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66 願い

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庭園の一角に銀木犀はあった。その風景はかつて翡翠との思い出のルヒカンド王宮の庭園と見まごうほどそっくりだった。この国ではまだ季節ではないのか銀木犀に花はなかった。

王太子は銀木犀の木の下に行くと、神に祈るように懇願した。

「お願いだ、銀木犀よ。どうかはるかマハの地の霊気を翡翠に送ってほしい」

銀木犀の幹に額をつけ、王太子はさらに懇願した。

「頼む──私の、最愛の人なのだ──!」

そう言って涙ぐむ王太子の声に呼応したように、咲いていなかったはずの白い花が咲き始めた。次々と開く蕾。銀木犀の花はあっという間に満開になった。

腕にふわっと温かい何かが降って来た。王太子が目を上げると、銀木犀の花から無数の銀の光が降り注いでいる。

「!!」

王太子が急いで翡翠に目を落とすと、翡翠の体は銀の粉が降り注いだように発光している。

「願いが通じた……!」

翡翠はうっすらと目を開け王太子を見た。

「迎えに来てくれたのか。嬉しい……」

ふいに顔を赤らめた翡翠が愛おしく、王太子はぎゅっと翡翠を抱きしめた。霊体なのに不思議と重さを感じた。

「もう大丈夫だ。一緒に帰ろう、マハの地へ」



王太子が翡翠を連れ霊道のそばに戻って来ると、ロネシュラルの魔術でガネシュとジェーンが器に入り実体となって待っていた。

「よかった! 翡翠、助かったんだね」

ガネシュは生気を取り戻したように見える翡翠を見て安堵の表情を浮かべた。

「もう二度と翡翠にちょっかいを出すのではないぞ」と、王太子はガネシュに釘を刺す。

「わかってるよ。もう並行世界へは行かないと約束する。子孫たちにも伝えていく。翡翠、王太子、今までごめんなさい」

珍しく素直に謝るガネシュに王太子と翡翠は目を合わせた。

「お前の罪は消えないが、その代償としてお前は生来の肉体を失った。よってこれにて決着とする」

翡翠はそう言うと、王太子と共に霊道に消えた。

ガネシュの胸には翡翠たちが去ったことで寂しさが去来した。自由と神秘が残っているルビー大陸の世界が名残惜しかった。でも、自分はこのノスカ王国の王となる身だ。その運命に正面から向き合おう。せめてそれがマハやルヒカンドの人たちへの償いになるだろう。

「バイバイ……」

最後に、未練を霊道に一緒に送り出すようにガネシュはぽつりと呟いた。
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