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第3章 高平陵の変
第19話 獣
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誰よりも悩み、想い、苦しみ抜いて、全てを賭けた結果が、これなのか。
雍州への境まで、あと数十里のところまで来ていた。
曹爽は、何度目になるだろう嗚咽を馬上で漏らす。
常に傍に置いていた夏侯玄は、政治にこそ才覚を発揮する傑人ではあるが、こと戦に関しては素人である。
そして自分もまた、自らが全軍の指揮を執る様な大きな戦は初めてだったのだ。
傍に、戦略に秀でた者を置くべきだったと思う。
いや、そもそも、兵を挙げたことから間違いだったのかもしれない。
今になっては、全てが後の祭りである。
司馬懿が注力して積み上げてきた国力を、一気に削いでしまった。
しかし、ならば自分はどうするべきだったのだろうか。
権力が司馬一族に流れていく中、自分はどうすれば、曹魏の命運を救う事が出来たのだろうか。
「敵襲!敵襲!」
後方の兵が一気に騒がしくなり、軍が乱れ始める。
「大将軍、このまま真っすぐ走って下さい!国境で、陳泰殿が軍を率いてお待ちしております。そこまでお逃げを!」
そう言うと、司馬昭は側近の兵を連れ、馬首を返した。
今や、曹爽と夏侯玄の傍につく兵士は、十数人のみとなってしまった。
赤き「姜」の旗が、大きく風に靡いている。
五百の騎馬兵で、神速の如き猛追であった。
一万の軍があっという間に突き破られ、一瞬で霧散する。
まるで蜘蛛の子を散らす様に、簡単に吹き飛んだ。
精強を誇る魏軍が、あまりにもあっけない有様である。
軍の大部分が殿として漢中へ留まる事は、簡単に推測できた。僅かな兵で曹爽を離脱させるであろうこともだ。
漢中軍の必死の防戦も、八万の援軍による猛攻も、全ては、曹爽一人の首を取る為だけの戦略であった。
姜維自ら鍛え上げたこの精鋭の五百騎は、まるで意志を持った一頭の獣の様である。
わざわざ指示を出さずとも、全てが姜維の思い通りに動いた。
敵中を駆け抜けていると、正面に一つの塊が現れた。
「司馬」の旗。夏侯玄の副将である司馬昭の直下軍であろう。
その数は二千。獣は、牙を剥いた。
向かってくるのは同数の鉄騎兵。死ぬ事もためらわない突撃である。
姜維は軍の矛先を僅かに右へ逸らし、すれ違い様にその半身を喰い千切った。
間髪入れずに、歩兵が槍を立てて突撃を行う。
また僅かに逸れながら騎射でもって歩兵を撃ち、生じた綻びから切り裂いた。
司馬昭の指揮は、見事なものであった。姜維の突撃を曹爽から遠ざけようと、一手一手を堅実に組み立てていく。
その為には遠慮なく、配下の者すら死ぬ為だけの囮兵として使い捨てた。
「ならば、その喉元を喰らってやる」
騎馬隊は歩兵を突き抜けると進行を急に変え、司馬昭へ猛進した。
司馬昭の表情に、僅かに焦りが生じる。慌てて側近がその周囲を固め、司馬昭は後退した。
流石に側近らは猛者揃いであり、主君を守る為に決死の覚悟で食い下がってくる。
それでも、槍を突き出し、一人二人と突き倒す。確かに敵は猛者であるが、姜維の槍の前では童も同然だった。
蜀を代表する五虎将軍の一人「趙雲」。槍を振るえば天下無双と呼ばれたその猛将が、姜維の武芸の師であった。
並の兵では、十数人を相手にしても姜維は涼し気に突き倒せるほどの武勇を持つ。
一騎打ちならば、まず負けることは無い。
数十人の側近らを皆突き倒す。
再び、死ぬ為だけに鉄騎兵が猛進してくる。司馬昭は兵達の最後方で、冷徹な目で様子を窺っていた。
すれ違い、突き倒す。この隙に、歩兵らは堅陣を組んでいた。
これでは二千の兵を全て殺さないと、曹爽の下へは向かえないだろう。既にその姿は遠くに離されている。
ならばと、司馬昭へ突っ込んだ。
こうなってはもう曹爽へこの矛が届かない。それならば、あの首を取る他ないだろう。
むしろ今ではそっちの判断の方が、今後の為に意味があるかもしれないと感じた。
「姜維様、陳泰率いる雍州軍も考慮に」
「ちっ……」
ただ、ここで司馬昭を殺そうとしても、やはり相当な抵抗を受けるのは目に見えている。
さらに陳泰の雍州軍、撤退し集結している敗走兵など、それらも考慮に入れなければいけない。
じわじわと首を絞められているのは、こちらの方であった。
「撤退だ。このまま駆け抜ける」
最後まで司馬昭の、その冷徹な目を見据え、獣は駆ける。
歩兵は槍を掲げ前に進む。司馬昭はまた、兵の中に姿を消した。
矛先を凪ぎ、兵の中に分け入った。堅陣はあっという間に食い破られた。
姜維は駆け抜けた後、振り返る事無く、颯爽と漢中へと戻っていく。
騎馬隊の五百騎は、ただの一人も欠けることは無かった。
雍州への境まで、あと数十里のところまで来ていた。
曹爽は、何度目になるだろう嗚咽を馬上で漏らす。
常に傍に置いていた夏侯玄は、政治にこそ才覚を発揮する傑人ではあるが、こと戦に関しては素人である。
そして自分もまた、自らが全軍の指揮を執る様な大きな戦は初めてだったのだ。
傍に、戦略に秀でた者を置くべきだったと思う。
いや、そもそも、兵を挙げたことから間違いだったのかもしれない。
今になっては、全てが後の祭りである。
司馬懿が注力して積み上げてきた国力を、一気に削いでしまった。
しかし、ならば自分はどうするべきだったのだろうか。
権力が司馬一族に流れていく中、自分はどうすれば、曹魏の命運を救う事が出来たのだろうか。
「敵襲!敵襲!」
後方の兵が一気に騒がしくなり、軍が乱れ始める。
「大将軍、このまま真っすぐ走って下さい!国境で、陳泰殿が軍を率いてお待ちしております。そこまでお逃げを!」
そう言うと、司馬昭は側近の兵を連れ、馬首を返した。
今や、曹爽と夏侯玄の傍につく兵士は、十数人のみとなってしまった。
赤き「姜」の旗が、大きく風に靡いている。
五百の騎馬兵で、神速の如き猛追であった。
一万の軍があっという間に突き破られ、一瞬で霧散する。
まるで蜘蛛の子を散らす様に、簡単に吹き飛んだ。
精強を誇る魏軍が、あまりにもあっけない有様である。
軍の大部分が殿として漢中へ留まる事は、簡単に推測できた。僅かな兵で曹爽を離脱させるであろうこともだ。
漢中軍の必死の防戦も、八万の援軍による猛攻も、全ては、曹爽一人の首を取る為だけの戦略であった。
姜維自ら鍛え上げたこの精鋭の五百騎は、まるで意志を持った一頭の獣の様である。
わざわざ指示を出さずとも、全てが姜維の思い通りに動いた。
敵中を駆け抜けていると、正面に一つの塊が現れた。
「司馬」の旗。夏侯玄の副将である司馬昭の直下軍であろう。
その数は二千。獣は、牙を剥いた。
向かってくるのは同数の鉄騎兵。死ぬ事もためらわない突撃である。
姜維は軍の矛先を僅かに右へ逸らし、すれ違い様にその半身を喰い千切った。
間髪入れずに、歩兵が槍を立てて突撃を行う。
また僅かに逸れながら騎射でもって歩兵を撃ち、生じた綻びから切り裂いた。
司馬昭の指揮は、見事なものであった。姜維の突撃を曹爽から遠ざけようと、一手一手を堅実に組み立てていく。
その為には遠慮なく、配下の者すら死ぬ為だけの囮兵として使い捨てた。
「ならば、その喉元を喰らってやる」
騎馬隊は歩兵を突き抜けると進行を急に変え、司馬昭へ猛進した。
司馬昭の表情に、僅かに焦りが生じる。慌てて側近がその周囲を固め、司馬昭は後退した。
流石に側近らは猛者揃いであり、主君を守る為に決死の覚悟で食い下がってくる。
それでも、槍を突き出し、一人二人と突き倒す。確かに敵は猛者であるが、姜維の槍の前では童も同然だった。
蜀を代表する五虎将軍の一人「趙雲」。槍を振るえば天下無双と呼ばれたその猛将が、姜維の武芸の師であった。
並の兵では、十数人を相手にしても姜維は涼し気に突き倒せるほどの武勇を持つ。
一騎打ちならば、まず負けることは無い。
数十人の側近らを皆突き倒す。
再び、死ぬ為だけに鉄騎兵が猛進してくる。司馬昭は兵達の最後方で、冷徹な目で様子を窺っていた。
すれ違い、突き倒す。この隙に、歩兵らは堅陣を組んでいた。
これでは二千の兵を全て殺さないと、曹爽の下へは向かえないだろう。既にその姿は遠くに離されている。
ならばと、司馬昭へ突っ込んだ。
こうなってはもう曹爽へこの矛が届かない。それならば、あの首を取る他ないだろう。
むしろ今ではそっちの判断の方が、今後の為に意味があるかもしれないと感じた。
「姜維様、陳泰率いる雍州軍も考慮に」
「ちっ……」
ただ、ここで司馬昭を殺そうとしても、やはり相当な抵抗を受けるのは目に見えている。
さらに陳泰の雍州軍、撤退し集結している敗走兵など、それらも考慮に入れなければいけない。
じわじわと首を絞められているのは、こちらの方であった。
「撤退だ。このまま駆け抜ける」
最後まで司馬昭の、その冷徹な目を見据え、獣は駆ける。
歩兵は槍を掲げ前に進む。司馬昭はまた、兵の中に姿を消した。
矛先を凪ぎ、兵の中に分け入った。堅陣はあっという間に食い破られた。
姜維は駆け抜けた後、振り返る事無く、颯爽と漢中へと戻っていく。
騎馬隊の五百騎は、ただの一人も欠けることは無かった。
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