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第3章 高平陵の変
第21話 客人
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民衆は未だ北伐に肯定的であるが、群臣らの多くは徐々に費褘に靡いている。
政治的な才覚において言えば費褘は姜維より一枚も二枚も上手であり、その手腕は諸葛亮にも並ぶものを持っていると言っても過言では無かった。
国政に関する仕事についても非凡なものを見せたが、それ以上に、費褘を象徴する才能こそが「人たらし」である。
姜維はその点に関して言えば真逆だと言って良い。常に一人で牙を研ぎ、群れを敢えて拒んだ。
孤高の天才、誰もが尊敬と畏怖の念を込めて、姜維をそう評した。
この場合、姜維がいかに利を説いて北伐を呼びかけたところで、議論でもって国政を作り上げる蜀では、多数を取り込む費褘が有利であるのだ。
身分の隔てなく相手の懐に飛び込み、その心を費褘はたちまち掴んでみせる。
ただ姜維だけが、面白くなかった。
「誰もが君を蔑ろにしたいと思っているわけではない、この国の為を思っての事なのだ」
「そうではない、腹立たしいのは己に対してだ。戦場では万を越える敵すら容易く崩せるが、最近の軍議においては、費褘殿一人にすら敵わん」
「政治を勝ち負けで考えてるうちは、費褘様どころか、私にも及ばないだろうな」
成都は今日も賑やかであった。つい数か月前までは戦が起きていたというのに、そういった臭いは全く感じられない。
姜維は、陳祇と馬を並べて引き、ゆるゆると街中を歩いている。
皮肉を言われても、陳祇の言葉ならば、どこか心地良さがあった。費褘とはまた違う、不思議な魅力だった。
陳祇は文官の中では珍しく姜維の支持者であり、北伐の必要性を強く感じていた。
それでいて、費褘の最たる側近でもある。
「お前は、気まずくはないのか?費褘殿の傍で、政敵である私を支持して」
「同じ蜀の臣下だ、敵も何もない。皆が同じく仲間だ、何を遠慮する必要がある。それに、蜀漢は陛下の下で合議が許されている国だ。自分の意見を自由に持つ権利がある」
「どうも政治は苦手なのだ、結果が出るのが遅すぎる」
「だろうな。まぁ、だからこその私だと思ってくれ。政治は君の代わりに私がやるさ。戦で勝つのが、君の仕事だ」
二人は今、鄧芝の館へ呼ばれていた。
現在、将軍の中でも最高齢でもある鄧芝は、法律により軍権の返上を命じられており、すぐに自らの持ち場へ戻ることは出来ない様であった。
普通ならば六十も過ぎれば軍権を返上し、呉班や馬忠の様に、将軍や兵士の指導や、軍務の相談者となるべきである。
しかしながら鄧芝はそれを長年拒み続け、任地である益州東部に留まり続けていた。
現在、呉との外交の中核を担う立場である為に、政府も強硬的な返還を求めてはいない。
ただ、興勢山の戦いによって、成都に駆けつけたのを良い事に、文官らは総出で鄧芝の帰還を引き留めて、交渉に当たっている最中であるらしい。
日ごとそんな説得ばかりを聞き続け、退屈しているのだろうか。
姜維と陳祇は、昼間からの宴席に招かれ、ふとそんなことを考えていた。
「それにしても急な誘いだった」
「鄧芝殿は、君をいたく気に入っておられる。互いに、日頃の愚痴でも話し合いたくなったのだろう」
そういえば、蒋琬が大将軍として任じられた時、軍の中枢として姜維を推薦したのも、鄧芝だった。
それを思い返せば、鄧芝は姜維にとって、大恩のある人物である。
「おぉ、二人とも、よくぞ来てくれた!」
実に煌びやかな屋敷であり、鄧芝もまた、その恰幅の良い体に高価な衣服を着ていた。
従者の数もまた、出迎えだけに何十人と並ぶ程の多さである。
陳祇はしっかりと、居住まいを正した身なりをしていたが、姜維の方はと言うと、まるで調練帰りかの様な軽装備であった。
「相変わらず融通の利かない頭をしてるな、小僧」
「私も既に四十です。小僧と呼ばれるのは、多少むず痒いものが御座います」
「がっはっは!儂の前では、お前は死ぬまで小僧さ」
屋敷から宴席へと案内された。
ただ、道中には姜維や陳祇以外の文官武将は見当たらない。
「鄧芝殿、まさか宴席に及びしたのは、私と伯約の二人のみで?」
「おう、そうだ。是非、お前らに会って欲しい客人が現れた。あまりにも急な事だった故に、無理に誘って手間を取らせてしまった」
「いえ、それは結構なのですが、客人とは?」
「楽しみにしておけ」
そう言った鄧芝の足取りは軽く、言葉は弾んでいる。
よほどの人物に違いないのだろうが、陳祇には見当もつかなかった。
姜維の方を向いてみるが、自分と同じ表情をしていた。
政治的な才覚において言えば費褘は姜維より一枚も二枚も上手であり、その手腕は諸葛亮にも並ぶものを持っていると言っても過言では無かった。
国政に関する仕事についても非凡なものを見せたが、それ以上に、費褘を象徴する才能こそが「人たらし」である。
姜維はその点に関して言えば真逆だと言って良い。常に一人で牙を研ぎ、群れを敢えて拒んだ。
孤高の天才、誰もが尊敬と畏怖の念を込めて、姜維をそう評した。
この場合、姜維がいかに利を説いて北伐を呼びかけたところで、議論でもって国政を作り上げる蜀では、多数を取り込む費褘が有利であるのだ。
身分の隔てなく相手の懐に飛び込み、その心を費褘はたちまち掴んでみせる。
ただ姜維だけが、面白くなかった。
「誰もが君を蔑ろにしたいと思っているわけではない、この国の為を思っての事なのだ」
「そうではない、腹立たしいのは己に対してだ。戦場では万を越える敵すら容易く崩せるが、最近の軍議においては、費褘殿一人にすら敵わん」
「政治を勝ち負けで考えてるうちは、費褘様どころか、私にも及ばないだろうな」
成都は今日も賑やかであった。つい数か月前までは戦が起きていたというのに、そういった臭いは全く感じられない。
姜維は、陳祇と馬を並べて引き、ゆるゆると街中を歩いている。
皮肉を言われても、陳祇の言葉ならば、どこか心地良さがあった。費褘とはまた違う、不思議な魅力だった。
陳祇は文官の中では珍しく姜維の支持者であり、北伐の必要性を強く感じていた。
それでいて、費褘の最たる側近でもある。
「お前は、気まずくはないのか?費褘殿の傍で、政敵である私を支持して」
「同じ蜀の臣下だ、敵も何もない。皆が同じく仲間だ、何を遠慮する必要がある。それに、蜀漢は陛下の下で合議が許されている国だ。自分の意見を自由に持つ権利がある」
「どうも政治は苦手なのだ、結果が出るのが遅すぎる」
「だろうな。まぁ、だからこその私だと思ってくれ。政治は君の代わりに私がやるさ。戦で勝つのが、君の仕事だ」
二人は今、鄧芝の館へ呼ばれていた。
現在、将軍の中でも最高齢でもある鄧芝は、法律により軍権の返上を命じられており、すぐに自らの持ち場へ戻ることは出来ない様であった。
普通ならば六十も過ぎれば軍権を返上し、呉班や馬忠の様に、将軍や兵士の指導や、軍務の相談者となるべきである。
しかしながら鄧芝はそれを長年拒み続け、任地である益州東部に留まり続けていた。
現在、呉との外交の中核を担う立場である為に、政府も強硬的な返還を求めてはいない。
ただ、興勢山の戦いによって、成都に駆けつけたのを良い事に、文官らは総出で鄧芝の帰還を引き留めて、交渉に当たっている最中であるらしい。
日ごとそんな説得ばかりを聞き続け、退屈しているのだろうか。
姜維と陳祇は、昼間からの宴席に招かれ、ふとそんなことを考えていた。
「それにしても急な誘いだった」
「鄧芝殿は、君をいたく気に入っておられる。互いに、日頃の愚痴でも話し合いたくなったのだろう」
そういえば、蒋琬が大将軍として任じられた時、軍の中枢として姜維を推薦したのも、鄧芝だった。
それを思い返せば、鄧芝は姜維にとって、大恩のある人物である。
「おぉ、二人とも、よくぞ来てくれた!」
実に煌びやかな屋敷であり、鄧芝もまた、その恰幅の良い体に高価な衣服を着ていた。
従者の数もまた、出迎えだけに何十人と並ぶ程の多さである。
陳祇はしっかりと、居住まいを正した身なりをしていたが、姜維の方はと言うと、まるで調練帰りかの様な軽装備であった。
「相変わらず融通の利かない頭をしてるな、小僧」
「私も既に四十です。小僧と呼ばれるのは、多少むず痒いものが御座います」
「がっはっは!儂の前では、お前は死ぬまで小僧さ」
屋敷から宴席へと案内された。
ただ、道中には姜維や陳祇以外の文官武将は見当たらない。
「鄧芝殿、まさか宴席に及びしたのは、私と伯約の二人のみで?」
「おう、そうだ。是非、お前らに会って欲しい客人が現れた。あまりにも急な事だった故に、無理に誘って手間を取らせてしまった」
「いえ、それは結構なのですが、客人とは?」
「楽しみにしておけ」
そう言った鄧芝の足取りは軽く、言葉は弾んでいる。
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