姉の婚約者に口説かれた。どうやら王都の男どもの目は節穴らしい。

ナナカ

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第二章

【メイド視点】

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「……ねえ、最近のリリーお嬢様、少し元気がないと思わない?」

 メイド仲間から問いかけられ、あたしは用心深くうなずいた。
 あたしたちがお仕えしているアズトール伯爵家には、二人のお嬢様がいる。
 一人はオクタヴィアお嬢様。次の伯爵となられる素晴らしい女性で、使用人は全員オクタヴィア様のことを尊敬している。現当主である伯爵様がお忙しいから、お屋敷のことも領地のことも、ほとんどがオクタヴィア様が管理していて、全てが適切だと家令様も絶賛している。

 そんな絶対的なオクタヴィア様の妹様が、リリー・アレナお嬢様。こちらはちょっと変わった方で、一言で言えば……びっくりするくらいの美少女なのに、呆れるくらい元気なお嬢様だ。
 真っ白い髪はふわふわと波打っていて、好奇心旺盛な大きな目は琥珀色。手の形も爪の形も、全てがびっくりするほどきれいなお嬢様なのに、領地にいるときから少しもじっとしていなかった。

 目を離せば木に登っているし、石垣をよじ登っているし、階段の手すりを使って一気に滑り降りてくる。
 そんなリリーお嬢様も、今年で十六歳。少し大人しくなってきたなと思っていたけど。ここ最近、大人しいを通り越して元気がない。
 同僚たちが心配している通りだ。

「やっぱり元気がないわよね。階段を普通に降りてきていたもの」
「昨日、天気が良かったじゃない? 絶対に木に登っていると思って探しに行ったのにいなかったから、とても心配したのよ! まさかお部屋にいるなんて!」
「本を読んでいるふりをしながら、居眠りしていると思ったのに、顰めっ面をして起きていたのよ。相変わらず読んでいなかったけど、びっくりしたわ!」

 メイド仲間たちは、口々にリリーお嬢様の異常を口にする。
 皆、とても心配そうだ。
 普通の貴族のご令嬢たちなら、今の状態でも十分過ぎるくらいに元気と言われるんだろう。でも、いつもおかわりを十杯している人が、五杯しかおかわりをしなかったら心配するはずで、今のリリーお嬢様はそういう状態だった。

 あたしたちは口を閉じ、ふうっとため息をついた。
 リリーお嬢様の不調の原因は、なんとなく察している。たぶん、セレイス様だ。オクタヴィアお嬢様を取られそうだから、とかそういう可愛らしい理由ではないと思う。

「……ねえ、オクタヴィア様にそれとなく言っておくほうがいいんじゃない?」
「私もそう思うんだけど……違ったら大変だし……」
「そうなのよね」

 お互いに顔を見合わせ、すぐに気まずそうに顔を伏せてしまう。
 セレイス様はとても立派な方だ。
 メイドに対しても、気さくに笑いかけてくれる。かといって、メイドに手を出すような人間でもないらしい。
 そういう方が、リリーお嬢様に特によく笑いかけている気がする。
 気がするというか、たぶんその通りなのだ。
 だから、あたしたちはメイドとして許されるギリギリのタイミングでお茶を持っていくし、お菓子を追加で運ぶ。
 セレイス様のお姿が見えたら、お屋敷に到着するより前にオクタヴィアお嬢様にお知らせするようにしている。そして、オクタヴィアお嬢様も、知らせが来たら顔色を変えて応接間へと急いでいた。

 ……オクタヴィアお嬢様も、疑っているのは間違いない。
 でも決定的な場面に踏み込むならともかく、ただ笑顔で話しかけているだけで糾弾することはできないだろう。
 相手はゼンフィール侯爵家のお方。
 次男とはいえ、侯爵家の力をほぼ掌握しているのではないかという噂まである人だ。

「……できるだけ、リリーお嬢様が元気になるようにがんばりましょう」
「そうね。それとなく邪魔をして、リリーお嬢様に話しかけるようにしましょう」
「リリーお嬢様の好きな料理を、料理長に頼んでおこうかな」
「では私は、リリーお嬢様が好きそうな庶民的なお菓子も買っておくわ。この間、面白そうなお菓子も見つけたのよ」

 メイドでしかないあたしたちは、とても無力だ。オクタヴィアお嬢様ですら、できることは限られている。
 でも、小さなことでも何もしないよりいいはずだ。
 あたしたちは静かに心を一つにしていた。

   ◇

「あら、リリーお嬢様、お出かけですか?」
「あ、見つかっちゃった。でも……内緒にしてくれる?」

 男の子の服を着たリリーお嬢様は、振り返ると困ったような顔をした。
 馬丁見習いたちが着るような服を着ているリリー様は、本当に少年のように見える。
 長くて真っ白い髪は、ぎゅっと三つ編みにして服の内側に入れ込んでいる。
 元々、表情が元気すぎて貴族の令嬢には見えなかったけれど、こういう格好に帽子を被れば完全に男の子だ。
 あたしは少し大袈裟にため息をついた。

「リリーお嬢様。ちゃんと怪我防止の魔道具はつけていらっしゃいますか?」
「うん。つけてるよ」
「イヤーカフは? あれはお嬢様の居場所を知らせてくれる大切な魔道具だそうですよ」
「あ、うん、それは……耳につけるものは苦手で」
「ならば、首にかけるタイプもございます。お持ちしいましょうか?」
「あー……、また今度ね!」

 気まずそうに自分の袖をぐいぐいと引っ張っていたリリーお嬢様は、ニコッと笑った。
 一瞬、その明るい笑顔に見入ってしまう。
 その隙に、リリーお嬢様は窓からポンと飛び降りてしまった。

「あっ!」

 慌てて窓から外を見たけれど、リリーお嬢様の姿はもう遠くになっている。木々の向こうの塀に取り付いたかと思うと、するすると乗り越えて行ってしまった。
 また、脱走したようだ。
 あたしはため息をついた。

「……でも、脱走するお元気がある、ということでもあるのよね」

 ここ一週間ほど、リリーお嬢様は急に元気になった。
 セレイス様がお見えになるたびに、渋い顔になるのは前の通りだけど、お帰りになった途端に元気なリリーお嬢様に戻っている。
 きっと、外で何か面白いものを見つけたのだろう。
 いったい何を見つけたのやら。

 でも、今のところ危険な目にはあっていないらしい。
 リリーお嬢様は、一応最低限度の魔道具は身につけているようで、何も危険はないというのだけは分かっている。
 ならば、ちょっとくらい目をつぶってもいいのではないか、というのがメイド仲間の中の共通の認識だ。
 リリーお嬢様が元気になっているのなら。
 あの小柄なお嬢様は、周囲を振り回しているくらいが一番いいのだ。

 ため息をつきながら、あたしはつい微笑んでしまっていた。
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