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8・恩返しです!① 【爆弾】/【魔銃】
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フレデリクさんに教えてもらった屋台で、薄く焼いた小麦粉の皮で腸詰と野菜を包んだものを食べました。
「美味しいです!」
「ゴ!」
ゴーちゃんは苺とクリームを包んだものを食べています。
わたしのゴーちゃんは食べ物を魔力に分解し、紅蓮の魔鉱製の心臓で吸収して動力にしています。
紅蓮の魔鉱は純度が高いので燃料を投入しなくても百年くらいは稼働し続けますが、ご飯は一緒に食べたほうが美味しいですからね。
「良かったです」
フレデリクさんが輝くような笑顔を浮かべます。
最近気づいたのですけれど、この人はとてつもない美形です。
太陽の光を浴びて輝く黄金の髪に澄んだエメラルドの瞳、真っ白な肌はすべすべ。
整った顔立ちは大人びているようで、どこかあどけなさも感じます。
「ゴ、ゴ!」
「うふふ、ゴーちゃんのも美味しそうですね。半分食べたから交換しますか?」
「ゴ!」
わたしとゴーちゃんは、お互いの料理を交換しました。
ふむふむ。甘いのも美味しいですね。
「ゴー♪」
ゴーちゃんも満足しているようです。
フレデリクさんは、ニコニコしながらわたし達を見つめています。
あ、わかりました! たぶん彼はわたしを孤児院の子ども達と重ねているのです。
なるほど、そういうことでしたか。
わたしには妹しかいないので、なんだかお兄さんができたみたいで嬉しいですね。
「エメさん、次はどうします? 飲み物はいかがですか?」
「いいですね……きゃ!」
「ゴ?」
フレデリクさんと話していたら、人込みの中でだれかにぶつかりました。
混雑しているから仕方ありませんね。
体勢を崩したわたしは、フレデリクさんに抱きとめられる格好になりました。
「すいません、フレデリクさん。……フレデリクさん? もう大丈夫ですよ?」
「……」
「ゴ?」
「あ!」
フレデリクさんは真っ赤になってわたしから体を離しました。
「ご、ごめんなさい」
「なにがですか? 助けてくれてありがとうございます。重かったでしょう?」
「そんなっ! エメさんは重くなんかありません。エメさんは柔らかくて温かくて甘い匂いが……ご、ごめんなさい。私はなにを言ってるんでしょう?」
「さあ?」
「ゴー?」
またぶつかってこぼしたら勿体ないので、わたしたちは飲み物を買ったあとで細い路地に入りました。
建物の壁に背中を預けて飲めば安心だと思ったのですが──
「くそ、この飲んだくれがっ!」
「リュシーさんを見殺しにして、毎日酒ばっかり飲みやがって!」
路地には先客がいました。
数人の冒険者さんが、ひとりの神官を袋叩きにしています。
「なにをしているんですっ!」
フレデリクさんが、初めて見る厳しい顔で彼らを怒鳴りつけました。
「聖騎士団長だ!」
「逃げろっ!」
加害者達は、わたし達が入ったのとは逆の方向へと走っていきます。
「大丈夫ですか?」
「ゴゴ?」
わたしは体を丸めて地面に転がっている被害者に駆け寄りました。
ハシバミ色の髪が泥と血で汚れています。
「……ガスパール、さん?」
「……エメちゃん?」
髪と同じ色の瞳に涙が滲みました。
八年ぶりの再会です。
この前冒険者ギルドで見たのは、やっぱり彼だったのでしょうか。
「き、傷は大丈夫ですか? わたし錬金術師になったんです。ライフポーションを持っているので、良かったら使ってください!」
ガスパールさんは嗚咽を漏らしながら、首を横に振って拒みます。
ものすごくお酒臭いです。
殴られて吐いたのか、路地には吐しゃ物が広がっていました。
「ダメです。僕にはそんな資格はないんです。リュシーのところへ行かなくては」
「リュシーさんになにかあったんですか?」
「魔法剣士のリュシーさんは一年前から行方不明と聞いていますが」
「う、う、うわああぁぁぁっ!」
ガスパールさんは激しく泣き出しました。
わたしとフレデリクさんは、彼が落ち着くのを待ちました。
──やがて、涙も枯れたガスパールさんは事情を話してくれたのです。
★ ★ ★ ★ ★
一年前マルディが解放されてすぐ、僕とリュシーは迷宮に潜りました。
リュシーは炎の魔力に耐性があるし、僕は神官魔法のほかに水魔法が得意です。
炎属性の魔獣が多いマルディは僕達と相性のいい迷宮でした。
たぶん一週間もかからずに、僕達はその場所、第十層に到着しました。
第十層の西には古い建物の残骸があって、真っ赤なドラゴンがいたんです。
「ガスパールさん、そんな報告は受けていませんよ。マルディ第十層の西には霧のかかった地域があると聞いています」
その霧は僕が魔法で出しました。
赤いドラゴンを倒したあと、呪いで同じ姿のドラゴンに変えられてしまったリュシーがほかのだれかに見つかって倒されたりしないように。
「呪い……ですか。どうして大神殿に相談してくださらなかったんですか?」
相談してどうなります? リュシーはドラゴンに姿を変えられているんです。
帰還の護符は魔獣には使えない。
各階層に隠されている階段を通れる大きさじゃない。
契約従魔なら影に入れて迷宮から出すこともできるけれど、リュシーに僕の声は届かなかった。
あるのは暴走したドラゴンの意識だけです。
「……たとえ大神官様だったとしても迷宮の中で呪いを解くのは無理ですね。大神殿に張られた聖域の中でないと」
でしょう? だったらどうなります?
リュシーは血に飢えたドラゴンの姿なんですよ?
大神殿に伝えたら、あなた方聖騎士に退治されるしかないじゃないですか!
僕はリュシーを眠らせて、霧で姿を隠しました。
結界を張って中に入れないようにして──もちろん一週間保てばいいほうです。
僕は毎週リュシーを眠らせて霧を作り、結界を張り続けました。
「おひとりでそんなに魔法を使っていたら、お体に悪いのではないですか?」
体というか、心が疲れていきましたね。
リュシーが心配で眠ることができないんです。僕が寝ている間に、迷宮を離れている間に、彼女はだれかに退治されているかもしれない。
意識を失うことができるのは、浴びるほど酒を飲んだときだけです。
★ ★ ★ ★ ★
リュシーさんが姿を見せなくなってガスパールさんが酔っぱらっているのを見た人々は、リュシーさんが迷宮で命を失ったのだと思ったようです。
ガスパールさんは相棒を失った悲しみに暮れているのだと。
けれどガスパールさんは冒険者ギルドにリュシーさんの遺体回収依頼を出しませんでした。
当然ですよね、呪われているとはいえ彼女は生きているのだから。
人々は思いました。
リュシーさんは普通に亡くなったのではないのかもしれない。ガスパールさんが見殺しにしたのかもしれない。
遺体が見つかって自分の罪が暴かれるのを恐れて、彼は依頼も出さず酒に溺れているのでは?
「さっきの人達を責めないであげてください。他人だったら僕もそう思います。リュシーは姐御肌でみんなに慕われていました。彼らの行動はリュシーを案じてのことなんです。それにあながち間違ってもいない。僕が悪いんです。役立たずの僕が……」
次にマルディが解放されるとき、ガスパールさんが現役でいられるとは限りません。
いつも迷宮にいるドワーフやエルフが、呪われたリュシーさんを素材目当てで退治してしまう可能性もあります。
ガスパールさんは絶望していました。
前に会ったときから八年も経っているとはいえ、彼はその年月以上に老いて疲れ果てていました。
フレデリクさんが聖騎士団団長の顔で尋ねます。
「ガスパールさん、その呪いはどんな状況で発動したんですか? リュシーさんがドラゴンを倒した瞬間に? 呪いの原因がわかれば手が打てるかもしれません」
「この一年間、大神殿の禁書庫で役立ちそうな資料は全部見ました。でも、真っ赤な魔鉱でできたハートに触れて発動する呪いなんて、どこにも書いてなかった!」
「ゴ?」
「……ガスパールさん、フレデリクさん」
わたしはふたりに言いました。
「リュシーさんは呪われたんじゃないかもしれません」
「ゴゴ!」
「なにを言っているんですか、エメちゃん」
「どういうことです?」
「それは呪いじゃなくて……ゴーレムです」
「ゴー!」
ガスパールさんが気付かなかったのは、錬金術師が秘密主義なせいでしょう。
錬金術師は教本も暗号で記すので、知らない人が読んでも全く理解できないのです。
リュシーさんはゴーレムの心臓を再起動させて、回収前の素材と一緒に引き寄せられてしまったに違いありません。
ドラゴンゴーレムの体内で、心臓の魔力を吸収して生きているといいのですが。
爆弾で外の素材を剥ぎ取って心臓を露出させるか、魔銃で直接心臓の機能を止めるか──
【爆弾】/【魔銃】
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【爆弾】/【魔銃】←
あ。今迷宮には入れないんでした。どうしましょう?
「美味しいです!」
「ゴ!」
ゴーちゃんは苺とクリームを包んだものを食べています。
わたしのゴーちゃんは食べ物を魔力に分解し、紅蓮の魔鉱製の心臓で吸収して動力にしています。
紅蓮の魔鉱は純度が高いので燃料を投入しなくても百年くらいは稼働し続けますが、ご飯は一緒に食べたほうが美味しいですからね。
「良かったです」
フレデリクさんが輝くような笑顔を浮かべます。
最近気づいたのですけれど、この人はとてつもない美形です。
太陽の光を浴びて輝く黄金の髪に澄んだエメラルドの瞳、真っ白な肌はすべすべ。
整った顔立ちは大人びているようで、どこかあどけなさも感じます。
「ゴ、ゴ!」
「うふふ、ゴーちゃんのも美味しそうですね。半分食べたから交換しますか?」
「ゴ!」
わたしとゴーちゃんは、お互いの料理を交換しました。
ふむふむ。甘いのも美味しいですね。
「ゴー♪」
ゴーちゃんも満足しているようです。
フレデリクさんは、ニコニコしながらわたし達を見つめています。
あ、わかりました! たぶん彼はわたしを孤児院の子ども達と重ねているのです。
なるほど、そういうことでしたか。
わたしには妹しかいないので、なんだかお兄さんができたみたいで嬉しいですね。
「エメさん、次はどうします? 飲み物はいかがですか?」
「いいですね……きゃ!」
「ゴ?」
フレデリクさんと話していたら、人込みの中でだれかにぶつかりました。
混雑しているから仕方ありませんね。
体勢を崩したわたしは、フレデリクさんに抱きとめられる格好になりました。
「すいません、フレデリクさん。……フレデリクさん? もう大丈夫ですよ?」
「……」
「ゴ?」
「あ!」
フレデリクさんは真っ赤になってわたしから体を離しました。
「ご、ごめんなさい」
「なにがですか? 助けてくれてありがとうございます。重かったでしょう?」
「そんなっ! エメさんは重くなんかありません。エメさんは柔らかくて温かくて甘い匂いが……ご、ごめんなさい。私はなにを言ってるんでしょう?」
「さあ?」
「ゴー?」
またぶつかってこぼしたら勿体ないので、わたしたちは飲み物を買ったあとで細い路地に入りました。
建物の壁に背中を預けて飲めば安心だと思ったのですが──
「くそ、この飲んだくれがっ!」
「リュシーさんを見殺しにして、毎日酒ばっかり飲みやがって!」
路地には先客がいました。
数人の冒険者さんが、ひとりの神官を袋叩きにしています。
「なにをしているんですっ!」
フレデリクさんが、初めて見る厳しい顔で彼らを怒鳴りつけました。
「聖騎士団長だ!」
「逃げろっ!」
加害者達は、わたし達が入ったのとは逆の方向へと走っていきます。
「大丈夫ですか?」
「ゴゴ?」
わたしは体を丸めて地面に転がっている被害者に駆け寄りました。
ハシバミ色の髪が泥と血で汚れています。
「……ガスパール、さん?」
「……エメちゃん?」
髪と同じ色の瞳に涙が滲みました。
八年ぶりの再会です。
この前冒険者ギルドで見たのは、やっぱり彼だったのでしょうか。
「き、傷は大丈夫ですか? わたし錬金術師になったんです。ライフポーションを持っているので、良かったら使ってください!」
ガスパールさんは嗚咽を漏らしながら、首を横に振って拒みます。
ものすごくお酒臭いです。
殴られて吐いたのか、路地には吐しゃ物が広がっていました。
「ダメです。僕にはそんな資格はないんです。リュシーのところへ行かなくては」
「リュシーさんになにかあったんですか?」
「魔法剣士のリュシーさんは一年前から行方不明と聞いていますが」
「う、う、うわああぁぁぁっ!」
ガスパールさんは激しく泣き出しました。
わたしとフレデリクさんは、彼が落ち着くのを待ちました。
──やがて、涙も枯れたガスパールさんは事情を話してくれたのです。
★ ★ ★ ★ ★
一年前マルディが解放されてすぐ、僕とリュシーは迷宮に潜りました。
リュシーは炎の魔力に耐性があるし、僕は神官魔法のほかに水魔法が得意です。
炎属性の魔獣が多いマルディは僕達と相性のいい迷宮でした。
たぶん一週間もかからずに、僕達はその場所、第十層に到着しました。
第十層の西には古い建物の残骸があって、真っ赤なドラゴンがいたんです。
「ガスパールさん、そんな報告は受けていませんよ。マルディ第十層の西には霧のかかった地域があると聞いています」
その霧は僕が魔法で出しました。
赤いドラゴンを倒したあと、呪いで同じ姿のドラゴンに変えられてしまったリュシーがほかのだれかに見つかって倒されたりしないように。
「呪い……ですか。どうして大神殿に相談してくださらなかったんですか?」
相談してどうなります? リュシーはドラゴンに姿を変えられているんです。
帰還の護符は魔獣には使えない。
各階層に隠されている階段を通れる大きさじゃない。
契約従魔なら影に入れて迷宮から出すこともできるけれど、リュシーに僕の声は届かなかった。
あるのは暴走したドラゴンの意識だけです。
「……たとえ大神官様だったとしても迷宮の中で呪いを解くのは無理ですね。大神殿に張られた聖域の中でないと」
でしょう? だったらどうなります?
リュシーは血に飢えたドラゴンの姿なんですよ?
大神殿に伝えたら、あなた方聖騎士に退治されるしかないじゃないですか!
僕はリュシーを眠らせて、霧で姿を隠しました。
結界を張って中に入れないようにして──もちろん一週間保てばいいほうです。
僕は毎週リュシーを眠らせて霧を作り、結界を張り続けました。
「おひとりでそんなに魔法を使っていたら、お体に悪いのではないですか?」
体というか、心が疲れていきましたね。
リュシーが心配で眠ることができないんです。僕が寝ている間に、迷宮を離れている間に、彼女はだれかに退治されているかもしれない。
意識を失うことができるのは、浴びるほど酒を飲んだときだけです。
★ ★ ★ ★ ★
リュシーさんが姿を見せなくなってガスパールさんが酔っぱらっているのを見た人々は、リュシーさんが迷宮で命を失ったのだと思ったようです。
ガスパールさんは相棒を失った悲しみに暮れているのだと。
けれどガスパールさんは冒険者ギルドにリュシーさんの遺体回収依頼を出しませんでした。
当然ですよね、呪われているとはいえ彼女は生きているのだから。
人々は思いました。
リュシーさんは普通に亡くなったのではないのかもしれない。ガスパールさんが見殺しにしたのかもしれない。
遺体が見つかって自分の罪が暴かれるのを恐れて、彼は依頼も出さず酒に溺れているのでは?
「さっきの人達を責めないであげてください。他人だったら僕もそう思います。リュシーは姐御肌でみんなに慕われていました。彼らの行動はリュシーを案じてのことなんです。それにあながち間違ってもいない。僕が悪いんです。役立たずの僕が……」
次にマルディが解放されるとき、ガスパールさんが現役でいられるとは限りません。
いつも迷宮にいるドワーフやエルフが、呪われたリュシーさんを素材目当てで退治してしまう可能性もあります。
ガスパールさんは絶望していました。
前に会ったときから八年も経っているとはいえ、彼はその年月以上に老いて疲れ果てていました。
フレデリクさんが聖騎士団団長の顔で尋ねます。
「ガスパールさん、その呪いはどんな状況で発動したんですか? リュシーさんがドラゴンを倒した瞬間に? 呪いの原因がわかれば手が打てるかもしれません」
「この一年間、大神殿の禁書庫で役立ちそうな資料は全部見ました。でも、真っ赤な魔鉱でできたハートに触れて発動する呪いなんて、どこにも書いてなかった!」
「ゴ?」
「……ガスパールさん、フレデリクさん」
わたしはふたりに言いました。
「リュシーさんは呪われたんじゃないかもしれません」
「ゴゴ!」
「なにを言っているんですか、エメちゃん」
「どういうことです?」
「それは呪いじゃなくて……ゴーレムです」
「ゴー!」
ガスパールさんが気付かなかったのは、錬金術師が秘密主義なせいでしょう。
錬金術師は教本も暗号で記すので、知らない人が読んでも全く理解できないのです。
リュシーさんはゴーレムの心臓を再起動させて、回収前の素材と一緒に引き寄せられてしまったに違いありません。
ドラゴンゴーレムの体内で、心臓の魔力を吸収して生きているといいのですが。
爆弾で外の素材を剥ぎ取って心臓を露出させるか、魔銃で直接心臓の機能を止めるか──
【爆弾】/【魔銃】
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
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