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第二章:気まずさと距離感
32、誰にも言えないこと(後半)
しおりを挟む私は、あたたかいお茶の湯気を見つめながら、静かに息を吐いた。
さっきまで胸の中に詰まっていたものが、少しずつ溶けていく感じがする。自分の中の怒りや罪悪感に、名前をつけてもらったみたいだった。
「……私、がんばらなきゃって、いつも思ってて……。失敗しちゃダメだとか、ちゃんとしてなきゃとか……」
ぽつりぽつりと、言葉がこぼれていく。
「それって、誰かに言われたの?」と先生がやさしく聞く。
私は首をふる。
「ううん。誰にも言われてないけど、でも、なんとなく……。まわりの子たちは、ちゃんと空気読んで、友達と仲よくしてるし、誰かを傷つけたりしてないし……。なのに私だけ、すぐモヤモヤしたり、泣きたくなったり、イライラしたりして……」
言ってしまってから、自分の気持ちが思っていた以上に複雑だったことに気づいた。
頑張りたい。優しくしたい。誰にも迷惑かけたくない。
でも、うまくできない日もあって、そんな自分がいやになる――。
「ねえ、ほのかちゃん」
川島先生の声は、すごく静かで、でもまっすぐだった。
「心が揺れるってことは、それだけ大切に思ってるってことなのよ。自分にも、まわりにも」
私は驚いて、先生の顔を見た。
「心が動かないってことは、気にしてないってこと。人の気持ちなんてどうでもいいって思ってたら、モヤモヤだってイライラだって起きないもの」
そう言って先生は、窓の方をやさしい目で見つめた。
「だからね、自分の気持ちに振り回されるのは悪いことじゃないの。ちゃんと人と向き合おうとしてる証拠なんだから」
私は、ふと頭の中に颯太の顔が浮かんだ。
ふざけてて、ちょっかいばっかり出してきて、でもどこか優しくて。
そう思うと、さっき怒ったときの自分の心の奥に、ちょっとした期待があったことに気づいた。
「……たぶん、私、颯太にちゃんと話を聞いてほしかったんだと思います」
自分の口から出た言葉に、自分でびっくりした。
「そっか」と先生がうなずく。
「じゃあ、また話してみればいいんじゃない? 話したいって思ったときに、ね」
私は小さくうなずいた。
静かな保健室に、時計の秒針がカチカチと響く。
夕方の光が、少しだけオレンジがかってきた気がする。
「ありがとう、先生……」
そう言ったら、涙がじわっとにじんできた。自分でもびっくりするくらい、静かで、でも深い涙だった。
先生は、何も言わずにティッシュを差し出してくれた。
それがなんだかすごくあったかくて、私は顔をティッシュで押さえながら、ふっと笑ってしまった。
「……なんか、ちょっと、変な感じですね」
「ううん、大丈夫。ここは、泣くのも笑うのも、どっちもできる場所よ」
先生はそう言って、そっと立ち上がった。
私はお茶を飲みほし、ランドセルの肩紐を握った。
保健室のドアに手をかけると、廊下の空気がひんやりと冷たかった。でも、その冷たさすら、どこか心地よく感じた。
「また、来てもいいですか?」
背中越しに、そう聞いた。
先生の声がやわらかく返ってきた。
「もちろん。いつでも、おいで」
私はゆっくりとうなずきながら、廊下へと歩き出した。
夕方の光が、窓の外を茜色に染めていた。
さっきまで重たかったランドセルが、少しだけ軽くなった気がした。
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