83 / 93
第4章 暗中の剣
第8話 血路
しおりを挟む
太鼓が鳴った。
夏侯覇の兵は全て、騎兵であった。
中央の黒き五百が、あの直属の騎兵部隊である。
黒き獣はただ一直線に、無謀にも思える正面への突撃を敢行。兵力差は、六倍以上。
郭淮率いる軍勢の前軍を率いるのは、陳泰だ。
一寸の乱れも無く統率された精鋭が固く陣を組み、長槍を前に突き出しながら、黒き獣へと押し寄せた。
矢が、放たれる。
放ったのは陳泰の側ではなく、夏侯覇の騎馬隊。
馬に乗ったまま、弓矢は敵の前衛を穿ち、崩した。その綻びを、夏侯覇の槍が食い千切る。
彼の騎馬隊の恐ろしさは、魏の将兵の皆が知っていた。
一度勢いに乗ってしまったアレを、止めることは出来ない。その恐怖が全軍へと広がるのは、一瞬であった。
何より、先頭で矛を振るっているのが夏侯覇なのだ。
その事実ひとつが、魏の将兵を立ちどころに怖気づかせた。
「敵は寡兵! 何を恐れる事があるか! それでも雍州魏軍の男か!?」
夏侯覇と直接ぶつかり合う様に前に出たのは、陳泰であった。
互いに槍を振るい、馳せ違う。再び馬を翻し、矛を突き出した。
鋭い一閃で肌を裂かれ、夏侯覇は鎧を深く削り取られるも、己が血すら意に介さず、派手に横に凪いだ矛先で、陳泰の槍の柄を弾き飛ばした。
まるで大木で殴り付けるかのような勢いを持つ夏侯覇に対し、陳泰の槍は細く鋭く流れるような殺意を放つ。
実力は、五分。しかし、命を捨ててる分、流れは夏侯覇にあった。
恐らく、死んでもこちらの命を絶つまで戦い続けるであろう。
そう思わせる剥き出しの殺意こそ、この黒き獣の正体なのだ。
首を落とされようと、牙一つで命を喰らう。決して敵にしてはならない相手。
そんな獣に敢えて正面切って立ち向かった陳泰の鼓舞は、前軍の息を吹き返させ、陣を固くまとめた。
ただ、この士気も陳泰が生きていればこそだった。
「ッ……」
何十合と矛を突き合わせ、陳泰はたまらず槍を手放した。
腕は、ほとんど感覚が無い程に痺れている。すぐさま手綱を腕に巻き、逃げ出した。
単純な膂力であれば、かつて戦った事のある迷当の方が上だった。
しかし、夏侯覇のそれは自分の命を捨てた、防御を全く考えてない攻撃である。
一撃一撃が、全力なのだ。重さが桁違いだった。
「逃げるか、陳泰!」
兵が間に入り夏侯覇の行く手を遮ろうとするが、それすらも容易く突き破る。
二万の堅陣を、三千の騎兵が正面から断ち割っていった。
あり得ない事が、今目の前で起きている。
郭淮は全身に悪寒を感じながら、後退したい気持ちを必死に抑えていた。
逃げながら剣の柄に手を掛け、真上に抜いて掲げた。
兵の動きが変わる。
夏侯覇はその不穏な空気を咄嗟に察知し、馬の足を止めさせた。
『── 突撃!!』
それは、攻城戦において城門を突破する際に用いる、先の尖った丸太だった。
衝車、と呼ばれる兵器である。
隙間なく、まるで濁流の様に押し寄せ、夏侯覇の騎馬隊を貫き、潰していく。
まさに夏侯覇の勢いを殺す為だけに、それだけの為に作られたような戦術。
先頭を走っていた、五百の旗下の二百を一気に失い、三千騎はおよそ半数にまで減った。
二万の軍の中央で、完全に勢いは止まってしまった。
千あまりの兵のみで、完全な包囲を受ける状況となってしまった。
「将軍、我らが血路を切り開きます。どうかお逃げください」
「逃げる? 敵は目の前にある、進むは前のみだ」
「勢いが止まってしまえば、もはや前進は不可能です! 更にまた何度、あの衝車が来るやも分かりません」
「ならばここで死ぬまでよ。逃げると言ったが、敗れてしまった以上、この国に俺の居場所は無い」
「天下は、魏のみに非ず! 将軍こそが、我らの生きる祖国です。魏の為にも、将軍だけは死んではなりませぬ!」
長く共に戦場を駆けてきた、配下の一人であった。
家族も親も居るというのに、全てを捨てて、自分に付いて来てくれた。
「先鋒は、私が請け負います。将軍を、必ず包囲の外へ」
気づけば、夏侯覇を中央にして、残った騎兵は陣を組んでいた。
皆が、同じ表情をしていた。
悲壮さは全くない、どこか清々しいような顔付きである。
夏侯覇の兵は全て、騎兵であった。
中央の黒き五百が、あの直属の騎兵部隊である。
黒き獣はただ一直線に、無謀にも思える正面への突撃を敢行。兵力差は、六倍以上。
郭淮率いる軍勢の前軍を率いるのは、陳泰だ。
一寸の乱れも無く統率された精鋭が固く陣を組み、長槍を前に突き出しながら、黒き獣へと押し寄せた。
矢が、放たれる。
放ったのは陳泰の側ではなく、夏侯覇の騎馬隊。
馬に乗ったまま、弓矢は敵の前衛を穿ち、崩した。その綻びを、夏侯覇の槍が食い千切る。
彼の騎馬隊の恐ろしさは、魏の将兵の皆が知っていた。
一度勢いに乗ってしまったアレを、止めることは出来ない。その恐怖が全軍へと広がるのは、一瞬であった。
何より、先頭で矛を振るっているのが夏侯覇なのだ。
その事実ひとつが、魏の将兵を立ちどころに怖気づかせた。
「敵は寡兵! 何を恐れる事があるか! それでも雍州魏軍の男か!?」
夏侯覇と直接ぶつかり合う様に前に出たのは、陳泰であった。
互いに槍を振るい、馳せ違う。再び馬を翻し、矛を突き出した。
鋭い一閃で肌を裂かれ、夏侯覇は鎧を深く削り取られるも、己が血すら意に介さず、派手に横に凪いだ矛先で、陳泰の槍の柄を弾き飛ばした。
まるで大木で殴り付けるかのような勢いを持つ夏侯覇に対し、陳泰の槍は細く鋭く流れるような殺意を放つ。
実力は、五分。しかし、命を捨ててる分、流れは夏侯覇にあった。
恐らく、死んでもこちらの命を絶つまで戦い続けるであろう。
そう思わせる剥き出しの殺意こそ、この黒き獣の正体なのだ。
首を落とされようと、牙一つで命を喰らう。決して敵にしてはならない相手。
そんな獣に敢えて正面切って立ち向かった陳泰の鼓舞は、前軍の息を吹き返させ、陣を固くまとめた。
ただ、この士気も陳泰が生きていればこそだった。
「ッ……」
何十合と矛を突き合わせ、陳泰はたまらず槍を手放した。
腕は、ほとんど感覚が無い程に痺れている。すぐさま手綱を腕に巻き、逃げ出した。
単純な膂力であれば、かつて戦った事のある迷当の方が上だった。
しかし、夏侯覇のそれは自分の命を捨てた、防御を全く考えてない攻撃である。
一撃一撃が、全力なのだ。重さが桁違いだった。
「逃げるか、陳泰!」
兵が間に入り夏侯覇の行く手を遮ろうとするが、それすらも容易く突き破る。
二万の堅陣を、三千の騎兵が正面から断ち割っていった。
あり得ない事が、今目の前で起きている。
郭淮は全身に悪寒を感じながら、後退したい気持ちを必死に抑えていた。
逃げながら剣の柄に手を掛け、真上に抜いて掲げた。
兵の動きが変わる。
夏侯覇はその不穏な空気を咄嗟に察知し、馬の足を止めさせた。
『── 突撃!!』
それは、攻城戦において城門を突破する際に用いる、先の尖った丸太だった。
衝車、と呼ばれる兵器である。
隙間なく、まるで濁流の様に押し寄せ、夏侯覇の騎馬隊を貫き、潰していく。
まさに夏侯覇の勢いを殺す為だけに、それだけの為に作られたような戦術。
先頭を走っていた、五百の旗下の二百を一気に失い、三千騎はおよそ半数にまで減った。
二万の軍の中央で、完全に勢いは止まってしまった。
千あまりの兵のみで、完全な包囲を受ける状況となってしまった。
「将軍、我らが血路を切り開きます。どうかお逃げください」
「逃げる? 敵は目の前にある、進むは前のみだ」
「勢いが止まってしまえば、もはや前進は不可能です! 更にまた何度、あの衝車が来るやも分かりません」
「ならばここで死ぬまでよ。逃げると言ったが、敗れてしまった以上、この国に俺の居場所は無い」
「天下は、魏のみに非ず! 将軍こそが、我らの生きる祖国です。魏の為にも、将軍だけは死んではなりませぬ!」
長く共に戦場を駆けてきた、配下の一人であった。
家族も親も居るというのに、全てを捨てて、自分に付いて来てくれた。
「先鋒は、私が請け負います。将軍を、必ず包囲の外へ」
気づけば、夏侯覇を中央にして、残った騎兵は陣を組んでいた。
皆が、同じ表情をしていた。
悲壮さは全くない、どこか清々しいような顔付きである。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
ソラノカケラ ⦅Shattered Skies⦆
みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始
台湾側は地の利を生かし善戦するも
人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね
たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される
背に腹を変えられなくなった台湾政府は
傭兵を雇うことを決定
世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった
これは、その中の1人
台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと
舞時景都と
台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと
佐世野榛名のコンビによる
台湾開放戦を描いた物語である
※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
おめでとう。社会貢献指数が上がりました。
水井伸輔(Mizui Shinsuke)
SF
「正しく」生きれば、どこまでも優しいこの国。
17歳のシュウは、社会貢献指数を高め、平穏な未来を手に入れようとしていた。しかし、システムに疑問を抱く父のランクは最低の「D」。
国家機能維持条項が発令された夜、シュウの端末に現れたのは、父の全権利を支配するための「同意」ボタンだった。
支配か、追放か。指先ひとつで決まる、親子の、そして人間の尊厳の行方。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる