3 / 53
第一章
(2)王都ってすごい
しおりを挟む私の名前はリリー・アレナ。
アズトール伯爵の次女として生を受けた。だから「伯爵家の令嬢」ではあるけれど、領民たちはそういう認識で私を見ているか、あやしい。少なくとも「猿百合姫」とか「猿百合令嬢」という呼称は、深窓の令嬢に対するものではない。
でも、それも自業自得だろう。幼い頃の私は、庶民の子供と同じように泥だらけになって遊んでいた。
木があれば登るし、石垣や崖があればよじ登る。森はほとんど庭のようなもので、飼い慣らされた賢くて頑丈な魔獣たちは私の遊び相手だった。
こんな私だから、アズトール伯爵であるお父様は娘として認識していない気がする。
それも仕方がない。伯爵家の娘と言っても、私は伯爵家の屋敷では育っていないのだ。幼い頃は私の母親と二人で暮らしていたし、自分が貴族の娘ということも知らずに生活をしていた。今でも着飾って大人しく座っていることは苦手だ。
そんな私を、お父様は感情の薄い目でじっと見る。
……お父様のことを思い出すと、心の中がもやもやする。うっかりため息を漏らしてしまいそうになるけど、疲れ切ったメイドたちに心配をかけることになるからグッと我慢する。
私だって、空気は読めるのだ。
落ち込みそうになる気分を変えるために、窓の外を見た。
馬車はすでに巨大な壁を超えていて、窓の外にはずらりと建物が並んでいた。大通り沿いは特に大きくて頑丈そうな建物ばかりだ。
それに、大通りそのものがとても広い。石畳できれいに舗装されていて、人がひっきりなしに歩いている。
やっぱり王都はすごい。私が生まれ育った辺境地区とは別世界だった。
「人がいっぱいだね。何かお祭りが近いの?」
「いいえ。特別なものは何も。これが王都では普通なのですよ」
「えっ、これで普通なの?!」
「お祭りの時はもっと人が増えますよ。それこそ夏至祭の時は、通りに沢山の旗が立って、飾りつけた車を牛に引かせて練り歩くのです。夏至祭りの日だけは、夜通し踊ることも許されているんですよ」
外壁の門をくぐる頃からずっと大人しくしていたおかげか、メイドたちが優しく微笑みながら教えてくれた。
ほんのり頬を赤らめているのは、夏至祭にいい思い出があるからかもしれない。二人とも二年前まで王都にいたと聞いている。ということは、乙女たちの甘酸っぱい恋が絡んでいる可能性が高い。
……正直に言って、私は他人の恋に興味がない。でも、ここは礼儀として思い出話をねだるべきかもしれない。このメイドたちのことは嫌いではないし、もう少し親しくなれば今後の生活に役立つ気がする。でも、恋とか愛とかが絡むと、私にはよくわからないというか、興味が全くない話を聞くのは苦役というか……拷問だし……。
そんなことを密かに悩んでいると、大通りで華やかなマントを翻す人たちを見つけた。二十代くらいの精悍なお兄さんたちだ。姿勢がいいし、身のこなしに隙がないし、何より持っている武器がかっこいい。こちらは興味の対象ど真ん中だ。
「ねえ、あの人たちは騎士?」
「騎士様ですね。マントを見れば、どこの所属かわかるのですが……まあっ! あれは王国軍の騎士様ですわっ! あの方たちのおかげで王都は平和なのですよっ!」
「ねえ、あのマントは第四隊ではないかしら!」
「ということは、ロイジャー様がいらっしゃるかも!」
メイドたちが、急に元気になって窓に張り付いた。
どうやらロイジャー様は有名人らしい。まだ若いメイドたちがキャーキャー騒いでいるのだから、がっしり系の強面の猛者ではなくて、ちょっと細身で甘い顔立ちのお兄さんなのだろう。
イケメン様には興味はないけど、強い騎士には興味がある。でも頬を染めたメイドたちの熱意には勝てそうもない。
仕方がないから、騎士たちが見える窓の反対側から外を見た。
じっくり見ていると、通りを歩く人々の中には人相の悪い人たちもいた。でも、その手の人たちは幅を利かせていない。メイドたちが言ったように、要所で警戒している騎士たちのおかげだろう。
びっくりするほと活気があるのに整然としていて、建物に魔獣が迷い込んで暴れた形跡もない。さすが王都だ。
と感心していると、ちょろりと塀を登る動物が見えた。
あの動きは猫だ!
残念ながら、その猫はすぐに見えなくなった。でも別の家の屋根にも、のんびりと丸くなっている猫がいた。
毛が長い。なんてきれいな猫だろう。
大通りから奥へ入ったところにある塀の上にも、毛の長い猫が歩いている。この辺りの猫は長毛種が多いのかもしれない。なんて素晴らしい!
もっとよく見ようと窓に張り付いた時、塀を歩いていた猫が、背の高い人に首の後ろをつかまれた。
……え? 動いているのに、片手で首根っこをつかんだの?
いきなり大胆な!
思わず見入ってしまった時、猫をつかんだ人がこちらを振り返った。
動き続ける馬車の中にいるのだから、私に気付いたとは思えない。なのに猫をぶらんと下げている男の人の水色の目が、私を真っ直ぐに見た気がした。
なんてきれいで、でも冷たい目だろう。
猫との落差に愕然としている間に、馬車は通り過ぎてしまった。
11
あなたにおすすめの小説
転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?
朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!
「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」
王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。
不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。
もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた?
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎
倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。
栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。
「責任、取って?」
噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。
手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。
けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。
看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。
それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。
私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。
さら
恋愛
私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。
そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。
王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。
私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。
――でも、それは間違いだった。
辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。
やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。
王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。
無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。
裏切りから始まる癒しの恋。
厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる