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12話 高校二年生 淡い空広がる頃
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年が明け一月。冴え冴えとした空が広がる頃。
あいつの両親は、最後の夢だからと執筆を応援してくれることになり、俺が病室に出入りすることを許してもらった。
あいつが希望している出版社の公募締切は四月末であり、あと三ヶ月。
募集は一年に一度。状況的に来年に延ばすのは厳しく、なんとか間に合わせるしかない。
彼女が綴る作品。それこそ寿命を削って書く最後の物語。
だから俺は何でもする。何でも。
そんな思いで、最後にどのような話が書きたいかを聞いた。
「私ね、藤城くんの話が書きたい」
「俺!」
想定外過ぎる申し出に、次の言葉が出て来なかった。
「うん。あなたがどうして小説を書き始めたのか、達也さんとのこと、そしてこれからの人生を書きたい。それが私の、最後に書きたい物語なの」
「俺なんて書いても、つまんねー話にしかならねーよ」
「そんなことないよ! つまらない人生なんてない! だから、どんな人生を歩んできたのか教えてくれない? 私は、あなたについて知りたいの」
その真っ直ぐな瞳に、俺はまた話したくなった。
達也の時もそうだったが、不思議な奴だ。こいつには何でも話せる。いや、聞いて欲しい。そう思わせてくれた。
「俺は普通の家庭で育った。父親に母親との三人家族。母親は優しくて、料理が上手くて、寝る時には絵本を読んでくれて。俺は、そんな母さんが好きだった。その時は父親も優しかったし、一番良い時だったんだろうな」
「その時は?」
こいつの言葉に、ふっと気付く。
そうだった。あの人は最初から、ああだった訳じゃない。
「病気になったんだよ。母親が。俺が四歳の頃だった」
父親と一緒に、この病院に毎日通ったな。
「そう……だったの。お父さんは?」
こいつは、母さんのその後を察したみたいで、父親について聞いてきた。
俺は取り繕うことなく、事実をそのまま話し始めた。
「……父親は酒浸りになった。母さんのこと大事だったみたいだから。それで……、どうしてお前が身代わりにならなかったんだと暴力を振るわれていた」
心の傷を、淡々と話していく。
どうしてだろう。こいつには話せる。
達也にも、誰にも話せなかったのに。こいつだけには。
そう思い、窓に向けていた目を戻すと、こいつは俯き肩を震わせていた。
「あ、悪い。はっきり言い過ぎた」
「ううん。違うの。ごめん。こんなこと聞いて、ごめんね」
こいつはバカなのか? 自分が病気を抱えて生きるか死ぬかの時に、他人の話に心痛めるなんて。
そして、こんな優しい奴が病気になるなんて、この世の全てはバカだ。大バカヤロウだ。
「……だけど、本を読んでいる時は幸せな自分になれていた。だから。だから、自分もそんな小説を書きたい。そう思った」
『どうして藤城くんは、小説を書いていたの?』
まさか、この問いに答える日が来るとは、思わなかった。
「父親は一年ほどで母の死を乗り越え仕事に戻っていったが、罪悪感か俺の目を見なくなった。世話はするけどそれだけ。成長と共に俺は一人で出来ることが増えていって。いつの間にか金を置いていく以外、家に帰ってこなくなった。でもな、それを救ってくれたのも小説だった。物語の中では違う自分になれる。それから達也と出会った」
これが俺の物語。
痛くて、脆くて、つまらない。
そんな人生。
「ありがとう。ごめんね」
言葉に詰まる、こいつの姿に。
「別に。その代わり、つまんねーもの書いたら怒るからな」
また悪態をつく。
「いいよ、怖くないし」
また いたずらっ子のように へへと笑いかけてくる。
……敵わないな、こいつには。
俺の頬はいつの間にか緩む。
なんだろうな。刺さっていたものが消えていくような感覚は。
あいつの両親は、最後の夢だからと執筆を応援してくれることになり、俺が病室に出入りすることを許してもらった。
あいつが希望している出版社の公募締切は四月末であり、あと三ヶ月。
募集は一年に一度。状況的に来年に延ばすのは厳しく、なんとか間に合わせるしかない。
彼女が綴る作品。それこそ寿命を削って書く最後の物語。
だから俺は何でもする。何でも。
そんな思いで、最後にどのような話が書きたいかを聞いた。
「私ね、藤城くんの話が書きたい」
「俺!」
想定外過ぎる申し出に、次の言葉が出て来なかった。
「うん。あなたがどうして小説を書き始めたのか、達也さんとのこと、そしてこれからの人生を書きたい。それが私の、最後に書きたい物語なの」
「俺なんて書いても、つまんねー話にしかならねーよ」
「そんなことないよ! つまらない人生なんてない! だから、どんな人生を歩んできたのか教えてくれない? 私は、あなたについて知りたいの」
その真っ直ぐな瞳に、俺はまた話したくなった。
達也の時もそうだったが、不思議な奴だ。こいつには何でも話せる。いや、聞いて欲しい。そう思わせてくれた。
「俺は普通の家庭で育った。父親に母親との三人家族。母親は優しくて、料理が上手くて、寝る時には絵本を読んでくれて。俺は、そんな母さんが好きだった。その時は父親も優しかったし、一番良い時だったんだろうな」
「その時は?」
こいつの言葉に、ふっと気付く。
そうだった。あの人は最初から、ああだった訳じゃない。
「病気になったんだよ。母親が。俺が四歳の頃だった」
父親と一緒に、この病院に毎日通ったな。
「そう……だったの。お父さんは?」
こいつは、母さんのその後を察したみたいで、父親について聞いてきた。
俺は取り繕うことなく、事実をそのまま話し始めた。
「……父親は酒浸りになった。母さんのこと大事だったみたいだから。それで……、どうしてお前が身代わりにならなかったんだと暴力を振るわれていた」
心の傷を、淡々と話していく。
どうしてだろう。こいつには話せる。
達也にも、誰にも話せなかったのに。こいつだけには。
そう思い、窓に向けていた目を戻すと、こいつは俯き肩を震わせていた。
「あ、悪い。はっきり言い過ぎた」
「ううん。違うの。ごめん。こんなこと聞いて、ごめんね」
こいつはバカなのか? 自分が病気を抱えて生きるか死ぬかの時に、他人の話に心痛めるなんて。
そして、こんな優しい奴が病気になるなんて、この世の全てはバカだ。大バカヤロウだ。
「……だけど、本を読んでいる時は幸せな自分になれていた。だから。だから、自分もそんな小説を書きたい。そう思った」
『どうして藤城くんは、小説を書いていたの?』
まさか、この問いに答える日が来るとは、思わなかった。
「父親は一年ほどで母の死を乗り越え仕事に戻っていったが、罪悪感か俺の目を見なくなった。世話はするけどそれだけ。成長と共に俺は一人で出来ることが増えていって。いつの間にか金を置いていく以外、家に帰ってこなくなった。でもな、それを救ってくれたのも小説だった。物語の中では違う自分になれる。それから達也と出会った」
これが俺の物語。
痛くて、脆くて、つまらない。
そんな人生。
「ありがとう。ごめんね」
言葉に詰まる、こいつの姿に。
「別に。その代わり、つまんねーもの書いたら怒るからな」
また悪態をつく。
「いいよ、怖くないし」
また いたずらっ子のように へへと笑いかけてくる。
……敵わないな、こいつには。
俺の頬はいつの間にか緩む。
なんだろうな。刺さっていたものが消えていくような感覚は。
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