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第三章・デルミーラ視点
29話「王太子殿下の登場」
しおりを挟む「では身分の上の者の言葉なら聞いてくれるのかな? シーラッハ公爵夫人」
人垣の向こうから歓声が上がり、声のした方向を見ると王太子殿下がいらした。
王太子殿下の後ろにはブルーノ公爵夫人とメルツ辺境伯夫人もいる。
王太子殿下はいつからこの会場にいらしたのかしら?
わたくしが下位貴族の男性に連れ出されそうになった時にはすでにいらして、見てみぬふりしていたのかしら?
いや、王太子殿下がいらしたら会場の空気が変わるはず。
人々の様子から推測するに、彼は今来たばかりなのだろう。
王太子殿下の腹違いの弟アルド第二王子は、フォンジーの弟のリックとともに、ミア・ナウマン男爵令嬢を愛し、学園のパーティーで当時公爵令嬢だったカロリーナ様との婚約を破棄した。
そのあとアルド様の実母である即妃様が「男爵令嬢が魅了魔法を使ったせいで息子がおかしくなった」と嘘の報告をし、アルド様の罪を軽減しようとした。
しかしその企みがリックのせいでバレて、即妃様は失脚、アルド様は王位継承権を剥奪され幽閉された。
「僕もブルーノ公爵夫人もメルツ辺境伯夫人も、いましがた会場に着いたばかりだ。
皆でザロモン侯爵家の噂をしているようだね」
「王太子殿下にあらせましては、ご機嫌も麗しく恐悦至極に……」
「堅苦しい挨拶はよしてくれ、シーラッハ公爵夫人」
カーテシーをしようとしたら止められた。
「実は僕もかつては君のように、ザロモン侯爵家の悪評を隠れみのに、アルドの悪い噂が流れないようにしていたんだ。
ザロモン侯爵は弟のリックとは違い真面目で優しくて誠実で君子とよべるほど徳の高い人物だというのに。
ザロモン侯爵は弟のリックが犯した罪を乗り越え、侯爵家を復興させようと日夜努力していた。
なのに僕は今まで、彼の頑張りに目を向けようとせず、ひたむきな彼の心を踏みにじってきた。
この度下位貴族と民から、ザロモン侯爵の人柄を保証する訴えを受け目が覚めたよ。
誠に卑しかったのは長年真実から目をそむけてきた己だと。
ザロモン侯爵の人柄の良さや、優しさや、志の高さや、思いやりの深さや、誠実さを彼らに説かれ、僕は己の間違いを認めることができた」
「私も長い間ザロモン侯爵を誤解しておりました。
元婚約者の悪友の兄、親友のエミリーに婚約破棄を突きつけた男の兄、という色眼鏡で彼を見ておりました」
ブルーノ公爵夫人が申し訳なさそうに言った。
「わたくしもザロモン侯爵に対する悪い噂を聞いたとき、
『リックの兄なのだから酷い人間に決まっている』と初めから決めつけ、彼のことを色眼鏡で見て事実確認を怠った。
浅はかな行いだったと悔いている」
メルツ辺境伯夫人が悔しそうに拳を握りしめた。
「だが我々の過ちを、ザロモン侯爵も侯爵夫人もご子息も許してくれた。
僕は彼らの広い心に報いたいと思っている。
シーラッハ公爵夫人、人は誰でも過ちを犯す。
だが気づいたらその日から行いを改めれば良いのだ。
シーラッハ公爵夫人、そなたも今この場でザロモン侯爵夫人に謝罪するんだ」
王太子殿下と周囲の視線がわたくしに集まる。
「王太子殿下にそのように言われましては、謝罪しないわけには参りませんね。
ザロモン侯爵夫人、私はかつて大きな間違いを犯しました。
どうかお許してください」
私はザロモン侯爵夫人に頭を下げた。
「頭を上げてください、シーラッハ公爵夫人。
わかってくだされば良いのです」
ザロモン侯爵夫人は私の手を取り、にっこりとほほ笑んだ。
誰もがわたくしとザロモン侯爵夫人の間に、和解が成立したと思っただろう。
だが事実は違う。
王太子殿下の顔を立てて頭を下げたが、わたくしの心の中がマグマのように煮えたぎっていた。
王太子殿下を味方につけたからっていい気にならないでほしいわ!
格下の侯爵家の分際で! 元々は男爵令嬢のくせに!!
公爵夫人であるわたくしに、憐れみをかけた上に説教をするなんて生意気よ!
偽善者面して綺麗事をならべて、周りを味方につけてるのが鼻につくのよ!
いつかあの女には絶対に泣きべそをかかせてやる!
今日はもう男漁りが出来るような状況じゃないからホテルに戻りましょう!
偽善者と同じ空間にいたくないもの!
しかし、戻ったホテルでとんでもないトラブルに巻き込まれることになる。
そのことをこの時のわたくしはまだ知らなかった。
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