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第3章 高平陵の変
第36話 人材
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「何の為に、傅僉を残したというのだ」
廖化に傅僉を付けたのは、郭淮に易々と包囲をさせない為である。
包囲にかかろうとしたところを、傅僉の部隊で破る。それを繰り返せば、大いに時間は稼げたはずなのだ。
恐らくだが、廖化は兵力差を見て、兵を出す事を良しとしなかったに違いない。
要害に拠っているとはいえ、廖化・傅僉の軍は四千。対して郭淮は二万。およそ五倍の兵力差だ。
人質を抱えながら戦闘を起こせば、最悪の場合、人質を失い、兵も損ねてしまうと危惧したのだろう。
しかしそれは、廖化の統率力と傅僉の突破力をもってすれば、決して不可能な作戦では無いのだ。
対する郭淮は、万全の状態さえ作らせなければ、恐れることは無い。
逆に、この様な包囲を作らせてしまうと郭淮は非常に手ごわくなってしまう。
常に危険を犯すことなく、最少被害での戦を行う廖化の特性が、悪い方向に出てしまったと言える。
「包囲を突き抜けて、合流する」
成重山の囲みを容易く突破し、姜維は山中へと入った。
包囲中の魏軍も、姜維の到来を知っていたのか、あえて抵抗することも無く道を開けたという感じだった。
混乱を生じ、そこを廖化軍と呼応されてはまずいと読んで、敢えて道を開けたのだろう。
どれほどの精鋭といえど、五百で万の包囲を解くことは出来ない。
無視をしても戦況に変化はない。憎い程に妥当な判断である。
「廖化殿!傅僉!」
多少声を荒げ、陣営に入った姜維は二人を呼んだ。
見渡してみると、人質の数は中々に集まっていた。およそ、二百から三百といった、子供や女達だ。
体の自由は奪われているものの、決して乱暴な扱いはしておらず、むしろ丁重な扱いをしている様に見える。
廖化や傅僉を始めとした十数名の部隊長らが、続々と集まり出す。
「何故、郭淮に包囲を許した。これでは連絡線を断たれ、兵糧も少ない今は長期戦も出来ない。傅僉、何の為にお前をここに配した。魏軍を崩し、包囲を作らせぬ為であろう」
「申し訳ございません」
「いえ、姜将軍。私が、傅僉将軍の出兵を却下したのです。人質を抱えている今、無暗に攻撃をすることは危険だと」
「廖将軍、危険を承知でも、攻撃をしなければならなかった。攻撃を仕掛ければ、戦況は大敗か、大勝かである。しかし、包囲を許せば、撤退か敗北かの二択だ。将軍と傅僉であれば、四千でも郭淮の二万と対等に渡り合えると思ったからこそ、ここを任せました。無理なことは、任じていない」
不甲斐なさげに廖化は謝罪を述べるが、その表情にはどこか不服な思いが滲んでいた。
されど今は、姜維が総大将であり、廖化は副将である。
部隊長らの面々の前でも、年長だからといって、遠慮をすることは出来ない。
「全軍に触れを出せ、援軍が来ていると。到着は明朝、それまでに全軍に休息を取らせよ」
「御意」
郭淮は、張翼の接近を聞けば戦わずに包囲を解き、陣を構えるだろう。
そうすればこちらが撤退せざるを得なくなるからだ。
互いに損害を軽微のままとして、北伐を諦めさせる腹づもりであることは明らかであった。
張翼らがあれほどの勝利を挙げたというのに、ここで郭淮の手に乗らなければならない事が腹立たしい。
翌日、郭淮は数里退いて陣を構えたところ、張翼の軍が合流した。
僅かばかりであるが、涼州の豪族らも集まっていた。
その、人質とその豪族らを、最低限の戦果として蜀軍は撤退。
形の上では引き分けである。
戦では蜀軍が勝ったが、全体の戦況を見れば、魏軍の勝利。
民の北伐への熱意も、一時的にだが解消された。
再び費褘を説得し得るには、また、いくらかの時間が必要になるだろう。
一応の勝利。しかしこれを良しとしてしまえば、また同じ過ちを繰り返す。
此度の失策の責を、明らかにしないといけない。
ただ、その対象が問題であった。
大敗こそしないが、その判断は北伐の停滞につながる。
廖化を、どう扱うべきか、姜維はそれに頭を悩ませた。
軍中で重きを成し、将兵からの信望も厚く、功績も多い。
何より、決して「負けない」判断を降せるという点において言えば、極めて優秀な将なのだ。
ただ、廖化の最も大きな欠点もそこなのだ。
「勝つ為」ではなく、無意識のうちに「負けない為」という思考に至る。
数多の戦場を駆け抜け、誰よりも多くの大敗を経験している。
関羽将軍の死、夷陵の大敗、そして、諸葛亮の北伐。
その全てで戦ってきた廖化に、考えを改める様に言う事など、到底出来ないのが現状である。
大軍を与えれば、その数が多ければ多い程、真価を発揮する将軍なのだ。
「有能な将が、足りない」
全ての思考は、やはり、そこに行きついた。
誰もが「諸葛亮」という大樹の下で、戦火から眼を反らし、平和に生き過ぎたのだ。
有能な文官こそ多いが、軍人は圧倒的な人材不足である。
本来ならば、廖化や張翼、王平、鄧芝、張嶷といった、各方面において前線を任されている将軍は皆、引退してもおかしくはない年齢なのだ。
皆、劉備以来の将軍達であった。
廖化に傅僉を付けたのは、郭淮に易々と包囲をさせない為である。
包囲にかかろうとしたところを、傅僉の部隊で破る。それを繰り返せば、大いに時間は稼げたはずなのだ。
恐らくだが、廖化は兵力差を見て、兵を出す事を良しとしなかったに違いない。
要害に拠っているとはいえ、廖化・傅僉の軍は四千。対して郭淮は二万。およそ五倍の兵力差だ。
人質を抱えながら戦闘を起こせば、最悪の場合、人質を失い、兵も損ねてしまうと危惧したのだろう。
しかしそれは、廖化の統率力と傅僉の突破力をもってすれば、決して不可能な作戦では無いのだ。
対する郭淮は、万全の状態さえ作らせなければ、恐れることは無い。
逆に、この様な包囲を作らせてしまうと郭淮は非常に手ごわくなってしまう。
常に危険を犯すことなく、最少被害での戦を行う廖化の特性が、悪い方向に出てしまったと言える。
「包囲を突き抜けて、合流する」
成重山の囲みを容易く突破し、姜維は山中へと入った。
包囲中の魏軍も、姜維の到来を知っていたのか、あえて抵抗することも無く道を開けたという感じだった。
混乱を生じ、そこを廖化軍と呼応されてはまずいと読んで、敢えて道を開けたのだろう。
どれほどの精鋭といえど、五百で万の包囲を解くことは出来ない。
無視をしても戦況に変化はない。憎い程に妥当な判断である。
「廖化殿!傅僉!」
多少声を荒げ、陣営に入った姜維は二人を呼んだ。
見渡してみると、人質の数は中々に集まっていた。およそ、二百から三百といった、子供や女達だ。
体の自由は奪われているものの、決して乱暴な扱いはしておらず、むしろ丁重な扱いをしている様に見える。
廖化や傅僉を始めとした十数名の部隊長らが、続々と集まり出す。
「何故、郭淮に包囲を許した。これでは連絡線を断たれ、兵糧も少ない今は長期戦も出来ない。傅僉、何の為にお前をここに配した。魏軍を崩し、包囲を作らせぬ為であろう」
「申し訳ございません」
「いえ、姜将軍。私が、傅僉将軍の出兵を却下したのです。人質を抱えている今、無暗に攻撃をすることは危険だと」
「廖将軍、危険を承知でも、攻撃をしなければならなかった。攻撃を仕掛ければ、戦況は大敗か、大勝かである。しかし、包囲を許せば、撤退か敗北かの二択だ。将軍と傅僉であれば、四千でも郭淮の二万と対等に渡り合えると思ったからこそ、ここを任せました。無理なことは、任じていない」
不甲斐なさげに廖化は謝罪を述べるが、その表情にはどこか不服な思いが滲んでいた。
されど今は、姜維が総大将であり、廖化は副将である。
部隊長らの面々の前でも、年長だからといって、遠慮をすることは出来ない。
「全軍に触れを出せ、援軍が来ていると。到着は明朝、それまでに全軍に休息を取らせよ」
「御意」
郭淮は、張翼の接近を聞けば戦わずに包囲を解き、陣を構えるだろう。
そうすればこちらが撤退せざるを得なくなるからだ。
互いに損害を軽微のままとして、北伐を諦めさせる腹づもりであることは明らかであった。
張翼らがあれほどの勝利を挙げたというのに、ここで郭淮の手に乗らなければならない事が腹立たしい。
翌日、郭淮は数里退いて陣を構えたところ、張翼の軍が合流した。
僅かばかりであるが、涼州の豪族らも集まっていた。
その、人質とその豪族らを、最低限の戦果として蜀軍は撤退。
形の上では引き分けである。
戦では蜀軍が勝ったが、全体の戦況を見れば、魏軍の勝利。
民の北伐への熱意も、一時的にだが解消された。
再び費褘を説得し得るには、また、いくらかの時間が必要になるだろう。
一応の勝利。しかしこれを良しとしてしまえば、また同じ過ちを繰り返す。
此度の失策の責を、明らかにしないといけない。
ただ、その対象が問題であった。
大敗こそしないが、その判断は北伐の停滞につながる。
廖化を、どう扱うべきか、姜維はそれに頭を悩ませた。
軍中で重きを成し、将兵からの信望も厚く、功績も多い。
何より、決して「負けない」判断を降せるという点において言えば、極めて優秀な将なのだ。
ただ、廖化の最も大きな欠点もそこなのだ。
「勝つ為」ではなく、無意識のうちに「負けない為」という思考に至る。
数多の戦場を駆け抜け、誰よりも多くの大敗を経験している。
関羽将軍の死、夷陵の大敗、そして、諸葛亮の北伐。
その全てで戦ってきた廖化に、考えを改める様に言う事など、到底出来ないのが現状である。
大軍を与えれば、その数が多ければ多い程、真価を発揮する将軍なのだ。
「有能な将が、足りない」
全ての思考は、やはり、そこに行きついた。
誰もが「諸葛亮」という大樹の下で、戦火から眼を反らし、平和に生き過ぎたのだ。
有能な文官こそ多いが、軍人は圧倒的な人材不足である。
本来ならば、廖化や張翼、王平、鄧芝、張嶷といった、各方面において前線を任されている将軍は皆、引退してもおかしくはない年齢なのだ。
皆、劉備以来の将軍達であった。
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