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第二章:気まずさと距離感
39、わからなくて、あたりまえ(前半)
しおりを挟む放課後の帰り道、空は少しずつ夕暮れに染まりはじめていた。
街の色がだんだんとオレンジと青のあいだに溶けていくこの時間が、私はなんとなく好きだった。
ポツン、と頭の上に冷たい感触が落ちた。
もう一度、ポツ。
手の甲にもしずくが触れて、私はようやく、雨が降ってきたことに気づいた。
「……あ、傘、持ってないや」
つぶやいた声は、誰にも届かない。
ポケットの中に手を入れても、やっぱり何もなかった。
でも、なんとなく、走って帰る気にはなれなかった。
私は、そのまま歩きつづけることにした。
雨はまだ本降りにはなっていなくて、空気の中にうっすらと混ざるくらいの静かな降りかた。
アスファルトの上に、ぽつぽつと丸いしみが増えていく。
近くの植え込みの葉っぱにもしずくがたまって、雨が通るたびに小さくゆれていた。
誰かと一緒にいるときは、こんなふうにまわりをゆっくり見ることって、あんまりない。
でもひとりで歩いてると、不思議と風のにおいや、空の色や、道ばたの草の音まで、はっきり感じる。
「……好き、って」
私はふいに口にしてみた。
誰もいない帰り道。車の音も、人の声も聞こえない。
雨の音だけが、しずかに世界を包んでいた。
(好きって、なんなんだろう)
昨日から、ずっと頭のどこかで考えていた。
颯太のこと。レナのこと。湊のこと。
みんなそれぞれに、誰かとの距離を考えてる。
その中で、私は自分の気持ちがよくわからなくなってた。
(好きって、ちゃんと言葉にしなきゃいけないのかな)
私は立ち止まって、手のひらを空に向けてみる。
雨粒がいくつか、ひゅるっと落ちてきて、すぐに消えた。
だけど、心の中にはまだ、ぽつんぽつんと何かが落ちてくる気がしていた。
(誰かのことを思うだけで、ドキドキしたり、ちょっと切なくなったりする。
でも、それって本当に好きなのかな。
友達って気持ちと、どこがちがうんだろう?)
私は歩きながら、ずっとそんなことばかり考えていた。
だけど、答えは出なかった。
でも――
出さなくてもいいのかもしれないって、ふと思った。
たぶん、気持ちに名前をつけるのは、あとでもいい。
大切なのは、今の気持ちを、ちゃんと見つめること。
好きって言葉にあてはめるより、
その気持ちが本物かどうか、心がどう動いてるか――それをちゃんと感じていくことの方が、大事なのかもしれない。
ふと顔をあげると、雨が少しだけ弱まってきていた。
通りの向こうにある電信柱が、濡れた地面にくっきりと影を落としている。
私はそのまま、歩くスピードをゆるめた。
あわてて帰ることも、がんばって答えを出すことも、今はやめよう。
風が少しだけ冷たくなってきて、私は腕を組むようにして自分を包みこんだ。
でも、心は冷えていなかった。
静かで、でも確かにあたたかさが残っている。
それはたぶん――自分自身に、ようやく少しだけ素直になれたから。
「まだ、よくわかんないや。でも、それでいいんだよね」
自分に問いかけるように、私はつぶやいた。
そして、もう一歩、また一歩と、夕暮れの道を歩きはじめた。
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