命乞いから始まる魔族配下生活

月森かれん

文字の大きさ
60 / 93
第2章

「教会送り」にされかける

しおりを挟む
 翌朝、起床した俺はため息をついた。やっぱり床に寝るのは体が痛い。

 「ベッドないと辛いな。すぐにでも欲しいけど、時間かかるのわかってて頼んだんだからおとなしく待っとこう」

 ゆっくりと立ち上がって軽く体を伸ばすと腕も足もパキパキとなった。固まっていたみたいだ。
 それを終わらせると今日の予定について考える。

 「あ、そうか。肉もないから調達に行かなきゃな。でも今日は訓練と夕方から魔族との修行が――来た!」

 俺の声をかき消すようにドタドタと大きな足音が聞こえてきて、笑顔のデュークさんが盛大にドアを開けた。

 「ヤッホー、モトユウちゃ~ん‼」

 「あ、おはようございまーす」

 「………………チッ」

 (舌打ち⁉)

 今まで機嫌が悪くなることは多々あったが舌打ちは初めてだ。
どうリアクションすればいいのかわからずに瞬きを繰り返していると、デュークさんはすぐにいつも通りの無邪気な表情に戻った。

 「最近モトユウちゃん起きてること多くなーい?」

 「そういえばそうですね」

 (もしかして俺を起こしたかったのか?)

 自己解決する。そもそも今まで起こされたことは1度もない。
起こしてもらうのも悪くはないのかもしれないが、おそらく至近距離になりそうなので俺の心臓に負担がかかってしまう。  

 「俺を起こしたかったんですか?」

 「それもあるけど、寝顔見てるの楽しいからさ~」

 「寝顔⁉俺、そんなに変な顔してるんですか⁉」

 「いや?かわいかったな~って。食ってしまいたいぐらい」

 「そ、そうなん、ですね……」

 満面の笑みで言うデュークさんに苦笑いしかできなかった。最近の俺へのスキンシップからして、本気でやりそうで怖い。
 寝顔を見たというのは、俺が丸1日寝てしまったときにだろう。

 「じゃ、またあとでな~。モトユウちゃん」

 「わっ⁉」

 髪をグシャグシャに掻き乱された。もうこれも日常茶飯事になってきている。
 ボサボサになってしまった髪を整えているとあることを思い出した。
 
 「ヤベ、暴食族グーラのことと聞くの忘れてた!」

 慌てて部屋の外に出たが、もうデュークさんの姿はなくてため息をつく。

 「相変わらず速ぇ。どうやったらそんなに動けるんだろ」

 トボトボと部屋に戻って準備をすると、そのままエフォールたちの訓練場所に向かった。
メンバーも修行内容も変わらなかったものの、やっぱり最後の走り込みでギブアップした。
たが、前回より半周進んだのでエフォールから少し褒めてもらえた。


 エフォールたちと別れて今度は1階の闘技場へ向かう。まだ少年は来ていないらしく、中はガランとしていた。

 「俺が1番だったのか……」

 訓練用の剣を出さなければならない。キョロキョロ見回していると4隅の内の1つに鉄のドアを見つけた。
開けると修行用と思しき木の人形や的が無造作に置いてある。
奥の方には木製の剣や槍、弓等の武器が置いてあったので剣を2本取ってドアを閉めた。

 「魔族を指導か……。個別は初めてだけどうまくいくかな」
 
 しばらくすると少年魔族がやってきて俺に気づくと走り寄ってくる。

 「あっ、モトユウさん!待たせちゃってごめんなさい!」

 「俺はそういうの気にしないから大丈夫だよ」 

 (本当に今日始末しちゃうんだよな。こんなにも純粋なのに)

 しかしデュークさんは上辺だけと言っていた。
今話している少年の言動が全て演じているのだとしたらすごいと思う。

 (肝心のデュークさんが来てない。忘れるなんてことはないから、何か用事が入ったか?)

 「ボク以外にも誰か来るんですか?」

 入口の方ばかりを見てしまったので不思議がられてしまった。慌てて言い訳を考える。

 「いいや。ここって広いよなぁって思って」

 「そうですね。とても広いです。
 それより早く始めましょう!ボク、楽しみなんです!」

 「そ、そう?」

 ここまで目をキラキラさせて言われたら始めるしかない。
 デュークさんを頭の片隅で心配しながら指導を始めた。



 2時間ぐらい経っただろうか。少年はメキメキと上達していた。 

 「だいぶ型にはまってきたね」

 「ホントですか⁉うれしいなぁ~」

 少年は屈託のない笑顔を見せる。
最初は剣の持ち方すら知らなかったのが、今はキレイな姿勢で素振りを繰り返しているのだからスゴイ成長だと思う。

 (魔族も教えたらちゃんとできるんだな……)

 ますます修行のとき闇雲に飛びかかっていくのがもったいないと思った。
きちんと作戦を立てていけば人間にとって脅威になることは間違いない。
 そんなことを考えていると、少年が遠慮がちに口を開く。

 「あ、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、
あんまり大声じゃ言えないんで近くに来てください」

 「え、うん……」

 (何だろう)

 そもそも2人しかいないのに近づく必要があるとは思えないが、特別な話のようだ。
全く警戒心を持たずに近づいた俺の右肩に少年は鋭い歯を立てた。 

 「いッ⁉何す――⁉」

 反射的に両手で少年を突き飛ばした俺は息をのむ。身長は変わっていないが、今までのかわいらしい姿はどこにもなく、
盛り上がった筋肉質な体つきはモンスターそのもの。血走った目で俺を睨んでいる。

 (これが暴食族グーラの本性⁉全部上辺だった……)
 
 「何をするだと⁉喰うに決まってんだろうがぁ‼
少し下手に出ればホイホイ調子に乗りやがって‼」

 「は……?」

 (調子には乗ってないんだけど)

 思ってもないことを言われて瞬きを繰り返す。
それはともかく、油断して少しでも心を許した自分を責めたい。
 暴食族は姿勢を低くして戦闘態勢に入る。

 「ニンゲンなんてここには来ねぇからな!レア物なんだよ!黙って俺に食われろ!」

 言い終わらないうちに大口を開けて飛びかかってきた。
スピードは早かったがどうにか避けると背後でガチンと歯が合わさる音がする。今度こそ噛みつかれたらひとたまりもないだろう。

 「黙っては食われない!」

 「ハッ!武器もないテメェに何ができる⁉」
 
 言われて素早く周囲を見たが、近くに武器になりそうなものはない。訓練用の剣は突き飛ばしたときに落としたのだが、さっきの攻撃で遠くに飛ばされていた。

 (クソッ!やられた!だけど素手で行ったらやられる)

 「何もできねぇだろ⁉助けも来ねぇし諦めろ!」

 「攻撃はできないけど逃げることはできる!」 

 「は?」

 全力で走り出す。目指すは出入り口だ。せめてここから出てしまえば誰かに会えるかもしれない。全く面識のない魔族に会う可能性もあるが、俺を追いかけてきているのが暴食族だとわかれば、協力してくれるのではないだろうか。
 しかし暴食族が黙って見ているはずもなく、すぐに追いかけてくる。
 
 「逃がすわけねぇだろ!バーカ!」

 (そう来るよな――ってヤベェ⁉)

 暴食族の走っているときの振動が大きく、床が揺れて走りづらくなってしまったのだ。そのせいでスピードが落ちて地響きがだんだん大きくなってくる。
 出入り口まであと少しというところで右腕を掴まれた。暴食族が肩で息をしながら睨んでくる。

 「ハッ……弱いくせに手こずらせやがって!」

 「ッ⁉」

  (もがいてもビクともしねぇ。あ、俺死ぬな……)
 
 「教会送り」になるというのに自分でもビックリするぐらい冷静だった。
これが嫌だから魔王に命乞いまでしたのに。
 
 「頭から食ってやる!俺の養分になれ!」 

 右腕を強く引っ張られ風を全身に受ける。暴食族の大口が迫ってくるのに声すら出なかった。
むしろ、この後のことが頭に思い浮かんでくる。
 
 (これから、どうなるんだろうな)

 しかし、突然風が止まったかと思うと床に叩きつけられた。 

 (なんだ?)

 ワケがわからず自由になった右手を動かすと、なんと暴食族の手がぶら下がっている。
慌てて大きく振って床に落とした。 

 「俺のモトユウちゃんに何してくれてんの?」
 
 待ち侘びた声に顔を上げるとデュークさんが俺を庇うように立っていた。
大剣からは血が滴り落ちていて、後ろに見える暴食族の片腕が斬り落とされている。 
 
 「デュークさんッ⁉」

 「悪いなモトユウちゃん。遅くなった」

 「テメェなんでここにいるんだ⁉まさか暴食族30人全員倒したっていうのか⁉」

 「やっぱアンタの指図だったか。おかげで大変だったぜ?」

 それでもデュークさんは無傷だった。
さすがと言いたいが、どのような立ち回りで戦ったら無傷で済むのだろうか。
 暴食族は悔しそうにギリギリと歯ぎしりをしている。

 「邪魔すんじゃねぇ‼テメェもこのニンゲンにまんまと騙されやがって‼」

 「騙されてねぇよ。俺は好きで面倒見てんの。
 お前が暴食族なのはわかってたし、やけに従順だと思ってたが、やっぱ演技だったか」

 「そうでもしねぇと気を許さねぇからな‼
 そこを退かねぇならテメェから喰ってやる‼テメェ幹部だろ?
だったら俺は確実に強く――」

 次の瞬間、残っていた腕がボトリと地面に落ち切断面から大量の血が吹き出す。
床をさらに赤く染めながら暴食族が叫んだ。

 「ガアァァ‼何しやがるテメェ‼」

 「俺を喰うならブッタ斬る」

 「クソッ!せめて腕だけでもよこせ!」

 怒りからか暴食族がデュークさんに飛びかかる。
デュークさんはため息をつくと体を右にずらして大剣を突き出し、止まることのできない暴食族の体を貫いた。

 「ガッ⁉」

 「闇雲に飛びかかるとこうなるぜ?」

 デュークさんはニヤリと笑って剣を引き抜き、すぐに真っ二つにする。
聞いていたとおり、力尽きた暴食族は霧になって跡形もなく消えた。

 「大丈夫か?モトユウちゃん」

 「は、はい……」

 全身に返り血を浴び近づいてくるデュークさんから目を離さないまま、俺は少しずつ距離を取る。
助けに来てくれた時からあることが気になっていた。

 (語尾が伸びてねぇ)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...