本当は、二番目に愛してます

唯純 楽

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馬は追いかけるもの、花嫁は逃げるもの 2 ※

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「あ……」

 ビヴァリーは、視線をさまよわせながら、必死に考えた。

 ここで「嘘ではない」と言い張ったら、もう一度あの恐ろしく痛い思いをする可能性がある。

(嘘だった、と言ったら……?)

 ちらりとハロルドを見上げると、やけに真剣な眼差しに行き当たる。

「……もう、痛い思いはさせない」

 囁くように告げた唇が、ビヴァリーの唇を捕える。

 優しく押し開き、舌を絡ませながら頭を抱え、ビヴァリーの舌が勝手に愛撫に応え始めると、淫らな動きで上顎や歯列をなぞる。

(うっとりしちゃだめ……マーゴット……なんて言ってたっけ……?)

 マーゴットに聞いたことを思い出そうとしている間にも、ハロルドはビヴァリーを抱えてドレスを完全に脱がせ、ガーターベルトとストッキングだけという何とも恥ずかしすぎる姿にしてしまった。

 濃厚な口づけでビヴァリーの喉を潤したハロルドは、喉から鎖骨を経て、下腹部へと唇を滑らせていく。

「ハ、ル…………たく、ないこと……しちゃだめ……」

 とにかく宥めなくてはと首を起こして見下ろすと、ハロルドは鳶色の瞳を暗い欲望に染めて笑った。

「……したくない? 昨夜から、こうしたくて堪らなかったのに? あんな態勢で迫られたら、反応しないようにするだけでも精一杯だ」

「……ハル?」

「結婚しなくては、こんなことは許されない」

 隠すものなど何もない、頼りないストッキングだけを纏った足を折り曲げるように持ち上げたハロルドが、蜜をこぼして蠢く秘唇に口づけた。

「え……やぁぁぁっ!」

 柔らかくて熱いものを受け入れた襞が悦びに震え、奥に蓄えていた蜜を溢れさせる。

 ハロルドは、溢れる蜜を啜りながら、囁く。

「たっぷり潤えば、痛くない」

 敏感になった秘所にふっと熱い息を感じて、ビヴァリーは身悶えた。

「ふっ……やっ……しゃ、喋らないでっ」

「じゃあ、何をすればいいんだ?」

 舌先で今にも弾けそうな芽を突かれ、腰を揺らしてずり上がろうとすると、大きな手で腰を掴まれ、引き下ろされる。

「や、やだ……もう……お、おかしく……なっちゃ……」

 震えながらハロルドの顔を押し退けようとするが、上目遣いに見上げたハロルドの顔に意地の悪い笑みが浮かぶ。

「や、だ、だめ、ハル……だめぇっ!」

 これ以上の刺激には耐えられないと張り詰めた芽をきつく吸い上げられると、全身に鳥肌が立つほどの快感に襲われた。

 身を捩り、シーツを握りしめて全身を痙攣させたビヴァリーは、ハロルドが離れた瞬間丸くなって蹲った。

「も、もう、やだ……」

「もう?」

 触れられただけで肌が粟立つ。
 ビクリと身体を震わせたビヴァリーの耳元でハロルドが囁く。

「……まだ、何もしていない」

(何もしてないって……たくさんしたじゃないのっ!)

 振り返ったビヴァリーが睨むと、ハロルドは凛々しい眉を引き上げたが、相変わらず聞く耳は持っていないようだ。

 ビヴァリーをうつ伏せにすると腰を引き上げて四つん這いにし、ドロドロに溶けた秘唇に指を沈めた。

「ひっ」

「痛くないだろう?」

 ずぶずぶと飲み込まれていく指を内側で感じながら、ビヴァリーは身体を震わせた。

「痛いどころか……」

 奥まで届いたハロルドの指がぐるりと抉るように一周し、今まで感じたことのない刺激に息を呑んでぎゅっとシーツを握りしめる。

「……気持ちいいんじゃないのか?」

 一度沈めた指をゆっくりと引き抜いて、今度は浅い場所を抉る。

「ひぅっ」

 内股を震わせて身を硬くするビヴァリーの背に口づけて、滑らかな臀部を撫でる。

「咥えたきり、放したくないと言っているようだ」

 ハロルドの指を受け入れたビヴァリーの蜜壺は、吸い付くように太く硬い指を味わい、大胆に奥へと誘うように蠢いている。

 ゆっくりと抜き差しされ、内壁を抉られるたび、痺れるような快感が背筋を駆け抜け、腰が疼くような感覚が残る。

 指がいつの間にか二本に増え、そのうち三本になり、じゅぷじゅぷと淫猥な音を立てて抜き差しされるようになると、ビヴァリーの口からも淫らな声が漏れ始める。

「あっ……あんっ……ああっ……はっ」

「もう少し、欲しいだろう? ビヴァリー?」

 優しく指で穿たれるだけでは、物足りない。

 痛みが待っているとわかっていても、その先で味わった快感をもう一度求めたいと願う愚かな自分がいた。

 ビヴァリーは、喘ぎ、欲望に身体を震わせながら正直に答えた。

「ほ……しい……」

「俺もだ」

 衣擦れの音がし、背後から包み込まれるように抱かれる。

 足を閉じるように促されたビヴァリーは、閉ざされた隙間に割って入る熱くて硬いものに驚いた。

「痛くはないはずだ」

 ハロルドが腰をぶつけるように押し込んでも、切り裂かれるような痛みはなく、潤った場所が擦られるたびに快感だけが走る。

「あっ……んっ」 

 気持ちよさだけがどんどん募り、頭の芯が痺れ、崩れ落ちそうになる。

 それでも、しっかり抱きしめてくれる腕の力強さに身を任せていれば、大丈夫だと思ってしまう。

 後ろを向いてキスをするのが苦しくて、そのまま倒れ込み、ハロルドの身体の重みを全身で受け止めた。

 腕を伸ばして、窓から差し込む光にきらきらと輝く金の髪を撫で、うなじから広い肩をなぞる。

 何かが足りないという思いがちらちらと脳裏をかすめ、届かない場所へ手を伸ばすように求めるものを探さずにはいられない。

 しっとりと汗で濡れた身体は引き締まり、ほどよい筋肉で覆われていて、どこを取っても無駄のない美しい造形物だ。

 気位の高さや闘争心、より高みを目指して走り続けられる耐久性と勝負所を逃さない瞬発力。名馬になるに相応しい条件はそろっている。

(必要なのは……)

「ビヴァリー……」

 ドルトンが、こっちを向けと言う時のように鼻を擦りつけられて目を瞬く。

「たぶん、痛くない」

「……?」

 睫毛が触れ合う距離で見つめ合ったビヴァリーは、足の間に違和感を覚えた。

 潤った泉に、異質なものが沈められていく。

 どんどん奥まで入り込んでいくそれに、ビヴァリーは目を見開いた。

「は……ハル……」

「大丈夫だ」

(大丈夫じゃないっ!)

 またあの痛みに襲われる恐怖にパニックになりかけたビヴァリーに、ハロルドが微笑みかける。

「もう入った」

「え?」

 驚いて見下ろすと、確かに二人の間には隙間がない。

「……でも……ちいさ……」

 ぽつりと呟くと、ハロルドがぐっと奥歯を噛みしめて唸る。

「ビヴァリー。それは、禁句だ」

 慌てて口を噤むと、むっとした表情で「加減してるんだ」と訴えた。

「あの時は……抑制できなかったから……」

 上体を起こしたハロルドは、ゆっくりと腰を引き、ゆっくりと穿つ。

 内側を擦られる感覚に、ビヴァリーが戸惑いながらも快感を拾い始めるのを確かめながら、少しずつ速度を上げていく。

「はっ……あっ……」

 あっという間に快感の波に呑まれ、自然と腰が揺れる。

(こ、んなことしてたら……また……)

 馬も人も、交わるのは子どもを作るためだ。

(欲しくないわけじゃない……嬉しくないわけじゃない……)

 もしかしたら、ハロルドとの子どもができたかもしれないと思っていた日々、ビヴァリーの中にあったのは恐怖やハロルドへの憎悪ではなかった。

(でも……レースに出たい……まだ、走らなきゃ……)

 ハロルドの動きはどんどん早く力強くなり、埋められた男根が大きくなっていく気がする。

 穿たれるたびに下腹部へ熱が溜まり、突き上げられるたびに悦びに満ちた場所へと続く扉へ、追い詰められていく。

 何か言おうとしても、口からこぼれるのは悲鳴のような嬌声と喘ぎ声だけだ。

「ハル……だめ……」

 抱き潰されそうになりながら、ビヴァリーは馬たちを宥めるときにやっているように、ハロルドの背から腰、引き締まった臀部へと手を滑らせた。

 その途端、ハロルドが大きく身震いした。

「うっ……ビヴァリーっ」

 ぐっと深く入った尖端がビヴァリーの奥を抉り、悦びへの扉を突き破る。

「あぁーっ」

 シーツを蹴って身体を強張らせるビヴァリーの襞が絡め取る前に、ハロルドは素早く男根を引き抜いた。

 注ぐ先を失い、勢いよく放たれたものは、ビヴァリーの胸から喉までを濡らす。

 ガクガクと震えながら、放心状態でぼんやりと天井を見上げていると、ハロルドが覗き込んでくる。

「大丈夫か? ビヴァリー」

 大丈夫というのはどんな状態のことだったろうかと、震えながらビヴァリーはハロルドを見つめ返した。

 ビヴァリーの額の汗を拭い、胸から腹部にかかった何かをシーツで拭い、再び心配そうに覗き込んで来る

「どこか痛いところは?」

 今はない、と首を横に振るとハロルドはほっとしたように微かな笑みを浮かべた。

「もう、怖くはないだろう?」

 とりあえず、ハロルドが相手なら怖くないだろう。
 ビヴァリーは頷きながら、最初に尋ねるべきだったことを訊いてみた。

「ハル……どう、して……?」

「どうして? ビヴァリーは、まだ子どもがほしいとは思っていないだろう?」

「そう、だけど、でも、そうじゃなくて……どうして……したの? 私が、競馬してるの、嫌じゃなかったの?」

 ハロルドは、呆れたような顔をして「嫌じゃない」と答えた。

「ビヴァリーは、ビヴァリーにとって正しい道を選んだだけだ」

「でもっ……昨夜怒ってた……」

 あまりにもあっさり答えるので信じられずに問い質すと、ハロルドは自嘲の笑みを浮かべた。

「ああ……あまりの自分の馬鹿さ加減に、腹が立った」

「…………」

「この五年、まったくビヴァリーの役に立てなかったくせに、心の中で偉そうに批判ばかりしていた。どんなに大変な思いをしたか、知ろうともしないで。その上、ビヴァリーの夢を台無しにするところだった。後悔するには十分なほど、ビヴァリーにとって酷いことをしていたんだと、つくづく思った」

 まさか、そんなことだとは思ってもいなかったビヴァリーは、昨夜から思い悩んでいた自分は何だったのだと思った。
 
 ハロルドの言葉を聞く耳を持たかなかったのは、自分のほうだ。
 ハロルドならこう考えるはずだと、貴族だからって、勝手に決めつけていた。
 ずっと、ハロルドが言いたいことを、聞こうとしていなかった。
 ビヴァリーにとって、人の気持ちを読み取るのは、馬の気持ちを読み取るよりも難しいのに。

「五年前のように、何も知らない間にビヴァリーがいなくなるのはとても耐えられないし、何かあれば助けられるようにしておきたかった。強引だったとは思うが、それくらいしないとビヴァリーは逃げるだろう? でも、今日からは逃げられない。健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、愛し、敬い、命ある限り、心を尽くすことを誓ったから、ビヴァリーの傍にずっといる。嫌だと言っても無駄だ。式も挙げたし……初夜も無事完遂した。婚姻無効は認められない」

 反論は認めないと偉そうな態度でビヴァリーを見下ろして宣言したハロルドは、ふっとその口元を綻ばせた。

「いつか、生まれてくる子どもを二人で迎えられたら、嬉しい」

 笑みを浮かべた唇で、まだ膨らむことのない腹部にキスをするハロルドを見たビヴァリーは、驚きと嬉しさと、罪悪感と感謝の気持ちが入り混じった嵐のような感情に見舞われた。

 ハロルドには聞こえていないと思っていたビヴァリーの言葉はちゃんと届いていて、ビヴァリーが考えていたよりもずっと、ビヴァリーのことを理解しようとしてくれていた。

「ハル……」

(強引だけど……でも、ハルだし。それに……ちゃんと痛くないようにしてくれた。完璧ではないかもしれないけれど……どんな馬にもいいところはある。どんなレースでも、その馬のいいところを引き出して、うまく走らせることができるかどうかは、調教師と騎手の腕にかかっている)

「もっとも……結婚式を王都でしなくてよかったと心の底から思ったぞ。王都だったなら、明日の新聞のトップ記事間違いなしだ。ジェフリーとテレンスのインタビュー付きで」

「う……」

「まぁ……大人しく捕まるとは思っていなかったが」

 逃走するのは想定内だったと言うハロルドに、ビヴァリーはほっとするべきか、怒るべきか複雑な心境だった。

「捕らえがいのある獲物のほうが、追いかけるのは楽しい」

 ハロルドは、ビヴァリーと並んで横たわると腕を回して抱き寄せた。

 遮るものは何もなく、ぴったりと肌を合わせてくっ付くのはとても気持ちいい。

 無意識のうちに、広い胸に頬を擦りつけていたビヴァリーは、欠伸を噛み殺しながらハロルドが口にした計画に驚いて顔を上げた。

「それから……ビヴァリーの厩舎の件だが、投資という形で土地と資金の提供を受ければ、無駄に時間を掛けずに済むのではないかと思う。そうすれば来年にでもドルトンの子どもに騎乗してレースに出られる。もちろん土地はグラーフ侯爵家が――つまり、俺が提供することになるが、タダでやるわけじゃない。共同経営者として取引先や馬主との契約などについても、口を挟ませてもらう。利益が出たら、俺の権利を買い取ればいい。自分の力だけで成し遂げたいと思う気持ちもわかるが、時間は無限大にあるわけではない。利用できるものは利用すべきだ。少なくとも、検討する価値はあるはずだ」

「ハル……ハルは、賭け事は嫌いだって……」

 ハロルドは、何の問題があるのだと言わんばかりの表情でビヴァリーを見下ろした。

「俺は、賭け事に投資するのではない。世界で一番美しくて、強い馬の可能性に投資するんだ」

「……ドルトン?」

 ビヴァリーが尋ねると、ハロルドは大きな溜息を吐く。

「おまえだ、ビヴァリー」

(馬って……)

 ビヴァリーは、ハロルドもギデオンのようになるかもしれないという期待を感じて、微笑んだ。
 ギデオンの孫なのだから、その血筋からいけば十分可能性はある。

(ドルトンだって、最初は無理だって思われてた。言うことを聞かない馬を調教するのは大変だけど……挑戦しがいがあるし……いい馬になる可能性も高い)

「ハル……ありがとう」

 ビヴァリーは、ハロルドに微笑みかけながら、手触りのいい髪を撫でてやった。

 もうダメかと諦めかけていた馬が、最後の追い込みで目覚ましい加速を見せてくれたときのようだ。

 頬を緩め、よくやったと馬を褒めてやるように撫でていると、ハロルドが顔を寄せ、キスしてくる。

「ビヴァリー」

 甘えたいのかと思って、頭からうなじへと撫でおろしてやると、反転してビヴァリーの上に覆い被さり、悪企みを隠し切れない少年のような笑顔で尋ねた。

「……もう痛くないよな?」
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