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第4章 暗中の剣
第12話 大器
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「貴殿が、夏侯覇か」
「罪深き身なれど、謁見をお許しいただき、光栄の至りで御座います」
「もう良い、頭を上げよ」
「有難き幸せ。皇帝陛下、万歳、万歳、万々歳」
三度頭を床に付け、夏侯覇はその上体を起こす。
武将として稀有な才覚を持った男の見せる空気は、宮廷を一気に引き締めた。
姜維が鋭く突き刺す様な才気を放つとすれば、この夏侯覇は全てを押し潰す様な重みをもった覇気だと言える。
ただ一人、劉禅だけが意に介す様子もなく、柔らかな笑みを浮かべていた。
「朕の妻には、夏侯氏の誇り高き血が、半分受け継がれている。つまり、そなたと朕は親族でもあるのだ。居場所が無いと、悲観に思わないでほしい」
「あまりに、勿体なきお言葉。私は元々、魏国の武将でありました。本来ならば処刑されて然るべき身分であるにも関わらず、何を持って感謝の意を表せばよいものか」
「されど蜀漢は、漢中の戦いにおいて、貴殿の父である淵将軍を討った国だ。何故、投降など」
「戦場での生死は兵家の常であり、そこに怨みも悪もありません。人はいずれ死ぬのです。それを申さば、私とて多くの蜀漢の将兵を、斬り申した」
「そなたを、真の武士と言うのであろう。よろしい、では貴殿を、車騎将軍に任じよう。この国を、良く守ってくれ」
「なっ……わ、私には過分な爵位です! どうか一兵卒としてお使い下さい!」
「朕が決めたのだ」
「あ、有難き、幸せ。この夏侯覇の命、蜀漢に、陛下に御捧げ致しまする」
群臣が大きくどよめくのも、無理もない。
車騎将軍と言えば、大将軍、標騎将軍に次いで、軍内で第三位の位置にある位である。
あの姜維でさえ、将軍の位は衛将軍であり、これは車騎将軍の次に位置するのだ。
同格は、東方で江州都督を兼任する、あの鄧芝であった。
大将軍は費褘だが、標騎将軍は呉班亡き後、後任は居ない。
馬忠がそれを代理で務めていたが、つい先日、軍権は既に返上されていた。
つまり、軍権のみで言えば、一気に姜維を上回り、費褘に次ぐ権威を持つ事ととなったのだ。
ただ、姜維に限ってはこの衛将軍に加えて録尚書事という、政治の中枢となる職も兼任していた為、実権において言えば、まだ姜維が上である。
それでも、軍部において姜維に次ぐ立場になったことは明らかであった。
「父帝以来の将軍達が、今までは軍の中心で国を守ってくれていた。されど、もうその時代は終わりつつある。だからこそ、今、将軍の様な有能な者に、軍を作り上げて貰わなければならない」
「非才の身ではありますが、この命尽きようとも、陛下の為に働きます」
これが蜀漢の皇帝。
英雄、劉備の血を継いだ、劉禅という男なのか。
今まで魏に居ながらにして得ていた蜀漢の情報は、どれもが諸葛亮や蒋琬、費褘といった宰相達のものだけであった。
劉禅が表立って何かをしたり、意向を示したり、そういった話はほとんど聞かなかった。
飾り物の皇帝。抱いていた印象はそれだけである。
しかし、どうだろう。実際に目の前にして、夏侯覇は自らの肌に薄く汗が滲むのを感じた。
知らない間に、これほどの大器が育っていたのかと。
もしかすれば本当に、魏は滅び、漢が再興するかもしれない。その夢すら、夢で無くなる。
気づけば心から、劉禅に臣従を誓っていた。
「罪深き身なれど、謁見をお許しいただき、光栄の至りで御座います」
「もう良い、頭を上げよ」
「有難き幸せ。皇帝陛下、万歳、万歳、万々歳」
三度頭を床に付け、夏侯覇はその上体を起こす。
武将として稀有な才覚を持った男の見せる空気は、宮廷を一気に引き締めた。
姜維が鋭く突き刺す様な才気を放つとすれば、この夏侯覇は全てを押し潰す様な重みをもった覇気だと言える。
ただ一人、劉禅だけが意に介す様子もなく、柔らかな笑みを浮かべていた。
「朕の妻には、夏侯氏の誇り高き血が、半分受け継がれている。つまり、そなたと朕は親族でもあるのだ。居場所が無いと、悲観に思わないでほしい」
「あまりに、勿体なきお言葉。私は元々、魏国の武将でありました。本来ならば処刑されて然るべき身分であるにも関わらず、何を持って感謝の意を表せばよいものか」
「されど蜀漢は、漢中の戦いにおいて、貴殿の父である淵将軍を討った国だ。何故、投降など」
「戦場での生死は兵家の常であり、そこに怨みも悪もありません。人はいずれ死ぬのです。それを申さば、私とて多くの蜀漢の将兵を、斬り申した」
「そなたを、真の武士と言うのであろう。よろしい、では貴殿を、車騎将軍に任じよう。この国を、良く守ってくれ」
「なっ……わ、私には過分な爵位です! どうか一兵卒としてお使い下さい!」
「朕が決めたのだ」
「あ、有難き、幸せ。この夏侯覇の命、蜀漢に、陛下に御捧げ致しまする」
群臣が大きくどよめくのも、無理もない。
車騎将軍と言えば、大将軍、標騎将軍に次いで、軍内で第三位の位置にある位である。
あの姜維でさえ、将軍の位は衛将軍であり、これは車騎将軍の次に位置するのだ。
同格は、東方で江州都督を兼任する、あの鄧芝であった。
大将軍は費褘だが、標騎将軍は呉班亡き後、後任は居ない。
馬忠がそれを代理で務めていたが、つい先日、軍権は既に返上されていた。
つまり、軍権のみで言えば、一気に姜維を上回り、費褘に次ぐ権威を持つ事ととなったのだ。
ただ、姜維に限ってはこの衛将軍に加えて録尚書事という、政治の中枢となる職も兼任していた為、実権において言えば、まだ姜維が上である。
それでも、軍部において姜維に次ぐ立場になったことは明らかであった。
「父帝以来の将軍達が、今までは軍の中心で国を守ってくれていた。されど、もうその時代は終わりつつある。だからこそ、今、将軍の様な有能な者に、軍を作り上げて貰わなければならない」
「非才の身ではありますが、この命尽きようとも、陛下の為に働きます」
これが蜀漢の皇帝。
英雄、劉備の血を継いだ、劉禅という男なのか。
今まで魏に居ながらにして得ていた蜀漢の情報は、どれもが諸葛亮や蒋琬、費褘といった宰相達のものだけであった。
劉禅が表立って何かをしたり、意向を示したり、そういった話はほとんど聞かなかった。
飾り物の皇帝。抱いていた印象はそれだけである。
しかし、どうだろう。実際に目の前にして、夏侯覇は自らの肌に薄く汗が滲むのを感じた。
知らない間に、これほどの大器が育っていたのかと。
もしかすれば本当に、魏は滅び、漢が再興するかもしれない。その夢すら、夢で無くなる。
気づけば心から、劉禅に臣従を誓っていた。
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