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第一話 オオカミさんに助けられ
4・夢で見た男性(ひと)
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「わ」
ベッドで体を起こして気づく。
わたしは見たこともない寝巻を身に纏っていた。
肌触りが柔らかく、ところどころに丁寧な刺しゅうが施されている。
オオカミさんのご家族のものだろうか。
布も意匠も少し古い気はするけれど、大切に扱われていることがわかる。
「……」
なんとも言えない気持ちになった。
仕方がなかったのはわかる。
だってわたしが着ていた灰色のローブは、自分の血と街道の土で汚れてしまっていた。
そんな姿でベッドに入れるわけにはいかない。
「……うん」
気持ちを切り替えて、わたしはベッドから降りた。
カーテンを閉めたままでも、布越しに差し込んだ朝の光が室内を照らしている。
ベッド横の椅子にかけてあったガウンを羽織って、部屋を出た。
ここは家の二階らしく、細い廊下の端に階下へ降りる階段がある。
銀貨十枚で奪われた実家と同じような木造建築だ。
二階には部屋がふたつあり、わたしが泊まった部屋の向かいにも扉があった。
扉が開いて、オオカミさんが──
「オ、オオカミさんですか?」
「うん? おはよう、ノワ。昨夜はよく眠れたか?」
「は、はい。……おはようございます。オオカミさんだなんて呼んで、すみませんでした」
「いや、かまわない。事実だし……俺の名前のルーは、古い言葉で狼のことなんだ。呼びやすいのなら、そう呼んでくれ」
「はい、オオカミさん。あの……」
「なんだ?」
目の前にいるのは、上半身裸の青年だった。
胸元には布製の首飾りが揺れている。
昨夜黒い狼が提げていたのと同じ、ミントの入った首飾りだ。
獣化族は嗅覚が鋭いので、その分香りの文化が発達していると聞いたことがある。
額にかかる黒髪をかき上げて、オオカミさんは怪訝そうな顔になる。
前髪が落ちていたころから見えていた鋭い瞳は、赤みを帯びた黄金色に煌めいていた。
昨夜見た大きな三角形の耳もフサフサの尻尾もない。
彼は普通の男性と同じ姿をしていた。
獣化族は魔法で獣化しているだけなので、こちらが本来の姿なのだろう。
爽やかなミントの香りも低い声も変わっていない。
「あの……」
「っ! そうか!」
オオカミさんの頬が赤く染まった。
毛皮を失った彼の肌は引き締まっていて、裸の上半身は逞しく鍛えられている。
「ち、違う。違うんだ、ノワ。昨夜説明しなくて済まなかった。その寝巻は母のものだ。君の服を着替えさせたのは俺じゃない。向かいに住んでいる知人に頼んだんだ」
「そうなんですか……」
わたしは言葉を飲み込んだ。
獣化魔法はほかの魔法と違って継続時間が長い。
寒冷地での生活に適応するために開発されたので、常時発動が前提にある。
だから魔法が封じられたとき、ほかの魔法より制御が難しくなってしまった。
その難しい制御を行うのは特別なときだけなのだという。
──つまり、家族や恋人と過ごすとき。
とはいえここはオオカミさんの家だし、制御が難しいということは自分で獣化を操りきれないということだろうし、わたしの前で獣化していないということに深い意味はないに違いない。……うん、このことは追究しないでおこう。
「ノワ? 本当に、俺はなにもしていない。回復魔法の魔具を使った後は全部イネスおばさんに任せたんだ。魔具も体に直接触れる形式のものではない」
「あ、違います。あの、そんなことは気にしていません。えっと、着替えさせていただいてありがたいと思ってますし、お母さまの寝巻も……」
そういえば、オオカミさんのお母さんはどこにいるのだろう。
寝巻だけ貸してくれて着替えはお向かいさんがしてくれたということは──
頭の中にうっすらと浮かんだ考えを、寂しげな微笑を浮かべたオオカミさんの言葉が肯定する。
「母はもう、いないんだ。五年になる。……死人の服ではイヤだったか?」
わたしは頭を横に振った。
「いいえ! あの……わたしが着てたローブも、おばあちゃんの形見だったから」
「そうか……うん、そうか」
呟きながら口元に手を寄せて、オオカミさんがまた怪訝そうな顔になる。
彼は自分の顔をぺたぺたと叩き、黄金色の瞳を丸くした。
「なんだ、これ……」
「え?」
「獣化魔法が解けている!」
「は、はあ?」
わたしは首を傾げた。
ベッドで体を起こして気づく。
わたしは見たこともない寝巻を身に纏っていた。
肌触りが柔らかく、ところどころに丁寧な刺しゅうが施されている。
オオカミさんのご家族のものだろうか。
布も意匠も少し古い気はするけれど、大切に扱われていることがわかる。
「……」
なんとも言えない気持ちになった。
仕方がなかったのはわかる。
だってわたしが着ていた灰色のローブは、自分の血と街道の土で汚れてしまっていた。
そんな姿でベッドに入れるわけにはいかない。
「……うん」
気持ちを切り替えて、わたしはベッドから降りた。
カーテンを閉めたままでも、布越しに差し込んだ朝の光が室内を照らしている。
ベッド横の椅子にかけてあったガウンを羽織って、部屋を出た。
ここは家の二階らしく、細い廊下の端に階下へ降りる階段がある。
銀貨十枚で奪われた実家と同じような木造建築だ。
二階には部屋がふたつあり、わたしが泊まった部屋の向かいにも扉があった。
扉が開いて、オオカミさんが──
「オ、オオカミさんですか?」
「うん? おはよう、ノワ。昨夜はよく眠れたか?」
「は、はい。……おはようございます。オオカミさんだなんて呼んで、すみませんでした」
「いや、かまわない。事実だし……俺の名前のルーは、古い言葉で狼のことなんだ。呼びやすいのなら、そう呼んでくれ」
「はい、オオカミさん。あの……」
「なんだ?」
目の前にいるのは、上半身裸の青年だった。
胸元には布製の首飾りが揺れている。
昨夜黒い狼が提げていたのと同じ、ミントの入った首飾りだ。
獣化族は嗅覚が鋭いので、その分香りの文化が発達していると聞いたことがある。
額にかかる黒髪をかき上げて、オオカミさんは怪訝そうな顔になる。
前髪が落ちていたころから見えていた鋭い瞳は、赤みを帯びた黄金色に煌めいていた。
昨夜見た大きな三角形の耳もフサフサの尻尾もない。
彼は普通の男性と同じ姿をしていた。
獣化族は魔法で獣化しているだけなので、こちらが本来の姿なのだろう。
爽やかなミントの香りも低い声も変わっていない。
「あの……」
「っ! そうか!」
オオカミさんの頬が赤く染まった。
毛皮を失った彼の肌は引き締まっていて、裸の上半身は逞しく鍛えられている。
「ち、違う。違うんだ、ノワ。昨夜説明しなくて済まなかった。その寝巻は母のものだ。君の服を着替えさせたのは俺じゃない。向かいに住んでいる知人に頼んだんだ」
「そうなんですか……」
わたしは言葉を飲み込んだ。
獣化魔法はほかの魔法と違って継続時間が長い。
寒冷地での生活に適応するために開発されたので、常時発動が前提にある。
だから魔法が封じられたとき、ほかの魔法より制御が難しくなってしまった。
その難しい制御を行うのは特別なときだけなのだという。
──つまり、家族や恋人と過ごすとき。
とはいえここはオオカミさんの家だし、制御が難しいということは自分で獣化を操りきれないということだろうし、わたしの前で獣化していないということに深い意味はないに違いない。……うん、このことは追究しないでおこう。
「ノワ? 本当に、俺はなにもしていない。回復魔法の魔具を使った後は全部イネスおばさんに任せたんだ。魔具も体に直接触れる形式のものではない」
「あ、違います。あの、そんなことは気にしていません。えっと、着替えさせていただいてありがたいと思ってますし、お母さまの寝巻も……」
そういえば、オオカミさんのお母さんはどこにいるのだろう。
寝巻だけ貸してくれて着替えはお向かいさんがしてくれたということは──
頭の中にうっすらと浮かんだ考えを、寂しげな微笑を浮かべたオオカミさんの言葉が肯定する。
「母はもう、いないんだ。五年になる。……死人の服ではイヤだったか?」
わたしは頭を横に振った。
「いいえ! あの……わたしが着てたローブも、おばあちゃんの形見だったから」
「そうか……うん、そうか」
呟きながら口元に手を寄せて、オオカミさんがまた怪訝そうな顔になる。
彼は自分の顔をぺたぺたと叩き、黄金色の瞳を丸くした。
「なんだ、これ……」
「え?」
「獣化魔法が解けている!」
「は、はあ?」
わたしは首を傾げた。
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