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第三章 秋の段
第54話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私が人間界に降り立った件
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「伊縄城さん、お疲れ様でした。一旦、休憩を取りましょう」
「あ、はいっ!」
思兼さんと共に人間界もとい、私の住む世界に降り立ち早数時間。
恐ろしく手際の良いペースで各地をひとしきり訪問し終え、初日の緊張からか疲労は既にピークへ達していた。
(うっ、足が……もう)
高台のベンチに腰掛けた瞬間、石の如く動けない。
出来る限り、足手まといにはならないように気を配ってはいたが、……実物の足はとっくに悲鳴を上げていた。
それもそのはず。
私は出張のためにわざわざ買った、普段なら絶対に履かないピンヒールのパンプスを選んでしまったからである。
(私のバカー!! なんで、見た目重視でオシャレに全振りしちゃったの!! 踵も痛いし、爪先は食い込んでタコになってそうだし……あぁ、いつものスニーカーにすれば良かった)
ふと、心配そうに見つめる思兼さんに気付き、慌てて平常な顔を作るが、全てお見通しのようだった。
「残り一社を廻れば、本日分のノルマ達成です。
引き続き付き合わせてしまう事になり、申し訳ありません」
ぺこり、と深いお辞儀をさせてしまい、かえってヘタレな態度を晒してしまった自分が恥ずかしくなる。
――これは仕事。
少しだけ、浮ついた気持ちだった私がどうかしていた。
(ダメだ。こんなんじゃ)
気合いで立ち上がり、アキレス腱にありったけの力を込めて。
渾身の笑顔を放ちながら、思兼さんを見据えた。
「ぜんっぜん! 大丈夫です!!
私、ガンガン行けますので、すぐ向かいましょう!」
「伊縄城さん……」
まだ何か言い足りなさそうな思兼さんを背に、私は歩みを進めた。
* * *
「――監査の結果、特に目立った問題は無いようです。
しかし一部、気になる箇所がありました。
こちらに関しては、改善に向けて対応をお願い致します。
今後の予定につきまして……」
仕事上、幾度か思兼さんの業務風景を見る機会があった。
普段の物腰柔らかい雰囲気に反し、他の神様や精霊、全ての種族平等に一切の妥協を許さない冷徹さ。
もちろん私に対しても。
そんな何者も寄せ付けないオーラに、時折圧倒されてしまう。
(完全に仕事モードスイッチ入ってるな、思兼さん)
甘寺社長や他の社員から信頼されている理由が、またひとつ分かった気がした。
(それにしても、のどかで緑豊かな場所だなぁ。
あ、海が見える! 風が気持ちいい……)
「――お待たせしました。そろそろ引き上げましょうか」
「早い……! もう、大丈夫なんですか?」
「はい。無事に全行程完了しましたよ」
私が辺りをぼんやり見ている間に、終わったらしい。
相変わらず、華麗な仕事捌きである。
思兼さんがテキパキ仕事をこなしている傍ら、私って一体……。
もはやいてもいなくても変わらないかもしれない。
「……そこの。たしか、伊縄城さん、だっけ。
ひとつ、気になっていた事があるんじゃが」
先ほどまで思兼さんと打ち合わせをしていた土地神のお爺さんからの突然の声掛け。
どきりとした。
初めに挨拶したきり、私とはほぼやり取りはしていない。
しげしげと見られ、何やら考え込んでいる様子。
「わ、私、ですか? あの……」
完全に気を抜いていたため、声が震えてしまう。
気付かぬうちに粗相をしてしまったのだろうか。
神様相手に不慣れすぎて、顰蹙を買ってしまったとか……?
(どうしよう。今日一日、上手くいっていたのに、私……)
ネガティブな思考が頭を駆け巡っている事を察したのか、お爺さんは豪快に笑い飛ばした。
「かっかっか! そんなに不安そうな顔をしなさんなて。
いやなぁ。魚の小骨が喉に刺さったような、むず痒い気分じゃったが、はー。ついさっき思い出したわい」
「???」
「彼女が、どうかされましたか?」
思兼さんも事態が飲み込めず、首を傾げていた。
「昔……ここに来てくれた事、あったじゃろ?」
土地神のお爺さんが、顎髭を撫でながら優しく微笑む。
「えっ……!?」
「…………」
私達は絶句し、その場に立ち尽くしていた。
「あ、はいっ!」
思兼さんと共に人間界もとい、私の住む世界に降り立ち早数時間。
恐ろしく手際の良いペースで各地をひとしきり訪問し終え、初日の緊張からか疲労は既にピークへ達していた。
(うっ、足が……もう)
高台のベンチに腰掛けた瞬間、石の如く動けない。
出来る限り、足手まといにはならないように気を配ってはいたが、……実物の足はとっくに悲鳴を上げていた。
それもそのはず。
私は出張のためにわざわざ買った、普段なら絶対に履かないピンヒールのパンプスを選んでしまったからである。
(私のバカー!! なんで、見た目重視でオシャレに全振りしちゃったの!! 踵も痛いし、爪先は食い込んでタコになってそうだし……あぁ、いつものスニーカーにすれば良かった)
ふと、心配そうに見つめる思兼さんに気付き、慌てて平常な顔を作るが、全てお見通しのようだった。
「残り一社を廻れば、本日分のノルマ達成です。
引き続き付き合わせてしまう事になり、申し訳ありません」
ぺこり、と深いお辞儀をさせてしまい、かえってヘタレな態度を晒してしまった自分が恥ずかしくなる。
――これは仕事。
少しだけ、浮ついた気持ちだった私がどうかしていた。
(ダメだ。こんなんじゃ)
気合いで立ち上がり、アキレス腱にありったけの力を込めて。
渾身の笑顔を放ちながら、思兼さんを見据えた。
「ぜんっぜん! 大丈夫です!!
私、ガンガン行けますので、すぐ向かいましょう!」
「伊縄城さん……」
まだ何か言い足りなさそうな思兼さんを背に、私は歩みを進めた。
* * *
「――監査の結果、特に目立った問題は無いようです。
しかし一部、気になる箇所がありました。
こちらに関しては、改善に向けて対応をお願い致します。
今後の予定につきまして……」
仕事上、幾度か思兼さんの業務風景を見る機会があった。
普段の物腰柔らかい雰囲気に反し、他の神様や精霊、全ての種族平等に一切の妥協を許さない冷徹さ。
もちろん私に対しても。
そんな何者も寄せ付けないオーラに、時折圧倒されてしまう。
(完全に仕事モードスイッチ入ってるな、思兼さん)
甘寺社長や他の社員から信頼されている理由が、またひとつ分かった気がした。
(それにしても、のどかで緑豊かな場所だなぁ。
あ、海が見える! 風が気持ちいい……)
「――お待たせしました。そろそろ引き上げましょうか」
「早い……! もう、大丈夫なんですか?」
「はい。無事に全行程完了しましたよ」
私が辺りをぼんやり見ている間に、終わったらしい。
相変わらず、華麗な仕事捌きである。
思兼さんがテキパキ仕事をこなしている傍ら、私って一体……。
もはやいてもいなくても変わらないかもしれない。
「……そこの。たしか、伊縄城さん、だっけ。
ひとつ、気になっていた事があるんじゃが」
先ほどまで思兼さんと打ち合わせをしていた土地神のお爺さんからの突然の声掛け。
どきりとした。
初めに挨拶したきり、私とはほぼやり取りはしていない。
しげしげと見られ、何やら考え込んでいる様子。
「わ、私、ですか? あの……」
完全に気を抜いていたため、声が震えてしまう。
気付かぬうちに粗相をしてしまったのだろうか。
神様相手に不慣れすぎて、顰蹙を買ってしまったとか……?
(どうしよう。今日一日、上手くいっていたのに、私……)
ネガティブな思考が頭を駆け巡っている事を察したのか、お爺さんは豪快に笑い飛ばした。
「かっかっか! そんなに不安そうな顔をしなさんなて。
いやなぁ。魚の小骨が喉に刺さったような、むず痒い気分じゃったが、はー。ついさっき思い出したわい」
「???」
「彼女が、どうかされましたか?」
思兼さんも事態が飲み込めず、首を傾げていた。
「昔……ここに来てくれた事、あったじゃろ?」
土地神のお爺さんが、顎髭を撫でながら優しく微笑む。
「えっ……!?」
「…………」
私達は絶句し、その場に立ち尽くしていた。
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