夢の終わり ~蜀漢の滅亡~

久保カズヤ

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第4章 暗中の剣

第14話 戦巧者

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 馬忠が人徳でもって統治を行い、張嶷が反乱の賊軍を討ち果たす。
 この二本の柱の内、どちらか一本が欠けても、決して南蛮は治まらなかっただろう。

 南蛮地方は、この蜀漢の国力の半分以上を担う重要な地域であり、ここを無事に治め続けて来れた功績はあまりに大きい。

「幸い、馬忠殿と張嶷殿の後任として、閻宇将軍が力を尽くしております。馬忠殿が再び南蛮へ向かった今、張嶷殿を呼び寄せても問題は御座いますまい」
「廖化将軍、張翼将軍、この二人は如何。実際、姜維将軍の推薦は、廖化将軍であった」
「確かに、その戦歴や戦功を見れば、廖化将軍に比する武官は居りません。されど、北伐を視野に入れて動いている今、両将軍を動かすのは不都合でしょう」
「なるほど。では、大将軍にこの件は任せよう」
「御意」

 後は、細かな内政についての話を聞き、劉禅は速やかな裁決を下す。
 軍事よりも、明らかに内政向きの資質を持っている。
 費褘や群臣と交わされる問答に、明確に受け答えをするその姿を、夏侯覇は新鮮な想いで眺めていた。


 数日後、姜維が漢中へ戻ると、入れ替わる様にして張嶷が成都へと到着した。
 憎い程の戦巧者。
 蜀の軍人であれば、そんな張嶷の評判を誰もが耳にしたことがあると言って良い。

「貴殿が、夏侯覇か」
「お初にお目にかかります。魏国に居ながらも、将軍の名は耳にしておりました」

 長年の戦で負傷したのか、張嶷は杖をつきながら、右足を引きずっていた。
 その顔つきからも分かる通り、極めて厳格な性格の様だ。
 あれほど騒がれていた夏侯覇を見ても、意に介することなく、一笑に付した。

 ただ、心密かに、いつか張嶷とは相まみえたいと、夏侯覇が常々思っていたのは事実である。
 だからこうして少し無理を通し、しばらく成都に残って、張嶷と会うのを心待ちにしていたのだ。

「悪い事は言わん、去れ」
「なにか、至らない点がありましたか」

「お前は馬鹿か、よほど戦場で頭を使ってないと見える。自分の立場を弁えろと言っているのだ。魏の軍部の重臣であった者が、たちどころに蜀漢で車騎将軍へ就任。良くも悪くも、周囲の耳目はお前に集まっている。そんな奴が、武官の長となるであろう候補者に、こうして身一つで会いに来た。何か企みがあると思われるのは自然の道理だ」
「な、俺はそのような」

「お前の話は聞いてない、事実を見ろと言っている。早く去れ、敵は外にだけ居るわけでは無い。司馬懿も、そうであったのだろう」
「── 大変失礼いたしました。簡単な挨拶に伺ったのみです、これにて失礼します」
「おう」

 司馬懿。その名を聞くだけで、夏侯覇は姿勢を正し、颯爽とこの場を去った。
 傷を抉る事になるかもしれないが、張嶷はあえてその名を口にした。

 怒るか、怯えるか、その程度で夏侯覇の全てが分かると思ったからだ。
 結果としては、そのいずれでもない。司馬懿の名を聞いた瞬間、彼の心から「生」の色が消えたように感じた。

「あんな顔して、まだ生きるか……強いねぇ」

 遠ざかる夏侯覇を眺め、張嶷は寂し気にそう呟いた。
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