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第2章

治療に耐えきる

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 「おあああああああぁーッ‼」

 バスタブの外ではイノサンクルーンが俺の体を押さえつけている。
華奢な見た目によらず力が強い。

 「頑張れ頑張れ~」

 俺の右肩にはデュークさんの時と同じようにシュワシュワと白い泡が集まっていた。泡で治療するみたいだ。
それにしてもとにかく痛い。治療なのにさらに傷口を抉られているようで、うめき声しか出せない。

 「グッ……ウウゥ……」

 (こ、こんなにツライとは……。
あとで改めてデュークさんに謝っとこう)

 「あともうちょっとかな~。ほら、だいぶ泡が減ってきたよ~」

 「ウグッ……」

 左肩を軽く叩かれる。どうにか目を開けて右肩を見ると、確かに最初より泡の量が減っていた。
あと少しでこの激痛が終わると思うと気持ちも前向きになってくる。
 
 (よし!これぐらいなら耐えれる!)





 「は~い、お疲れさま~。泡全部消えたよ~」

 「ハヘッ………」

 耐えれるとは意気込んだもののツラいものはツラい。俺はすっかり気力をなくしていた。
イノサンクルーンはというと治癒の間終始ヘラヘラしており、ヘコみやすい俺を気遣ってのことだったかもしれないが少し腹が立ってきている。

 「治療って、こんなにキツいんですね」

 「そりゃあねー。だって魔王様がワザと痛みを伴うようにしてるんだから」

 「ワザと⁉」

 ビックリしている俺を見ても、イノサンクルーンは眉1つ動かさず頷いて話を続ける。

 「何も考えずに突っ込んでいく人が増えるのを阻止するためだと思うよー。
治療が痛かったら、なるべくキズ作らないようにしようって思うでしょ?」

 「た、確かに……」

 だから他の魔族やモンスターと遭遇しないのかもしれない。妙に納得した。

 (デュークさんはフロ好きだからか関係なく突っ込んで行くけど)
 
   「まぁ、もうないとは思うけどこんな大ケガしない方がいいよ。
 それにしても誰も来なくてよかったね~」

 「で、ですね……。それ用の立て札はありませんし」

 念のため男用の札は立てておいたのだが、それが効果があったのかもしれない。 
 とりあえず服を着て外に出るとイノサンクルーンが声をかけてくる。

 「それで、今から何するの?」

 「今から……」

 見上げると空が赤かった。フロに入る前は空は青かったので治療にそこそこ時間を使ったようだ。
とはいえ、夜になるまで指導するつもりだったためやることが思い浮かばない。

 (魔王やデュークさん達から何か言われてるわけでもないしな)

 強いていうならネキへのお詫びの食料集めだろうか。
まだベッドもできていないだろうし、食料は明るいうちに集めたいので候補から消える。

 「イノサンクルーンさんは時間あります?」

 「あるよ~。あと、僕のことだけど呼びやすいように呼んでいいよ。
イノちゃんとかルーさんとか」

 「は、はぁ……」

 デュークさんからそう呼ばれているのだろうか。毎回イノサンクルーンでは長いので、正直助かる。

 「俺も特にやることが思いつかないので、適当に話しませんか?」

 「りょーかいー。じゃあ戻ろっか~」

 歩き始めるてから改めてイノサンクルーンを見てみる。体格は俺と同じぐらいで素顔を仮面で隠しているのも気になるが、
半身はドロドロとした液体のようなモノなのに器用にバランスを取っている。
彼にとっては当たり前のことで慣れているのかもしれないが、俺はスゴイと思った。

 (俺達で例えれば義足のような感じだろうし)

 ジッと眺めていると俺の視線に気づいたイノサンクルーンが足を止めて見つめ返してくる。

 「どしたのー、モトユウちゃん?僕、ヘン?」

 「い、いや⁉助けてくれてありがとうございました!」

 本音を言えず、とっさにお礼が口をついて出た。イノサンクルーンは肩を揺らして笑うと右手をヒラヒラさせる。

 「いいっていいってー。団長から頼まれただけだし」

 (そんなに気にしてないな。まぁ俺が気にし過ぎだけなんだろうけど。
  でもイノサンクルーンでよかった……)

 フロのことで忘れかけていたが、助けに来てくれたときに「俺のモトユウちゃん」と言ったのが引っかかっていた。本物ではなかったのだから発言もなかったことになるはずだ。デュークさんには内緒にしておかなければならない。
 
 「暴食族グーラがいることは知ってたんですか?」

 「うん。団長が教えてくれたんだー。しつこいし強いから戦うなら全力でいけ、情をかけるなって」

 「そうだったんですか……」

 「モトユウちゃんが気にすることないよー。暴食族は僕たちにとっても困るからむしろ排除できてよかった」

 暴食族の事情等いろいろ考えそうになったが、そうなるとキリがないので頭の奥深くに追いやる。
 他に話題がないか考えていると、もはやシルエットで判断できるほど見慣れた人物が歩いてきていた。

 「お!イノちゃんにモトユウちゃん!ウェーイ‼」

 「団長~!ウェーイ!」

 小走りで来たデュークさんとイノサンクルーンがハイタッチする。それから俺に向き直って笑顔で両手を差し出してきた。

 「モトユウちゃんもー!ウェーイ‼」

 「ウ、ウェーイ……?」

 戸惑いながらデュークさんとハイタッチした。さっきみたいに変な感じはしない。今度こそ本物だ。
なら、こんなところで止まってる場合ではないのではないだろうか。

 「そ、それよりキズは大丈夫なんですか⁉」

 「ンー、深いのはない」

 「え」

 いまいち信じられなくてデュークさんの全身を観察する。確かにキズだらけではあるが浅いし、血は止まっている。
むしろ返り血の方が多そうだ。

 (どれが傷でどれが返り血なのかもわからねぇ。いったいどんな戦い方したら大人数相手に軽傷で済むんだよ……)

 複雑な気分でいるとデュークさんがグッと距離を詰めてくる。ニヤニヤと笑っており、それがブキミで少し後ずさった。

 「モトユウちゃん、俺のこと心配してくれたのー?」

 「え⁉す、少しは?」

 「少しどころじゃないよー。ケガしてるのに助けにいかなきゃとか剣返しに行かなきゃとか、めちゃくちゃ心配してた」

 (余計なこと言わないでくれよ⁉)

 思わずイノサンクルーンを見るとヘラヘラと笑っている。楽しんでいるみたいだ。
一方、デュークさんは真顔で俺を見つめていた。目が獲物を見つけたモンスターのようにギラギラしていて、正直怖い。

 「なあるほどねぇ……」

 「あー、団長?剣、返しても大丈夫?」 

 「おう……」

 デュークさんの変化を感じ取ったようで、イノサンクルーンは俺の前に立つと剣を返した。
しばらく剣を眺めていたデュークさんは、何度か大きく深呼吸すると口を開く。

 「ふぅ……。
  どうにかなったみたいだなー。サンキュー、イノちゃん」

 「いえいえ~、もったいないお言葉。
でも本当に危なかったよー」

 「アイツらはすぐに襲いかかって来るんだが、あのガキは違った。ずる賢いっつーか。
  信頼を得てから喰うタイプだったみたいだな」

 「なら、そうとう犠牲出てるよね~」

 「たぶんなー」

 「あの、デュークさんもイノサンクルーンさんも本当にありがとうございました。助けてくれて……」


 会話が途切れたのを見計らって割り込む。助けたつもりはないのかもしれないが、お礼を言っておきたかった。
ところが2人から真顔を向けられる。

 「なによー、モトユウちゃん?急にかしこまってさー」

 「そうそうー。僕なんてお礼言われるの何回目だっけー?」

 「デュークさんからの情報がなかったら俺、今ここにいません。
言ってた通り初日に襲われましたし」

 「可能性の話だったんだけどなー。俺もビビったわ」

 そう言ってデュークさんは笑うとニヤニヤし始めた。また何かあるのではないかと身構える。

 「それよりさー、俺、今からフロ行くからモトユウちゃんたちも行こうぜー」

 「え、さっき入った――」

 「行く行く!行きまーす!」

 俺の声はイノサンクルーンにかき消されてしまった。
声に出したいのをグッと堪えて抗議の視線を送る。

 (入ったばっかなんだけど⁉)

 すると彼は一瞬だけ口を曲げたが、口角を上げると耳打ちしてくる。

 「団長と入れることなんて滅多にないんだー。もうキズも塞がったし問題はないでしょ?」

 「俺も……行きます……」
 
 助けてもらったし、フロに入るデメリットはない。
気分は上がらなかったが呟くように言うと2人とも笑顔になる。
 
 「よぉーし、行こうぜー!」

 デュークさんは俺とイノサンクルーンの背中を押してフロ場に連れていった。
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