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第1章

またフロに入るハメになる

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 「はぁ…………」

 俺はバスタブの中で大きなため息を吐いた。
勿体ぶった言い方をされたので、何を言われるのかと身構えていたら
「フロ行こうぜ~」だったのだ。

 「フロに入るならそうって言ってくださいよ……」

 「ヒハハハッ!最初に言ったじゃん~」

 そう言って無邪気に笑うデューク……さんを見ていると怒るにも怒れなくなる。

 (本人に悪気なさそうだしな。
まぁ、真剣勝負とかよりはマシか……)

 そして彼は何故か片手はバスタブの縁を掴み、
もう片方の手は湯に浸からないように上げていた。
明らかに不自然なポーズだ。

 「あと、そのポーズは?」

 「ん、これ?切りキズが滲みるからさ~、
湯に触れないようにしてんの」

 デューク……さんが腕を少しひねる。現れた皮膚には痛々しい傷ができていた。
血は止まっているようだが、パックリと割れている。

 (ホントだ、気づかなかった……。
っていうかどうやって傷を回復するんだ?
明らかに回復魔法使えないだろ……)

 「教会送り」があるものの、回復魔法は存在する。ヒーラー――プリーストやセージしか扱えないもので、
最高でも失くした部位を再生させるまでだ。敵に瞬殺されたらその魔法を使っても無意味になる。
 そもそも俺はソードマンなので魔法に全く縁がなかった。
 疑問が顔に出ていたようでデューク……さんが
笑いながら口を開いた。

 「この湯さ、実は癒やし効果があるんだぜ~。
俺みたいな回復能力が無い魔族のためにな。
 深いキズじゃ無ければ治るんだけど、
とんでもなく滲みるのが欠点だな」

 「……浸けてみてくれます?」

 (本当に治るのか気になるし)

 真顔で言うとデューク……さんは素早く俺から距離をとった。
不意打ちで湯に浸けられるのではないかと警戒しているみたいだ。

 「ヤダよ⁉なかなかヒドイなモトユウちゃん⁉」

 「俺どこもケガしてませんし……」

 「とにかくヤダ!」

 (だったらなるべく相手の攻撃避けるなり何なりすればいいのに……)

 確か対峙した時もこっちの攻撃を避けようとはせず、キズを作りながら攻撃してきた気がする。
 殺られる前に殺るタイプのようだ。

 (それにしても、キズを癒やす事もあって3日に
1回は入れって言ったのか、魔王は。マネジメントすごいな。あと潔癖症って疑って悪かった。
 俺達の中でもなかなかできるヤツいないと思う……)

 俺達のパーティーは戦闘と休み半々でバランスを取るようにしていた。仲間達にはそこまで苦労はさせていなかったと思う。
 噂では全く休みがないパーティーもあると聞いたことがある。

 (魔族はどうなんだ?俺の目から見る限りじゃ
そんなに厳しくはなさそうだけど)

 とはいえ、まだ2日目なので厳しさを知らないだけだと思う。

 「でもこれだけで教えてくれるんですか?」

 「なんだよ~、疑ってるのか?ちゃんと教えるぜ。まぁ、モトユウちゃんのほしい情報は無いかもしれないけどな~」

 「いえ……少しでも教えてもらえるのなら」

 「あ、そう。
 ……前に魔族の消滅はマーさんに殺られる事だって言ったよな?殺られたヤツはどうなると思う?」

 「え、普通に消滅するんじゃ……」

 (モンスターを倒した時もモヤになって消えるし
魔族も同じじゃないのか?)

 「確かに消えるんだけど、すぐに魂みたいなのが
フワフワ浮かぶんだよ」

 「え⁉」

 「で、それをマーさんが吸収する。
残念ながらその後はわからないけど」

 (そうなのか……。今の説明は「墓地送り」に
ついてだから、「教会送り」も同じようなものなのかもしれないな。
 俺達人間からも魂が出ているとしたら後はどうなるんだ?転生?)

 「ま~た、考え込んでるだろ~?」

 ハッとして顔を上げるとデューク……さんが側にいた。

 「あ……すみません……」

 「別にいいんだけどね~。俺が気になるだけだからさ~」

 いつものように顔を近づけてきた。思わず後退
するが腕から意識がそれているのに気づく。

 (チャンス!)

 「スキありッ!」

 俺は素早くデューク……さんの腕を掴むと湯に浸した。

 「グ⁉――――ッ‼」 

 デューク……さんはどうにか声を出さないように歯を食いしばっているが全身が震えている。
相当滲みるようだ。
 浸けた腕を見るとキズの部分にシュワシュワと音を立てながら泡ができている。
 しばらくして泡が消えると、キズも嘘のように無くなっていた。
 その代わりデューク……さんが眉間にシワを寄せている。

 「……………ちょっとぉ?
やるじゃないのモトユウちゃん?」

 「好奇心で……。それにキズを放っておいちゃ――」

 「いけないのは事実だけど、俺、キレかかってるぜ?」

 低い声で言ったあとデューク……さんは俺の手を振りほどいて肩を掴んできた。

 「え?」

 「教育係として少し躾ける」

 (ヤベ、語尾が――)

 「待っ――おわあぁぁッー⁉」






 「さ~て、これで懲りたな?モトユウちゃん」

 「は、はい…………」

 帰り道をデュークさんについていく。とにかく好奇心で行動を起こしてはいけないという事は
身をもって理解した。

 「ヒハハハ!キズは治すつもりだったけど、俺にもペースがあるんだわ~。
乱されると困る」

 「す、すみませんでした……」
 
 「わかればいいぜ~。……もし次やったらアレ
じゃ済まないからな?」

 「はいッ!」

 (アレ以上⁉ムリだ。絶対にチョッカイかけるの
やめよう!)
 
 ある意味キツい躾だった。いや、躾なのでキツくないと意味がないのだろうが、まさかあそこまでやるとは思わなかった。


 なんとなく見覚えのある風景だと思っていたら
王座の間に出た。
 デュークさんについていっただけなのだがニヤニヤしているのを見ると、どうやらワザとここを通ったらしい。
 魔王が深妙な顔つきで座に腰掛けていた。俺達に気づくと口を開く。

 「…………下僕よ」

 「はい⁉」
 
 「………………明日は休め」

 「え」

 (コキ使うとか言ってた割には親切だな⁉)

 驚いていると魔王が言葉を続ける。

 「………ニンゲンは休まないと疲れが溜まって「教会送り」になるのだろう?
 …………だから休め」

 (過労死は「教会送り」の対象だから大丈夫なんだけどな……)

 「教会送り」についてわかっている事といえば、死んでも教会から再スタートできる事、
そしてそれは冒険者だけでなく、職についていない町人や村人も対象だという事だ。
 だが「教会送り」にも限度があるようで、老衰で亡くなった場合は永遠に生き返らない。
 病気でも「教会送り」の対象になるため薬の価値が下がってしまい、町村にある薬屋が次々と閉まっている。

 「いいんですか?」

 「…………嫌なら休みはやらん」

 「いえッ!頂きます!」

 (貰えるものはも貰っとかないと損だ!)

 勢いで返事をすると魔王が少し口角を上げた。

 「……フン、有り難く思うがいい」

 それからデュークさんを見ると口を開く。

 「……………あとデューク、少し話がある」

 「はいよ~。残ればいいのね~。
って事でモトユウちゃんは先に帰りな~」

 「じゃ、失礼します!」

 (明日はのんびり寝れそうだ)

 俺は2人にお辞儀をすると自室へ向かう。嬉しくてつい足が弾んだ。

 







 ――――――――――――――――――

 モトユウの後ろ姿が完全に見えなくなると
デュークが魔王に声をかける。

 「で、話って何~?」

 「……下僕は何か言っていたか?」

 「何かって?居心地悪いとか~?」

 「……ああ」

 デュークは少し首をヒネッてから口を開く。

 「いや、そんな事は言ってなかったぜ。
 それはそうとマーさん、「教会送り」について
意見聞いたんだろ~?さすがにモトユウちゃん、
なんか知ってるって疑ってたぜ~」

 「…………………あの言い回しでわからなければ殴っている」

 「怖ッ⁉…………だからモトユウちゃん配下にしたの?」

 大げさにリアクションを取るデュークを魔王は
表情を変えずに眺めた。そして目を閉じる。

 「………ニンゲン共は誰も事実を知らん。
「教会送り」のシステムも、我等魔族の存在が安寧をもたらしている事も。
…………さすがに乞いてきた時は驚いたがな。
良い機会だった」

 「マーさんやっぱ平和主義ね~。
先代と大違いだわ」

 「………比べるな。
 下僕を置いたのはさっき言った事もあるが、全てを知った時、どのような行動をとるのか気になるからだ。寝返るのかそのままか……」

 「あ~、俺もモトユウちゃんの行動は気になる~。今のところ反抗の意思はないみたいだけど。
 そもそも、あるのかもわからない」

 「………さてな。他の勇者共が束になって来たら気が変わるかもしれん」

 「束って5パーティーぐらい?」
 
 デュークの質問に魔王は目を開けると天井を見上げる。

 「それ以上。我の討伐を目的としているのだからな。冒険者全員で乗り込んできてもおかしくはない」

 「……一瞬ジョーダンかと思ったけど、万が一に備えて俺も準備しとくわ」

 「……………期待している」

 「はいよ~。じゃあ、俺も帰っていい~?」

 「待て。1つ答えろ」

 魔王は不思議そうに首を傾げているデュークを見ると少し戸惑いながら口を開いた。

 「…………その……………………下僕とフロに入ったのか?」

 「おうよ。…………エッ⁉」
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