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第一章:日常のさざ波
18、机に残されたメモ(後半)
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放課後、下校のチャイムが鳴ると、教室の中に急ににぎやかさが戻ってきた。
椅子をしまう音や、机の間をすりぬけるランドセルの音。
「じゃあねー!」「また明日!」と飛び交う声のなかで、ほのかはまだ机に座ったまま、プリントをゆっくりとファイルにとじていた。
ポケットには、あのメモが折りたたんで入っている。
小さな字で書かれた〈ピアノがんばれ〉という言葉。
その短い一行が、まるでお守りみたいに、今日一日ずっと胸の中にあった。
リュックに荷物を入れながら、ふと窓の外に目をやると、校庭の西の空がすこしだけオレンジに染まりはじめていた。
低くなった太陽が、校舎の壁を金色に照らしている。
「……じゃ、また明日」
クラスの何人かが先に教室を出ていくのを見送りながら、ほのかは、ゆっくりと立ち上がった。
そして、廊下に出ると、手すりの向こうに見える夕焼け空に、自然と足が止まった。
空は、昼間の明るい青とはちがって、ほんのりと赤くて、やわらかい色をしていた。
その下で、木々が風にゆれている。
なんでもない風景なのに、今日はなぜか、目が離せなかった。
(明日も、学校に来るのがちょっと楽しみかも……)
自分でも、そんなふうに思ったのがすこし不思議だった。
昨日までは(早く帰って、ピアノ練習しなきゃ)(忘れ物しないように)と、気を張っていたのに。
今日はなぜか、空を見上げる余裕がある。
その理由はきっと、あのメモのおかげだ。
(私、なんでこんなにうれしかったんだろう)
たった一行の文字。
でも、その中には見てるよという気持ちがこもっていた。
応援してるよという、ことばの奥にある心。
(私も、いつかだれかに、そういうことができたらいいな)
言葉にしなくても、そっと背中を押せるような。
気づかれないくらいの小さなやさしさでも、それがちゃんと届いたら、すごくすてきなことだと思う。
そのとき、背後から足音がして、何人かの生徒が下足室に向かっていった。
ほのかは廊下を離れ、自分もゆっくりと歩き出した。
家に帰って、ランドセルを下ろすと、すぐにピアノの前に座った。
カバーをそっとはずして、フタを開ける。
黒と白の鍵盤が並ぶ、その中に、さっきのメモのことを思い浮かべながら、手をのせた。
右手、左手。
まだ不安定な指先だけど、ゆっくりとメロディを追いかけていく。
ドレミファソ……ファミレド。
ちょっと間違えてもいい。
リズムがずれても、音がかすれても、今日はなんだか大丈夫な気がした。
だって、ほのかは今、ひとりじゃない。
あの言葉が、そばにあるから。
〈ピアノがんばれ〉
一瞬で読めるその言葉が、ピアノの音にまざって、心の中で響いていた。
手を止めたあと、少し深く息を吸って、私は空を見た。
窓の向こうには、夕方の風景が静かに流れていて、道の向こうからお母さんの帰ってくる気配がした。
きっと、また言われる。
「今日の練習、どうだった?」
でも、今日はもう、答えが決まっている。
「うん、ちょっとだけ楽しかった」
そう言えたら、それだけで十分だと思った。
ピアノの音は、ほのかの心といっしょに、少しずつ前に進んでいる。
椅子をしまう音や、机の間をすりぬけるランドセルの音。
「じゃあねー!」「また明日!」と飛び交う声のなかで、ほのかはまだ机に座ったまま、プリントをゆっくりとファイルにとじていた。
ポケットには、あのメモが折りたたんで入っている。
小さな字で書かれた〈ピアノがんばれ〉という言葉。
その短い一行が、まるでお守りみたいに、今日一日ずっと胸の中にあった。
リュックに荷物を入れながら、ふと窓の外に目をやると、校庭の西の空がすこしだけオレンジに染まりはじめていた。
低くなった太陽が、校舎の壁を金色に照らしている。
「……じゃ、また明日」
クラスの何人かが先に教室を出ていくのを見送りながら、ほのかは、ゆっくりと立ち上がった。
そして、廊下に出ると、手すりの向こうに見える夕焼け空に、自然と足が止まった。
空は、昼間の明るい青とはちがって、ほんのりと赤くて、やわらかい色をしていた。
その下で、木々が風にゆれている。
なんでもない風景なのに、今日はなぜか、目が離せなかった。
(明日も、学校に来るのがちょっと楽しみかも……)
自分でも、そんなふうに思ったのがすこし不思議だった。
昨日までは(早く帰って、ピアノ練習しなきゃ)(忘れ物しないように)と、気を張っていたのに。
今日はなぜか、空を見上げる余裕がある。
その理由はきっと、あのメモのおかげだ。
(私、なんでこんなにうれしかったんだろう)
たった一行の文字。
でも、その中には見てるよという気持ちがこもっていた。
応援してるよという、ことばの奥にある心。
(私も、いつかだれかに、そういうことができたらいいな)
言葉にしなくても、そっと背中を押せるような。
気づかれないくらいの小さなやさしさでも、それがちゃんと届いたら、すごくすてきなことだと思う。
そのとき、背後から足音がして、何人かの生徒が下足室に向かっていった。
ほのかは廊下を離れ、自分もゆっくりと歩き出した。
家に帰って、ランドセルを下ろすと、すぐにピアノの前に座った。
カバーをそっとはずして、フタを開ける。
黒と白の鍵盤が並ぶ、その中に、さっきのメモのことを思い浮かべながら、手をのせた。
右手、左手。
まだ不安定な指先だけど、ゆっくりとメロディを追いかけていく。
ドレミファソ……ファミレド。
ちょっと間違えてもいい。
リズムがずれても、音がかすれても、今日はなんだか大丈夫な気がした。
だって、ほのかは今、ひとりじゃない。
あの言葉が、そばにあるから。
〈ピアノがんばれ〉
一瞬で読めるその言葉が、ピアノの音にまざって、心の中で響いていた。
手を止めたあと、少し深く息を吸って、私は空を見た。
窓の向こうには、夕方の風景が静かに流れていて、道の向こうからお母さんの帰ってくる気配がした。
きっと、また言われる。
「今日の練習、どうだった?」
でも、今日はもう、答えが決まっている。
「うん、ちょっとだけ楽しかった」
そう言えたら、それだけで十分だと思った。
ピアノの音は、ほのかの心といっしょに、少しずつ前に進んでいる。
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