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第4章 暗中の剣
第13話 張嶷
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夏侯覇の投降、これは魏のみならず、蜀の内部でも大きく騒がれたことであった。
軍人としての高潔な思いは、万人が理解できる類のものではない。
大多数の群臣がその意図を疑い、宮廷で飼い殺しにする案を上奏していた。
それでも劉禅は、夏侯覇の実力を見極め、破格の軍権を与えた。
諸葛亮や董允が磨き上げ、育てた大器に、陳祇が水を注ぎ、今の劉禅が成っている。
その姿に、不意に涙ぐむ臣下まで居た。
劉備から託された蜀漢は、滅亡寸前であった。まだ齢も、二十歳にもなっていない頃である。
その全身に圧し掛かった重責は、どれほどであっただろうと。
古くから仕える者は皆、その半生を想わずにはいられなかった。
「夏侯将軍、下がられよ。これより、馬忠の後任を決めねばならない」
「御意」
群臣から何か意見が出てくる前に、あっさりと夏侯覇の決議を終えた劉禅。
これはどうやら傍に侍る陳祇が、何か目配せをした様である。
夏侯覇は蜀の政治情勢に詳しくは無かったが、費褘、姜維、この二人と同じか、それ以上の信任を得ているのが、陳祇であった。
彼が今の、蜀漢の皇帝の知恵袋であり、手足の様だ。
劉禅の明晰さを鑑みるに、なるほど、中々に有能な人物の様である。
「馬忠将軍の後任として、武官を取りまとめる人物を決めなければならぬ。費褘大将軍、その後任に朕は誰を指名すればよい」
「はっ」
前に進み出たのは、今の蜀漢の国政を取り仕切る費褘だ。
その政務に挑む非凡さは、あの諸葛亮に並ぶとも言われているほどの傑物である。
まだ年も四十半ばと、姜維と同様、一番気力と体力に満ちた年齢であった。
「それが少し、難航しておりました故、報告が遅れました」
「また、鄧芝か」
「いかにも」
費褘は苦い顔を浮かべ、劉禅は呆れたように笑う。
既に鄧芝は齢も七十を越えたというのに、剛直さは衰えを知らず、決して軍権を手放さないのだという。
中央に戻れば、武官の頂点には立てるが、その実は名誉職のようなものである。
鄧芝の性格からすれば決して受け入れる事はあるまいと思う。
しかし、今、鄧芝以上の功績と経験、名声、爵位を持つ将軍は居ないのだ。
「呉との関係が未だ崩れる事無く保っていられるのは、鄧芝将軍あっての事である。彼が居らねば、今頃、呉も蜀も、滅んでいた」
「だからこそ中央にて軍部を司って戴きたいのですが、諦めた方が良いでしょう。東方にて、鄧芝殿以外の若き後任が、まだ見つかりません。それに、この交代を呉帝の孫権が誰よりも嫌がるかと」
奇妙な関係性であった。
身分も、国も違うのに、まるで旧友のような間柄なのだ。
外交官として鄧芝が呉へ訪れる際、孫権はまるで子供の様に喜び、盛大な宴席まで催した。
明らかに度が外れた歓待であり、勿論、孫権は重臣らの反感を買い、鄧芝も蜀の内部で危険視されることもあった。
それでもやはり、呉の君主が孫権であり続ける以上、鄧芝は食に無くてはならない存在なのだ。
「であれば次は王平将軍なのだが、惜しい人材を亡くしたと、朕も悔やまぬ日々は無い」
「鄧芝殿、馬忠殿、王平殿。この御三方を継ぎし将軍らが、今後は軍部を司るべき時なのでしょう」
「それで、誰になる」
「張嶷(ちょうぎょく)将軍が適任かと」
それは、長年、馬忠と共に南蛮地方を治めてきた将軍の名であった。
軍人としての高潔な思いは、万人が理解できる類のものではない。
大多数の群臣がその意図を疑い、宮廷で飼い殺しにする案を上奏していた。
それでも劉禅は、夏侯覇の実力を見極め、破格の軍権を与えた。
諸葛亮や董允が磨き上げ、育てた大器に、陳祇が水を注ぎ、今の劉禅が成っている。
その姿に、不意に涙ぐむ臣下まで居た。
劉備から託された蜀漢は、滅亡寸前であった。まだ齢も、二十歳にもなっていない頃である。
その全身に圧し掛かった重責は、どれほどであっただろうと。
古くから仕える者は皆、その半生を想わずにはいられなかった。
「夏侯将軍、下がられよ。これより、馬忠の後任を決めねばならない」
「御意」
群臣から何か意見が出てくる前に、あっさりと夏侯覇の決議を終えた劉禅。
これはどうやら傍に侍る陳祇が、何か目配せをした様である。
夏侯覇は蜀の政治情勢に詳しくは無かったが、費褘、姜維、この二人と同じか、それ以上の信任を得ているのが、陳祇であった。
彼が今の、蜀漢の皇帝の知恵袋であり、手足の様だ。
劉禅の明晰さを鑑みるに、なるほど、中々に有能な人物の様である。
「馬忠将軍の後任として、武官を取りまとめる人物を決めなければならぬ。費褘大将軍、その後任に朕は誰を指名すればよい」
「はっ」
前に進み出たのは、今の蜀漢の国政を取り仕切る費褘だ。
その政務に挑む非凡さは、あの諸葛亮に並ぶとも言われているほどの傑物である。
まだ年も四十半ばと、姜維と同様、一番気力と体力に満ちた年齢であった。
「それが少し、難航しておりました故、報告が遅れました」
「また、鄧芝か」
「いかにも」
費褘は苦い顔を浮かべ、劉禅は呆れたように笑う。
既に鄧芝は齢も七十を越えたというのに、剛直さは衰えを知らず、決して軍権を手放さないのだという。
中央に戻れば、武官の頂点には立てるが、その実は名誉職のようなものである。
鄧芝の性格からすれば決して受け入れる事はあるまいと思う。
しかし、今、鄧芝以上の功績と経験、名声、爵位を持つ将軍は居ないのだ。
「呉との関係が未だ崩れる事無く保っていられるのは、鄧芝将軍あっての事である。彼が居らねば、今頃、呉も蜀も、滅んでいた」
「だからこそ中央にて軍部を司って戴きたいのですが、諦めた方が良いでしょう。東方にて、鄧芝殿以外の若き後任が、まだ見つかりません。それに、この交代を呉帝の孫権が誰よりも嫌がるかと」
奇妙な関係性であった。
身分も、国も違うのに、まるで旧友のような間柄なのだ。
外交官として鄧芝が呉へ訪れる際、孫権はまるで子供の様に喜び、盛大な宴席まで催した。
明らかに度が外れた歓待であり、勿論、孫権は重臣らの反感を買い、鄧芝も蜀の内部で危険視されることもあった。
それでもやはり、呉の君主が孫権であり続ける以上、鄧芝は食に無くてはならない存在なのだ。
「であれば次は王平将軍なのだが、惜しい人材を亡くしたと、朕も悔やまぬ日々は無い」
「鄧芝殿、馬忠殿、王平殿。この御三方を継ぎし将軍らが、今後は軍部を司るべき時なのでしょう」
「それで、誰になる」
「張嶷(ちょうぎょく)将軍が適任かと」
それは、長年、馬忠と共に南蛮地方を治めてきた将軍の名であった。
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