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第二章:気まずさと距離感
34、好きってなんだっけ(後半)
しおりを挟む頬を上げて、私はもう一度ピアノの鍵盤を見つめた。
さっきまでのような焦りやイライラは、どこかへ少しだけ遠ざかっていた。
音楽って、不思議。うまく弾けなくても、ただ触れているだけで、気持ちが静かになることがある。
私は深呼吸して、右手でそっとドの音を押さえた。
そのあとに、レ、ミ。
ゆっくり、ゆっくり。
つなげるように、重ねるように。
音の一つひとつが、心のどこかをなぞってくるようだった。
好きって、ちゃんとわかってる人って、どれくらいいるんだろう。
LINEのグループで飛びかう「◯◯って誰が好きなの?」「付き合ってるの?」っていう言葉たちは、なんだかとても軽くて、でも聞くたびに胸がちくんとする。
ほんとうは、そんな簡単に答えを出せるようなことじゃない気がしてるのに。
今は誰が誰を好きなのかを知ってることが、友達同士のなかでの共通ルールみたいになってる感じがして、なんとなく苦しくなる。
私は――誰のことを好きって思ってるんだろう?
颯太かな? たぶん、そうなのかもしれない。
だけど、湊のことを考えると、なんだか安心した気持ちになるし……
ううん、それは好きとはちがう、かもしれない。
好きって、もっとドキドキして、胸がぎゅっとなって、眠れなくなっちゃうくらいの気持ち……?
それとも、一緒にいると落ち着くような、あたたかい気持ちのこと……?
いろんな感情が混ざっていて、自分でもどれがどれなのかわからない。
だけど、どの気持ちも嘘じゃない。ちゃんと、私の中にあるもの。
そんなふうに思えたら、なんだか少しだけ自分のことを許せる気がした。
私はゆっくり立ち上がり、リビングのほうへ歩いていった。
「お母さん、今日のごはん、なに?」
キッチンで野菜を切っていたお母さんが、ふっと笑った。
「今日はね、ほのかの好きな煮込みハンバーグ。ちょっとだけ甘めの味つけにしたよ」
「……やった」
気づいたら、自然と笑顔になっていた。
食卓にはまだ湯気が立っていて、にんじんの赤やブロッコリーの緑がやさしく目にうつる。
ピアノの音よりも、もっと身近で、あたたかい好きがそこにあった。
食事を終えて、歯をみがいて、ベッドに入ったのは9時すぎ。
部屋の天井をぼんやり見つめながら、私はまた考えていた。
「好きって、なんだろうね」
つぶやいても、返事はない。だけど、自分の声で、自分の気持ちをたしかめるようなそのひとことが、胸にすっとしみこんだ。
あしたも、また颯太に会う。
今日みたいに、ちょっとすれ違ったままかもしれないし、笑い合えるかもしれない。
湊とも話せるかもしれない。レナとも。
どうなるかなんて、わからない。
でも、無理に答えを出そうとしなくてもいい気がした。
(友達でいるだけでも、十分あったかい)
心のどこかがそうささやいている気がして、私はそっとまぶたを閉じた。
あしたの朝、ピアノの練習はもう一回してみよう。
ミスしてもいい。うまくいかなくてもいい。
それより、ちゃんと心をこめて、音に向き合えたら、それでいいと思う。
ドミソ。
あの優しい和音の響きみたいに、自分の気持ちを少しずつ重ねていけたらいいな。
そう思いながら、私は眠りについた。
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