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ネトゲ廃人、異世界で現実に直面する(異世界パート)

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 テヒブさんは、ずっと持ち上げていた兵士の身体を地面に投げ落とした。今からリズァ-クとの一騎打ちが始まろうというのに、そいつはもう、ピクリとも動かない。
 邪魔だとか危ないとか、そういうことは考えないんだろうか。
 ……もし、そうだったら相当アタマ悪いな、この国の兵士は。
 僕もそんなに頭いい方じゃないけど、ここまでひどくはない。そう思うと、変なところで変に安心できた。
 でも、やっぱりなんか変だ。リズァークはグレートソードを低く構えたし、テヒブさんは武器も持たずに、一方の足だけを後ろに引いた。
 ……怖い。
 身体が緊張で動かなくなった。耳元で、空気がビンビン鳴っている。一歩だって近づけるわけがない。
 それなのに、その足下で気を失ったままでいられるってのは何なんだろう、死んでるんなら別だけど。
 ……死んでる? 
 まさかテヒブさんが、そこまでするはずがない。これから戦いが激しくなれば、きっと目が覚めて、慌てて逃げ出すはずだ。
 そんなことを考えている間に、リズァークのグレートソードがものすごい速さで動いた。剣がテヒブさんの身体の真横から叩きつけられる瞬間、肌に感じるくらいの風がここまで来た。
 ……斬られる!
 そう思ったとき、テヒブさんの姿は消えていた。真っ二つにされたみたいにも見えて、背中がぞくっとした。
 でも、僕の足下にしゃがんだままのリューナは叫んだ。
「……!」
 何だろうと思って見下ろすと、目を大きく開いて、ぽかんとしたままどこかを指差している。その先を眺めてみると、テヒブさんは暗い夜空に信じられないくらい高く跳びあがっていた。
 確かに、壁の高い所に掛かったグェイブを取るのを始めて見た時も凄かった。あのときも、人に取れないような所に置いてあるのを軽々と取ったのだ。
 でも、今度のは違う。跳び上がったっていうよりも、飛んでるっていう感じだ。
 ……何で?
 テヒブさんがヴォクスと戦ったのは昨日の夜だった。たった1日の間に何があったのか、見当もつかない。
 目の前で起こっていることに、ただ茫然とするしかなかった。
 空中でくるっと回転したテヒブさんは、グレートソードを思いっきり振り切ったリズァークの頭の上から舞い降りる。
 格ゲーなら、ものすごいダメージを与えられるところだ。いや、3連とか4連コンボだっていけそうなくらい、ガードがガラ空きだった。
 ……行けえええええ!
 絶対、テヒブさんは勝てると思っていた。でも、その腹の下へいきなり突き出されてきたのは、地面に寝かせられていた剣先だった。
 このままじゃ、クリティカルヒットを食らうのはテヒブさんの方だ。僕は大声で警告した。 
「ダメだ! 逃げて!」
 テヒブさんは戦闘中だっていうのに、きっちり返事してきた。それも、言ってることはかなりめちゃくちゃだった。
「いまさらどうにもならんわい!」
 僕は、急に心配になった。
 ……それ、下手したら死んじゃうってことじゃないか!
 でも、そんなことにはならなかった。テヒブさんが着地した瞬間、グレートソートの刃は、その膝と肘の間に挟まれていたからだ。
 カキーン!
 ものすごく高い音がして、僕は思わず耳を押さえた。風を切る音がヒュウウウと遠ざかっていく。聞こえたのが何だったのかってことは、テヒブさんが立ち上がった時に分かった。
 後ろへ跳んで逃げるリズァークが手に持っていたのが、半分に折れたグレートソードだったからだ。
 ……叩き折った?
 その剣先が目の前に地面に突き刺さっているのを見た兵士が、ものすごい悲鳴を上げた。
「ひいいいいいい!」
 どのくらいものすごかったかっていうと、次から次へと兵士たちが目を覚ましたくらいだった。その声が聞こえたんだとしか思えなかった。
 リズァークは、腰から予備のスクラマサックス片刃の短剣を引き抜いて、中腰に構えた。テヒブさんはというと、まっすぐに立っているだけだ。兵士たちは、身体を起こしただけでボケっと2人を見ている。
 リズァークが叫んだ。
「……!」
 悪役がこんなふうになんか言うときの言葉は、だいたい決まってる。動かない兵士たちに向かって言ったんだろう、また繰り返された言葉はこんな風に聞こえた。
「お前ら何やってる!」
 兵士たちはハルバードを取って、そろそろと歩きだした。テヒブさんとリズァークを取り囲む。
 でも、そこでテヒブさんはぽつりと言った。
「そこから動くと死ぬぞ」
 何か、頭の中に響いてくるみたいな声だった。兵士たちも、一歩退く。そこでリズァークが命令したことも、アニメとかゲームの展開パターンでだいたい分かった。
「やれ!」
 ひとりが少しずつ足を先に進めて、ハルバードを振り上げた。ほかのひとりが、真似をするみたいに動き出す。すると、ひとり、またひとりと歩きだして、取り囲む兵士たちの輪が少しずつ小さくなっていった。
 その影の隙間から、リズァークが動くのが見えた。テヒブさんに突進するけど、そこで止まる。何があったか分からないうちに、兵士たちがウワーッと叫んで、輪の真ん中へ一斉に襲いかかった。
 その後は……。
 言いたくない。
 とにかく、ものすごいことになった。明かりがグェイブの光と松明だけでよかった。もし、もっと明るかったら……。
「見るな!」
 僕はリューナの身体を抱えて、その場にしゃがんだ。とても見せられなかったし、僕も見たくなかった。
 後ろから、悲鳴が上がるのがずっと聞こえていた。耳をふさぎたかったけど、リューナを抱きしめているからできなかった。何が起こっているかなんて、考えたくもなかった。
 その辺が静かになるのには、そんなにかからなかった。振り向いたら何が見えるかは、考えてみなくても分かることだった。なるべく考えないようにはしたけど、それでもどうしても頭に浮かんでくる一言があった。
 ……死。
 学校で忌引きするヤツを見ると、正直うらやましかった。堂々と帰れるからだ。僕の周りではそういう、人が死ぬなんてことは、今まで全然なかったのだった。
 だけど、僕はテヒブさんに背中を向けたまま立ち上がっていた。リューナはもう、かばわなくてもよくなっていたからだ。兵士たちもリズァークも、死んでいるはずだった。
 ……もう終わったんだ。
 うつむいている僕のすぐそばを、リューナがすり抜けて行ったのが分かった。そっちの方向は、死体の山になってるはずだ。でも、そんなことは別にいいんだろう。
 テヒブさんが戻ってきたんだから。
 ……僕なんかもう、いなくてもいいんだ。
 そう思うと、ちょっと寂しかった。遠ざかっていった足音が止まると、リューナがグシグシ泣きながら言うのが聞こえてくる。
「テヒブ……テヒブ……テヒブ!」
 鼻の奥がツーンと痛くなった。小学生の頃、悪ガキにいじめられると、よくこんな感じになった。泣き出しそうなのをこらえているときだ。あのとき、何でそんな気持ちになったのかは、よく分かんないけど。
 でも、背中に何かさあっと冷たいものが走ったとき、涙は止まった。頭の奥に、何かまた変な感じのする声が響いてきたからだ。
「そのまま連れて来い」
 でも、どこかで聞いた気がする。この異世界で言葉の通じるのは誰か、思い出すのにそんなにはかからなかった。 
 ……ヴォクス!
 それでやっと分かった。あの物凄いパワーは、吸血鬼の力だってことだ。それに気が付いたとき、リューナが後ろで僕を呼んだ。
「シャント!」
 死体の山が怖いなんて言ってられない。
「リューナ!」
 そう呼んで振り向くと、リューナの腰をがっしり捕まえた吸血鬼の下僕の影が見えた。
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