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第4章 暗中の剣
第16話 後悔
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「はて、聞かぬ名ですな。あの身のこなしは、相当な武芸の腕を持っていそうなのですが。それにあの美貌だ。少しは名が通っていてもおかしくはない」
「近頃、魏国から亡命してきた者です。父が曹爽の側近の一人であった為、連座させられる前に、逃げてきたと」
「よく逃げれましたな。司馬親子にしては珍しい落ち度だ」
「一族が懸命に、郭循の亡命を支援したらしいです。今はその一族も諸共処刑されたとか」
「郭淮の縁戚か?」
「いえ、そのような話は聞いてませんな。元々は、呉方面の部隊長であり、雍州地方で戦ったことは無いみたいです」
「ふむ」
質問を重ねるごとに、張嶷の顔が渋いものへと変わっていく。
他人に対して壁を全く作らない、それは費褘の長所でもあり、また欠点でもある。
このように敵国から来た者を、素性もあやふやなまま傍に置くのは、一国の宰相が行うべきではない。
「良いか、費褘殿。貴殿には貴殿なりの生き方や考え方があるやもしれんが、人は、嘘がつける生き物だ」
「郭循が魏へ通じていると?」
「そんなものは分からん。ただ、人は嘘がつける、それを知っておいた方が良いという事だ。戦場では、敵を信じると、往々にして死ぬ」
「政治においては、政敵をも友だと思わなければ、視野が狭まり、政策が偏執的なものとなります」
「それでも貴殿は、一国の宰相である。それを忘れるでない。人を信じるときは、必ず、その根を見てからだ」
「他でもない将軍の言葉です。心に留め置きましょう」
とはいえ、費褘はあまり納得している様子では無かった。
むしろ自分の客人を悪く言われ、少し機嫌を損ねているようにも見える。
今のこの蜀漢において、費褘ほどの人材は、替えが利かないのだ。
あまりに傑出した存在である。まさに、天に認められた才を持っていた。
政治は乱れず、軍務、内政、外交、その全てに精通し、一国を運営してもなお余力がある。
諸葛亮の様な、英雄の気質を持っている訳ではない。しかし、その実力は、決して諸葛亮にも引けを取らない。
自分の命の価値は、自分では分かりにくいものだ。
張嶷は夏侯覇を思い出した。
まるで動物の様に、あれほど裏表もない人間であれば、嘘の吐きようも無いのだが。
陳泰が右腕を失ったことは、郭淮にとって大きく後悔を残すものであった。
命に別状があったわけではない。しかし、これでは陳泰は槍を握ることも、馬に乗ることも出来ない。
今までの様に、陣頭で兵を鼓舞する様なこともだ。それどころか、戦場に立つ事さえ難しいのかもしれない。
「郭淮殿、貴方の責任ではないのです。あの場において、夏侯覇が誰よりも自らの命を捨てていた、それだけです。私は、命を捨てきれなかった」
幾重にも、短くなった右腕に布を巻き、陳泰は寂しげに笑う。
これまで何度も、この陳泰に救われてきた。それだけに、郭淮の後悔も一際大きかったのだ。
「いや、僅か三千の兵に二万で抗しながら、夏侯覇を逃し、お前の腕を失った。全てが、私の責任なのだ」
「別に命を失ったわけではありません。兵車に乗れば、戦うことも出来ます。何を悲しむことがありましょうか」
実際に、この件に関して、魏の朝廷側は失敗とは捉えず、むしろ郭淮と陳泰には多大な恩賞が送られていた。
陳泰は夏侯覇の穴を埋めるように、西方守備軍の第二位の位置にまで昇進もしている。
夏侯覇を取り逃がしたのは大きいが、彼の最大の武器である騎兵隊を残らず討ち取ったのだ。
それは夏侯覇を討ったに等しい事であり、評価の最大の要因となった。
「それよりも、軍議です。夏侯覇が去った今、防衛線や軍部の見直しを図らないといけません。それに、今日には彼も到着するでしょう」
「そうか、そうだな」
陳泰に促され、広間に出た。
「近頃、魏国から亡命してきた者です。父が曹爽の側近の一人であった為、連座させられる前に、逃げてきたと」
「よく逃げれましたな。司馬親子にしては珍しい落ち度だ」
「一族が懸命に、郭循の亡命を支援したらしいです。今はその一族も諸共処刑されたとか」
「郭淮の縁戚か?」
「いえ、そのような話は聞いてませんな。元々は、呉方面の部隊長であり、雍州地方で戦ったことは無いみたいです」
「ふむ」
質問を重ねるごとに、張嶷の顔が渋いものへと変わっていく。
他人に対して壁を全く作らない、それは費褘の長所でもあり、また欠点でもある。
このように敵国から来た者を、素性もあやふやなまま傍に置くのは、一国の宰相が行うべきではない。
「良いか、費褘殿。貴殿には貴殿なりの生き方や考え方があるやもしれんが、人は、嘘がつける生き物だ」
「郭循が魏へ通じていると?」
「そんなものは分からん。ただ、人は嘘がつける、それを知っておいた方が良いという事だ。戦場では、敵を信じると、往々にして死ぬ」
「政治においては、政敵をも友だと思わなければ、視野が狭まり、政策が偏執的なものとなります」
「それでも貴殿は、一国の宰相である。それを忘れるでない。人を信じるときは、必ず、その根を見てからだ」
「他でもない将軍の言葉です。心に留め置きましょう」
とはいえ、費褘はあまり納得している様子では無かった。
むしろ自分の客人を悪く言われ、少し機嫌を損ねているようにも見える。
今のこの蜀漢において、費褘ほどの人材は、替えが利かないのだ。
あまりに傑出した存在である。まさに、天に認められた才を持っていた。
政治は乱れず、軍務、内政、外交、その全てに精通し、一国を運営してもなお余力がある。
諸葛亮の様な、英雄の気質を持っている訳ではない。しかし、その実力は、決して諸葛亮にも引けを取らない。
自分の命の価値は、自分では分かりにくいものだ。
張嶷は夏侯覇を思い出した。
まるで動物の様に、あれほど裏表もない人間であれば、嘘の吐きようも無いのだが。
陳泰が右腕を失ったことは、郭淮にとって大きく後悔を残すものであった。
命に別状があったわけではない。しかし、これでは陳泰は槍を握ることも、馬に乗ることも出来ない。
今までの様に、陣頭で兵を鼓舞する様なこともだ。それどころか、戦場に立つ事さえ難しいのかもしれない。
「郭淮殿、貴方の責任ではないのです。あの場において、夏侯覇が誰よりも自らの命を捨てていた、それだけです。私は、命を捨てきれなかった」
幾重にも、短くなった右腕に布を巻き、陳泰は寂しげに笑う。
これまで何度も、この陳泰に救われてきた。それだけに、郭淮の後悔も一際大きかったのだ。
「いや、僅か三千の兵に二万で抗しながら、夏侯覇を逃し、お前の腕を失った。全てが、私の責任なのだ」
「別に命を失ったわけではありません。兵車に乗れば、戦うことも出来ます。何を悲しむことがありましょうか」
実際に、この件に関して、魏の朝廷側は失敗とは捉えず、むしろ郭淮と陳泰には多大な恩賞が送られていた。
陳泰は夏侯覇の穴を埋めるように、西方守備軍の第二位の位置にまで昇進もしている。
夏侯覇を取り逃がしたのは大きいが、彼の最大の武器である騎兵隊を残らず討ち取ったのだ。
それは夏侯覇を討ったに等しい事であり、評価の最大の要因となった。
「それよりも、軍議です。夏侯覇が去った今、防衛線や軍部の見直しを図らないといけません。それに、今日には彼も到着するでしょう」
「そうか、そうだな」
陳泰に促され、広間に出た。
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