【完結】君と綴る未来 一 余命僅かな彼女と 一

野々 さくら

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12話 高校二年生 淡い空広がる頃

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 年が明け一月。冴え冴えとした空が広がる頃。あいつはあれから熱を出し、一週間面会謝絶となった。
 しかし今日の朝より「元気になった」と顔文字付きのメッセージを送ってきた為、俺は病室に赴く。
 あいつの母親も、最後の夢だからと応援してくれることになり、俺が病室に出入りすることを許してもらった。当然、体調に合わせて。
 その為、病気の進行具合。治療スケジュール。急変の可能性。それらをあいつの母親より聞き、公募情報と照らし合わせていく。
 するといくつか見つかるが、あいつが希望している出版社の公募情報は例年と同じく四月末だった。
 あと三ヶ月。これから構想を練るとして、間に合うか?
 募集は一年に一度。状況的に来年に延ばすのは厳しいだろう。
 だからそこを目標を定めようと、あいつと話し合い決めた。
 彼女が綴る作品。それこそ寿命を削って書く最後の物語。
 だから俺は何でもする。何でも。
 そんな思いで、最後にどのような話が書きたいかを尋ねた。

「私ね、藤城くんの話が書きたい」
「俺!」
 想定外過ぎる申し出に、次の言葉が出て来なかった。
「うん。あなたがどうして小説を書き始めたのか、達也さんとのこと、そしてこれからの人生を書きたい。それが私の、最後に書きたい物語なの」
「俺なんて書いても、つまんねー話にしかならねーよ」
「そんなことないよ! つまらない人生なんてない! だから、どんな人生を歩んできたのか教えてくれない? 私は、あなたについて知りたいの」
 その真っ直ぐな瞳に、俺はまた話したくなった。
 達也の時もそうだったが、不思議な奴だ。こいつには何でも話せる。いや、聞いて欲しい。そう思わせてくれた。

「俺は普通の家庭で育った。父親に母親との三人暮らし。母親は優しくて、料理が上手くて、寝る時には絵本を読んでくれて。俺は、そんな母さんが好きだった。その時は父親も優しかったし、一番良い時だったんだろうな」
 そう話し、病室の窓より外を見上げると広がる青空。
 懐かしい。この淡い空色に、薄い雲。
 大晦日にはみんなで大掃除して、正月には初詣に連れて行ってくれた。
 まあ。幼児だったから、手伝いじゃなくて邪魔だったけどな。
 でも、両親は優しかった。

「その時は?」
 こいつの言葉に、ふっと現実に戻る。
 そうだ。あの人は最初から、ああだった訳じゃない。
「病気になったんだよ。母親が。俺が四歳の頃だった。だから父親と一緒に、ここに毎日通った」
「え? お母さんも? じゃあ私と同じ病気……」
「あ、違うから!」
 気付けば、こいつの言葉を掻き消すように大きな声で叫んでいた。
 口が滑った。バカヤロウ。
「お亡くなりになったの?」
「あ、ああ」
「淋しかったね」
 ここは癌治療の専門病院。
 病気は違うなんて、無茶苦茶な嘘だった。しかも、その予後を知られるなんて。
「そんな顔しないで。私、自分の病気のことちゃんと分かってるから」

 幼少期に小児癌が発覚したこいつは、同世代が外で走り回っている間も病院で辛い治療を受けていた。
 その甲斐あって一度は完治し、普通に小学校へと通えた時期もあったらしい。
 しかし中学一年で再発。すぐに治療を受けたが若さ故に進行も早く、あと数年の命と宣告を受けた。
 そう、あいつの母親から聞いていた。

「藤城くんのお父さんは?」
 こいつは、話を変えるように聞いてきた。
 俺はもう、下手に誤魔化さずに事実を伝えると決めた。
「……父親は酒浸りになった。母さんのこと大事だったみたいだから。それで……、どうしてお前が身代わりにならなかったんだと暴力を振るわれていた」
 心の傷を、淡々と話していく。
 どうしてだろう。こいつには話せる。
 達也にも、誰にも話せなかったのに。こいつだけには。
 そう思い、窓に向けていた目を戻すと、こいつは俯き肩を震わせていた。
「どうしてお前が泣くんだよ?」
「ごめん。ごめんね」
 こいつはバカなのか? 自分が病気を抱えて生きるか死ぬかの時に、他人の話に心痛めるなんて。
 そして、こんな優しい奴が病気になるなんて、この世の全てはバカだ。大バカヤロウだ。

「……だけど、本を読んでいる時は幸せな自分になれていた。だから。だから、自分もそんな小説を書きたい。そう思った」

『どうして藤城くんは、小説を書いていたの?』
 まさか、この問いに答える日が来るとは、思わなかったな。

「父親は一年ほどで母の死を乗り越え仕事に戻っていったが、罪悪感か俺の目を見なくなった。世話はするけどそれだけ。成長と共に俺は一人で出来ることが増えていって。いつの間にか金を置いていく以外、家に帰ってこなくなった。でもな、それを救ってくれたのも小説だった。物語の中では違う自分になれる。それから達也と出会った」
 これが俺の物語。
 痛くて、脆くて、つまらない。
 そんな人生。

「ありがとう。ごめんね、そんなこと聞いて」
 言葉に詰まる、こいつの姿に。
「別に。その代わり、つまんねーもの書いたら怒るからな」
 また悪態をつく。

「いいよ、怖くないし」
 また いたずらっ子のようにへへと笑いかけてくる。
 ……敵わないな、こいつには。
 俺の頬はいつの間にか緩む。
 なんだろうな。刺さっていたものが消えていくような感覚は。



 日が暮れる頃。家に戻ってきた俺は心拍数が一気に上がり、真冬なのに変な冷や汗が流れる感覚がする。
 昼に家を出た時と外門の閉じ方が変わっていたからだった。
 泥棒が侵入したとか、そんな物騒な話ではない。話は単純。この家の主が帰宅しただけのことだ。

 あまり帰ってこない父親。
 俺が学校に行っている間に、金だけ置いておく父親。
 話をするのは進路のことぐらいで、最後に話したのは高校進学する時の三者面談。俺が遠くの県立高校に通いたいと言うのに対し、何も聞かずに
分かったとだけ口にした。
 その時に察した。一人息子に興味がないのだと。
 だから俺は、ますます父を避けるようになった。
 あの人が家にいる時は、外で時間を潰す。
 夜に帰ってきた時は、絶対に二階の自室に籠る。幸いこの家には二階にもトイレがあり、下に降りる理由などない。それを察しているのか、父も二階に上がって来ず下で寝て仕事に行っている。

 高校を卒業したら就職して、こんな息苦しい家出て行ってやる。子供の頃よりずっと思っていた。その為にバイトして金稼いで、少しでも金になる会社に就職する。やりたいことも、人生の目標もくだらねー。そう思いこれからの人生も、堕落した生き方をしてやろうと思っていた。
 ……だけどよ。
 いつもの俺なら父親の気配に家を後にするが、カチャンと外門を開けた。

 心臓の音がうるさい。
 父親に対面するだけなのに、こんなに身構えてバカみたいだな俺。
 ガチャと開く玄関ドア。靴を脱ぎ、わざと足音を立てて灯りの付いてあるリビングに向かう。
 そして重いリビングドアをそっと開けた。

 その音に振り返るのはグレーのスーツにネクタイをしっかり締め、背筋がしっかりとしてある父の姿。目元の皺が増え、背の差はいつの間にかなくなり、頭部は白髪が増えていた。
「……直樹」
 二年振りに親子が対面すると言うのに、互いに何も口にしない。
 元気か? 今どうしてる?
 そんな近況を聞くことも。

「……あの。話があります」
 だからこそ、俺が口を開いた。
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