68 / 93
第3章 高平陵の変
第30話 張翼
しおりを挟む
どうして姜維は、この様に一瞬にして魏領へと侵攻できるのか。
漢中から雍州へ入るまでの道のりは極めて険しく、進軍するだけで、兵の数を損なう程である。
更に、道中の険しさの為に兵站を保つ事が極めて難しい。
素早く進軍できるはずがないのだ。
諸葛亮でさえ、北伐の度にその兵站に頭を悩ませ、万全の準備を整えてからでは無いと決して進軍をしなかった。
だからこそ魏軍も十分に迎撃の準備を整える事が出来ていた。
ところが姜維は、兵站は二の次として考えている節がある。
軍を保つには、兵糧は何よりも大事なのだが、この絶対の前提を、姜維は軍を起こす度に覆すのだ。
兵站を整えている間に勝機を逃してはならない。兵糧は、敵地で賄えばいい。
つまり、足りない食料は、魏領から奪っているのだ。
民の不満を買っても構わない。何よりもまず、勝つ事が重要である。
この思い切りの良さこそが、姜維の神速の如き進軍の秘訣と言えた。
現在、雍州守備軍の主力は、陳泰に率いられて涼州の反乱の鎮圧を行っている。
その為に郭淮は予備軍の三万を率いて防衛の為に出陣。副将は、夏侯覇である。
夏侯覇は、先の興勢の役にて魏軍の退却時、殿として僅かな兵力で王平軍に包囲されていた。
必死にこれに食い下がって殿の務めを果たしている。
全身に傷を負いながらも、単独で包囲を切り抜ける程の武勇を誇る猛将。
そのような功績もあって、雍州軍における第二位の軍権を手にしていた。
「将軍、此度の戦の目的は何でしょう」
隣では張翼が馬に揺られていた。
今回の戦に関しても、益が少ないと難色を示していたが、いざこうして戦場に出てまで文句を言う人物ではない。
「涼州において、大小の反乱が勃発している。既に間者を放っており、魏に靡いている涼州の豪族達から人質を確保させた。これらの民を全て蜀の領内に移住させる。今回はそういう戦です」
「確保、ですか。それは有体に言えば、誘拐でしょう。不満を買う恐れがあるのでは?」
「戦なのです。それに、殺す訳じゃない。涼州の荒廃した土地から、益州という安住の地に移すだけです」
「承知しました」
張翼。その先祖は、歴史上最高の名軍師との呼び声が高い「張良(ちょうりょう)」という。
極めて名門の家柄の出身である。
諸葛亮の北伐に従軍し功績を重ねた将軍であり、戦場の全体を考えながら戦略を編むことの出来る、極めて優秀な将軍だった。
端正で厳格な顔つき、長く綺麗に生え揃った髭が、その育ちの良さを伺わせる。
「現在、郭淮と夏侯覇は三万の兵を率いて、こちらに向かっています。このままでは恐らく、涼州へ入る前に衝突するかと」
「涼州の陳泰率いる主力軍の三万はどうでしょう」
「距離が遠すぎますね。時が経てば合流するでしょうが、こちらは短期決戦が狙いです。念頭には置かなくてよろしい」
「では、軍を三つに分けましょう」
姜維は、廖化、傅僉、蒋斌の三人を傍に呼んだ。
此度の戦で特に不手際さえ無ければ、蒋斌もようやく将軍へと昇格できる段階まで来ていた。
傅僉と比べれば些か遅い出世ではあるが、年齢は蒋斌の方が二つ下であり、これでも異例の速さの出世である。
実情を言えば、将軍らの高齢化が進み、また先の戦で、王平の抱えていた将軍や校尉が数人死んでいる。
急ぎ有能な校尉を引き上げ、その穴を埋めなければならないのだ。
蒋斌はその先駆けとなるだけに、周囲からの期待もひとしおである。
漢中から雍州へ入るまでの道のりは極めて険しく、進軍するだけで、兵の数を損なう程である。
更に、道中の険しさの為に兵站を保つ事が極めて難しい。
素早く進軍できるはずがないのだ。
諸葛亮でさえ、北伐の度にその兵站に頭を悩ませ、万全の準備を整えてからでは無いと決して進軍をしなかった。
だからこそ魏軍も十分に迎撃の準備を整える事が出来ていた。
ところが姜維は、兵站は二の次として考えている節がある。
軍を保つには、兵糧は何よりも大事なのだが、この絶対の前提を、姜維は軍を起こす度に覆すのだ。
兵站を整えている間に勝機を逃してはならない。兵糧は、敵地で賄えばいい。
つまり、足りない食料は、魏領から奪っているのだ。
民の不満を買っても構わない。何よりもまず、勝つ事が重要である。
この思い切りの良さこそが、姜維の神速の如き進軍の秘訣と言えた。
現在、雍州守備軍の主力は、陳泰に率いられて涼州の反乱の鎮圧を行っている。
その為に郭淮は予備軍の三万を率いて防衛の為に出陣。副将は、夏侯覇である。
夏侯覇は、先の興勢の役にて魏軍の退却時、殿として僅かな兵力で王平軍に包囲されていた。
必死にこれに食い下がって殿の務めを果たしている。
全身に傷を負いながらも、単独で包囲を切り抜ける程の武勇を誇る猛将。
そのような功績もあって、雍州軍における第二位の軍権を手にしていた。
「将軍、此度の戦の目的は何でしょう」
隣では張翼が馬に揺られていた。
今回の戦に関しても、益が少ないと難色を示していたが、いざこうして戦場に出てまで文句を言う人物ではない。
「涼州において、大小の反乱が勃発している。既に間者を放っており、魏に靡いている涼州の豪族達から人質を確保させた。これらの民を全て蜀の領内に移住させる。今回はそういう戦です」
「確保、ですか。それは有体に言えば、誘拐でしょう。不満を買う恐れがあるのでは?」
「戦なのです。それに、殺す訳じゃない。涼州の荒廃した土地から、益州という安住の地に移すだけです」
「承知しました」
張翼。その先祖は、歴史上最高の名軍師との呼び声が高い「張良(ちょうりょう)」という。
極めて名門の家柄の出身である。
諸葛亮の北伐に従軍し功績を重ねた将軍であり、戦場の全体を考えながら戦略を編むことの出来る、極めて優秀な将軍だった。
端正で厳格な顔つき、長く綺麗に生え揃った髭が、その育ちの良さを伺わせる。
「現在、郭淮と夏侯覇は三万の兵を率いて、こちらに向かっています。このままでは恐らく、涼州へ入る前に衝突するかと」
「涼州の陳泰率いる主力軍の三万はどうでしょう」
「距離が遠すぎますね。時が経てば合流するでしょうが、こちらは短期決戦が狙いです。念頭には置かなくてよろしい」
「では、軍を三つに分けましょう」
姜維は、廖化、傅僉、蒋斌の三人を傍に呼んだ。
此度の戦で特に不手際さえ無ければ、蒋斌もようやく将軍へと昇格できる段階まで来ていた。
傅僉と比べれば些か遅い出世ではあるが、年齢は蒋斌の方が二つ下であり、これでも異例の速さの出世である。
実情を言えば、将軍らの高齢化が進み、また先の戦で、王平の抱えていた将軍や校尉が数人死んでいる。
急ぎ有能な校尉を引き上げ、その穴を埋めなければならないのだ。
蒋斌はその先駆けとなるだけに、周囲からの期待もひとしおである。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
ソラノカケラ ⦅Shattered Skies⦆
みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始
台湾側は地の利を生かし善戦するも
人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね
たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される
背に腹を変えられなくなった台湾政府は
傭兵を雇うことを決定
世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった
これは、その中の1人
台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと
舞時景都と
台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと
佐世野榛名のコンビによる
台湾開放戦を描いた物語である
※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
おめでとう。社会貢献指数が上がりました。
水井伸輔(Mizui Shinsuke)
SF
「正しく」生きれば、どこまでも優しいこの国。
17歳のシュウは、社会貢献指数を高め、平穏な未来を手に入れようとしていた。しかし、システムに疑問を抱く父のランクは最低の「D」。
国家機能維持条項が発令された夜、シュウの端末に現れたのは、父の全権利を支配するための「同意」ボタンだった。
支配か、追放か。指先ひとつで決まる、親子の、そして人間の尊厳の行方。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる