夢の終わり ~蜀漢の滅亡~

久保カズヤ

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第2章 迷当の反乱

第12話 英傑の血を引く者達

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 宮殿に戻ると、やはり黄皓が待っていた。

「陛下、おかえりなさいませ」
「呉班殿から聞いたことを教えてくれ」
「まず、何から話せばいいのやら」

 黄皓もまた、悩まし気に唸る。

 いつもの様に張彩は後宮より抜け出し、鎧を身に着け馬に乗り、近衛兵の調練に参加したらしい。
 呉班は呆れながらも調練を続け、仕上げに白兵戦の調練を行った。張彩は縦横無尽に荒野を駆け、結局、その白兵戦は張彩の一人勝ちの様なものであった。

 兵士達は勿論、張彩を知らない。知っているのは呉班とその側近のみで、周囲は「また、変な大男が来やがった」くらいにしか思ってない。それもそうだろう、その実は皇后の妹だと知れば、兵士達は卒倒しかねない。

 しかし問題はここからだった。

 いつもより激しく動き回った張彩は、あろうことか、暑苦しいと言いながら上の鎧を脱いだらしい。呉班はその瞬間の、兵士達の僅かな空気の異変に気づいた。いつも暴れまわる鬼武者が、実は女だったのかと、兵士達は驚きに口を塞いでいたのだ。
 それもその姿は、胸にきつくさらしを巻いているのみで、他に衣服はつけていない。さらしを巻いていても、その豊満な胸はあまりに特徴的であった。幸いかどうかは分からないが、頭の武具は外していなかったらしい。

 呉班は急いで側近の兵を走らせて張彩を取り囲み、休憩中の兵士を一喝して行軍の訓練として走らせた。その後、張彩は呉班によって宮殿まで届けられたらしい。
 迅速な対応のおかげで全く騒ぎになってはいないものの、もしこれが世に知れれば、呉班は自らの首を捧げる覚悟であったとか。場合によっては、近衛兵の全員を闇に葬らねばならなかったのだ。

「既に調略の者を使い、近衛兵らの噂を操作しました。兜の下はこのような似顔絵の女だという事に、今頃はなっておりましょう」
 黄皓が差し出してきた紙は、如何にも厳つい顔をした、女とも男とも分からぬような化け物が描かれていた。
 普段は後宮で不穏な動きが無いかを探る為の間者を、この様な事に使う日が来ようとはと、黄皓は再び唸る。

 通された一室では、董允、張敬、そして、縮こまって座らされている張彩がいた。恐らくこっぴどく叱られたのだろう、劉禅でも背筋が凍るほどに、張敬の微笑みが恐ろしく感じる。張彩もまた、目に涙を浮かべていた。ただ、どこか不満そうな面持ちである。

 劉禅は張彩と向かい合うように腰を下ろす。透き通った、大きな瞳をしていた。体格や迫力に目を奪われがちだが、その顔立ちは凛としており、姉に似て美しいとも思う。まだ、二十も過ぎていない少女である。

「彩よ、もうこのような真似はよしてくれ。一歩間違えば、呉班殿は責任を取って首を斬らねばならなかった。近衛兵達も、その大半を闇に葬らざるを得なかったのだ」
「……悪いとは、思ってるよ兄様。でも、後宮はあまりにも退屈なんだ。これからは鎧は脱がない、周りの目にも、気をつける。だから、私を戦場に出して欲しい。父上の様に、戦場を駆けてみたいんだ」
「この馬鹿者!!」

 怒鳴り声を上げたのは、張敬である。その声に驚きつつも、張彩は姉を睨みつけていた。互いに気が強い者同士だ、どちらも全く譲ろうとはしない。

「貴方の軽率な行動が、重臣を殺め、精兵を殺し、陛下の体面を大いに傷つける事になるのです!それがどれほど重い罪か、分かっているのですか!?ましてや戦場に出るなどと、いい加減にしなさい!!」
「姉様には分からないんだ!綺麗に着飾る事より、輝かしい鎧を身に着けたい!琴や舞の勉強より、槍や馬術の勉強が私はしたい!後宮は退屈過ぎて、息が詰まりそうになる。この苦しさが分からない姉様に、文句を言われる筋合いはない!!」

「そこまでだ、ふたりとも」

 劉禅が間に割って入る。

「彩よ、私と一騎打ちをしよう。お前が勝てば、戦場に出る事を許す。ただ、もし負けたなら、私の言う事を聞け」

 そこには、有無を言わさぬ凄味があった。
 ただ、張敬も董允も、劉禅を止めようとした。どう考えても、張彩の方が強いのは分かり切っていた。近衛兵ですら一蹴する程の武勇を持っているのだ、それに比べ劉禅の体付きは、あまりに頼りない。力も人並み程度である。

 しかし、黄皓がそんな二人を止めた。
 大人しく見守ってるだけでいいと、密かに呟く。

「いくら兄様でも、手加減はしないから」
「お手柔らかに頼む」

 張彩は涙を袖で拭い、下品な程に大きく鼻をすすった。
 そして二人は中庭で向かい合い、どこから持って来たであろう、黄皓から渡された剣ほどの長さの棒を構える。

 向かい合うと、張彩の圧力の凄さがよく分かる。そして、素人目から見ても劉禅に勝ち目はない。見学している人間が限られているとはいえ、一国の主が打ち据えられるのは見ていられないと、董允と張敬は顔を青くしたまま勝負に見入っていた。
 開始の合図があったわけでもない。先に動いたのは、張彩であった。まるで牛が突進してくるかのような勢いである。


 棒と棒がぶつかり、倒れたのは、張彩であった。
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