席で準備をしていた。プリントを配る係の子が立ち上がり、黒板には〈金よう日〉の文字。朝の空気に混ざって、シャープペンのカリカリという音が微かに聞こえる。
ほのかは自分の席に着き、筆箱を机の上に置いた。
そして、さっきの消しゴムをそっと取り出して、手のひらの上でくるくる回してみた。
小さな、ピンクのクマがほほえんでいる。くまの顔が、どこか自分に「よかったね」と言ってくれているようにも見えた。
(湊くん……)
教室のドアが開いて、廊下から彼が入ってきたのが見えた。
窓際のほうの席に向かって、静かに歩いていく。
誰とも目を合わせず、まるで自分の輪郭を消すように。
でも、その背中にさっきのやさしさが、まだ残っている気がした。
ほのかは、自分の胸のあたりに、ぽわんと小さなあたたかさが広がっていくのを感じていた。
言葉にするのは難しい。でも、なにかが確かに心の中で動いている。
(私、ちゃんと見てなかったかもしれない)
湊くんが、ひとりでいること。
話しかけてもあまり返ってこないこと。
それをどこかでそういう子として片づけていた自分。
でも、今日わかった。
彼は、ちゃんと人のことを見ているし、気づいている。
そして、それを声に出すのはちょっと苦手なだけなんだ。
たったひと言――「これ、落ちてたよ」
それだけで、朝の景色がやわらかくなった。
(私も、誰かの心をあったかくできる人になりたいな)
小さな親切って、こんなにもやさしくて、まっすぐなものなんだって思う。
それが、どれだけ静かでも、ちゃんと届くものなんだって。
ふと、窓の外に目をやると、校庭の桜の木が風にゆれていた。
まだ満開ではないけれど、枝の先には小さなつぼみがふくらんでいるのが見える。
春が、すぐそこまで来ているんだな、と思った。
ランドセルの中には、今日もたくさんの教科書とプリントが詰まっている。
それでも、心の中が少し軽く感じられるのは、きっと誰かのやさしさを受け取ったから。
その日、1時間目の授業が始まると、いつもより先生の声がはっきりと耳に入ってきた。
文字を書く手も軽やかで、黒板の字をうつすのが少し楽しく感じられた。
教室の中にはいろんな子がいて、それぞれがいろんな思いを抱えている。
声の大きな子、黙っている子、目立つ子、気配を消すような子。
でも、みんな同じ教室にいて、同じ朝を迎えている。
(だれかのやさしさに気づける自分でいたいな)
そう思ったとき、ほのかの中でなにかが静かに芽生えた気がした。
3時間目の国語の時間、班に分かれて音読をすることになった。
偶然、ほのかと湊くんは同じ班になった。
「……湊くん、ここ読む?」
ほのかがやわらかく声をかけると、彼は少しだけ迷ったような顔をしてから、
「……うん」と、うなずいた。
その声はかすかだったけれど、確かに届いた。
彼の読む声はまだ小さくて、時々言葉がゆれたけど、
そのすべてが、ちゃんと心にまっすぐ届いていた。
(ちゃんと話せるんだ……)
その事実が、ほのかの中に嬉しさとして広がっていった。
そしてふと、昨日の春日さんの声がまた思い出された。
「遊びたい気持ちも、大事にしていいんだよ」
昨日の帰り道、そして今朝の小さな出来事。
どちらも、心の中にそっと寄り添ってくれている。
その日のお昼休み、ほのかは自分でも少し不思議なくらい、気分がふわっと軽かった。
廊下を歩く足取りも自然と弾み、窓から見える青空に向かって、ちいさく息を吸いこんだ。
ほのかのポケットには、朝に拾ってもらった消しゴムが入っていた。
今日はなんだか、それを筆箱にしまいこまずに、ずっとそばに置いておきたくなった。
そんなふうに思える日があるだけで、なんだか世界は少しだけ、やさしく見える。
ほのかは自分の席に着き、筆箱を机の上に置いた。
そして、さっきの消しゴムをそっと取り出して、手のひらの上でくるくる回してみた。
小さな、ピンクのクマがほほえんでいる。くまの顔が、どこか自分に「よかったね」と言ってくれているようにも見えた。
(湊くん……)
教室のドアが開いて、廊下から彼が入ってきたのが見えた。
窓際のほうの席に向かって、静かに歩いていく。
誰とも目を合わせず、まるで自分の輪郭を消すように。
でも、その背中にさっきのやさしさが、まだ残っている気がした。
ほのかは、自分の胸のあたりに、ぽわんと小さなあたたかさが広がっていくのを感じていた。
言葉にするのは難しい。でも、なにかが確かに心の中で動いている。
(私、ちゃんと見てなかったかもしれない)
湊くんが、ひとりでいること。
話しかけてもあまり返ってこないこと。
それをどこかでそういう子として片づけていた自分。
でも、今日わかった。
彼は、ちゃんと人のことを見ているし、気づいている。
そして、それを声に出すのはちょっと苦手なだけなんだ。
たったひと言――「これ、落ちてたよ」
それだけで、朝の景色がやわらかくなった。
(私も、誰かの心をあったかくできる人になりたいな)
小さな親切って、こんなにもやさしくて、まっすぐなものなんだって思う。
それが、どれだけ静かでも、ちゃんと届くものなんだって。
ふと、窓の外に目をやると、校庭の桜の木が風にゆれていた。
まだ満開ではないけれど、枝の先には小さなつぼみがふくらんでいるのが見える。
春が、すぐそこまで来ているんだな、と思った。
ランドセルの中には、今日もたくさんの教科書とプリントが詰まっている。
それでも、心の中が少し軽く感じられるのは、きっと誰かのやさしさを受け取ったから。
その日、1時間目の授業が始まると、いつもより先生の声がはっきりと耳に入ってきた。
文字を書く手も軽やかで、黒板の字をうつすのが少し楽しく感じられた。
教室の中にはいろんな子がいて、それぞれがいろんな思いを抱えている。
声の大きな子、黙っている子、目立つ子、気配を消すような子。
でも、みんな同じ教室にいて、同じ朝を迎えている。
(だれかのやさしさに気づける自分でいたいな)
そう思ったとき、ほのかの中でなにかが静かに芽生えた気がした。
3時間目の国語の時間、班に分かれて音読をすることになった。
偶然、ほのかと湊くんは同じ班になった。
「……湊くん、ここ読む?」
ほのかがやわらかく声をかけると、彼は少しだけ迷ったような顔をしてから、
「……うん」と、うなずいた。
その声はかすかだったけれど、確かに届いた。
彼の読む声はまだ小さくて、時々言葉がゆれたけど、
そのすべてが、ちゃんと心にまっすぐ届いていた。
(ちゃんと話せるんだ……)
その事実が、ほのかの中に嬉しさとして広がっていった。
そしてふと、昨日の春日さんの声がまた思い出された。
「遊びたい気持ちも、大事にしていいんだよ」
昨日の帰り道、そして今朝の小さな出来事。
どちらも、心の中にそっと寄り添ってくれている。
その日のお昼休み、ほのかは自分でも少し不思議なくらい、気分がふわっと軽かった。
廊下を歩く足取りも自然と弾み、窓から見える青空に向かって、ちいさく息を吸いこんだ。
ほのかのポケットには、朝に拾ってもらった消しゴムが入っていた。
今日はなんだか、それを筆箱にしまいこまずに、ずっとそばに置いておきたくなった。
そんなふうに思える日があるだけで、なんだか世界は少しだけ、やさしく見える。
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