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第一話 オオカミさんに助けられ
13・洗濯樽を直します!
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オオカミさんの家の裏庭で、壁際に置かれた洗濯樽を前にして立つ。
右手の甲に意識を集中すると、魔法紋章が輝き始めた。
普段からぼんやり光っているけれど、辺りが暗くなければ目立たない輝きが強くなる。
紋章を起点に、文字と記号がわたしの右腕を昇っていく。
回復魔法の術式が発動しているのだ。
かつては言葉で紡いでいた術式は魔法が封印されたことによって、こういった形でしか発動されなくなった。
肩まで伸びた文字と記号の輝きが、今度は降りていく。
薄い寝巻とガウン越しに光が見えていた。
魔法紋章が右手を貫いて手のひらから放出される。──わたしのローブを入れた洗濯樽へと。
ローブの内ポケットに入れていた形見の地図と銀貨十枚入りの財布は、もう取り出してある。
わたしの中からあふれた魔法力が洗濯樽を包む。
文字と記号の輝きが薄まり、消えていく。
やがて魔法紋章の光もいつものように目立たなくなり、わたしは地面に座り込んだ。
「ノワ!」
オオカミさんを先頭に、少し離れた場所で見ていたイネスさんやジョゼくんたちが駆け寄って来てくれる。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
全身が重くて、すごく眠かった。
「おかしいな、いつもは全然平気なのに」
「そりゃそうだよ」
「イネスおばさん?」
「ノワさんは昨日大量出血したんだよ? 一晩眠って魔法力が回復したって、体力のほうは回復してないだろ。回復魔法も万能じゃないと思うがね」
「ゴメンなさい、わたし気がつかなくて。オオカミさんにお借りしたお母さまの寝巻の裾に泥が……」
「そんなことを気にする必要はない。俺のほうこそ考えが足りなくてすまなかった」
「オ、オオカミさん?」
オオカミさんがわたしを抱き上げる。
両腕でそっと抱き上げられて、なんだかお姫さまになった気分だ。
「ノワすごいー」
「しゅごいー」
ジョゼくんとジュールくんがわたしを見上げて、さっきの魔法を褒めてくれる。
「そ、そうかな?」
「キラキラだった」
「キラキラー」
喜んでくれたのなら良かった。
オオカミさんがわたしを抱いたまま、洗濯樽を覗き込む。
血塗れのローブが入った洗濯樽には透明の蓋がしてあった。
わたしの体を少し洗濯樽にもたれかけさせて、オオカミさんの手が蓋に触れる。
蓋に刻まれていた魔法紋章が浮かび上がる。
紋章を中心に渦巻いていた文字と記号が輝いて、
──ザアー、ザザーッ。
と音を立てて、わたしのローブが回り始めた。
洗濯樽の中には風が渦巻いているようだ。
「ルー兄ちゃんすごい。この魔具、俺にも使える?」
「おえもできる?」
「無理だな。この魔具は燃料魔力で動くんじゃない。風の魔法を注ぎ込まないといけないんだ。その風の威力で汚れを浮かせて排除する」
「ちえー。じゃあ後で中に入れて」
「おえもー」
「そんな危ないこと、許すわけないだろう」
「動かさなくてもいいからー」
「いいからー」
イネスさんが無言で、ジョゼくんとジュールくんの頭に拳を落とした。
「やたらと狭いとこに入りたがって、あんたらは猫かい」
「狼だよ」
「だじょ」
ふたりとも可愛いなあ。
微笑んで、わたしは自分の状況を思い出した。顔が熱くなる。
「……オオカミさん、もう大丈夫なので降ろしてください」
「腰が痛いなら抱き方を変えるが」
「そういうわけじゃありません。あの……お、重いでしょう?」
「いや、少しも」
「そうですか……」
オオカミさんの腕は安定していて、わたしを抱いていても問題はなさそうだ。
魔具が増幅してくれたのかもしれないが、片手で風の魔法まで発動させていた。
イネスさんの言う通り体は疲れているしミントの香りは心地いい。
しばらく、このままでもいい……のかな?
「……オオカミさんは風の魔法が使えるんですね」
「ああ。……風属性の魔法は全部使える」
「すごいですね。それは月の神殿で修行なさったときに? それとももしかして冒険者だったんですか?」
大神官でなくても、神官や司祭は各地の神殿を巡礼することがある。一般の信徒もだ。
神官や司祭は巡礼の際に各地の問題を解決していく。
問題の中にはモンスター被害も含まれるので、冒険者でなくても神官や司祭なら世界を旅して魔法を集めることもあるかもしれない。
なんてことに気づいたのは、質問をした後だった。
「……司祭になった直後くらいに野獣とモンスターの生息状況を調査しに出たら、吹雪で道を誤ってしまってな。針の森に入ってしまって死にかけた。そのとき神獣と一緒に倒した敵が、たまたまほかのモンスターを食って魔法を貯め込んでいたんだ。怪我の功名、というのも恥ずかしい思い出だ」
「そうだったんですか」
「獣化した姿だと年齢がわかりにくいこともあり、風属性の魔法を全部使えると言うと壮年か老年だと思われる」
「……本当はおいくつなんですか?」
「二十一だ」
「わたしとふたつ違いなんですね。わたしは十九歳です」
「そうか……」
「あの夢の中のふたりもそれくらいでしたよね」
「……っ!」
「オオカミさん? あ、ゴメンなさい。夢のことは気にしちゃダメなんですよね」
「う、うん……」
なんだかうろたえたような素振りで、オオカミさんはわたしの頭に顎を載せた。
たぶん無意識だろう。
彼の頭の重さは、なんだかとても心地良かった。
右手の甲に意識を集中すると、魔法紋章が輝き始めた。
普段からぼんやり光っているけれど、辺りが暗くなければ目立たない輝きが強くなる。
紋章を起点に、文字と記号がわたしの右腕を昇っていく。
回復魔法の術式が発動しているのだ。
かつては言葉で紡いでいた術式は魔法が封印されたことによって、こういった形でしか発動されなくなった。
肩まで伸びた文字と記号の輝きが、今度は降りていく。
薄い寝巻とガウン越しに光が見えていた。
魔法紋章が右手を貫いて手のひらから放出される。──わたしのローブを入れた洗濯樽へと。
ローブの内ポケットに入れていた形見の地図と銀貨十枚入りの財布は、もう取り出してある。
わたしの中からあふれた魔法力が洗濯樽を包む。
文字と記号の輝きが薄まり、消えていく。
やがて魔法紋章の光もいつものように目立たなくなり、わたしは地面に座り込んだ。
「ノワ!」
オオカミさんを先頭に、少し離れた場所で見ていたイネスさんやジョゼくんたちが駆け寄って来てくれる。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
全身が重くて、すごく眠かった。
「おかしいな、いつもは全然平気なのに」
「そりゃそうだよ」
「イネスおばさん?」
「ノワさんは昨日大量出血したんだよ? 一晩眠って魔法力が回復したって、体力のほうは回復してないだろ。回復魔法も万能じゃないと思うがね」
「ゴメンなさい、わたし気がつかなくて。オオカミさんにお借りしたお母さまの寝巻の裾に泥が……」
「そんなことを気にする必要はない。俺のほうこそ考えが足りなくてすまなかった」
「オ、オオカミさん?」
オオカミさんがわたしを抱き上げる。
両腕でそっと抱き上げられて、なんだかお姫さまになった気分だ。
「ノワすごいー」
「しゅごいー」
ジョゼくんとジュールくんがわたしを見上げて、さっきの魔法を褒めてくれる。
「そ、そうかな?」
「キラキラだった」
「キラキラー」
喜んでくれたのなら良かった。
オオカミさんがわたしを抱いたまま、洗濯樽を覗き込む。
血塗れのローブが入った洗濯樽には透明の蓋がしてあった。
わたしの体を少し洗濯樽にもたれかけさせて、オオカミさんの手が蓋に触れる。
蓋に刻まれていた魔法紋章が浮かび上がる。
紋章を中心に渦巻いていた文字と記号が輝いて、
──ザアー、ザザーッ。
と音を立てて、わたしのローブが回り始めた。
洗濯樽の中には風が渦巻いているようだ。
「ルー兄ちゃんすごい。この魔具、俺にも使える?」
「おえもできる?」
「無理だな。この魔具は燃料魔力で動くんじゃない。風の魔法を注ぎ込まないといけないんだ。その風の威力で汚れを浮かせて排除する」
「ちえー。じゃあ後で中に入れて」
「おえもー」
「そんな危ないこと、許すわけないだろう」
「動かさなくてもいいからー」
「いいからー」
イネスさんが無言で、ジョゼくんとジュールくんの頭に拳を落とした。
「やたらと狭いとこに入りたがって、あんたらは猫かい」
「狼だよ」
「だじょ」
ふたりとも可愛いなあ。
微笑んで、わたしは自分の状況を思い出した。顔が熱くなる。
「……オオカミさん、もう大丈夫なので降ろしてください」
「腰が痛いなら抱き方を変えるが」
「そういうわけじゃありません。あの……お、重いでしょう?」
「いや、少しも」
「そうですか……」
オオカミさんの腕は安定していて、わたしを抱いていても問題はなさそうだ。
魔具が増幅してくれたのかもしれないが、片手で風の魔法まで発動させていた。
イネスさんの言う通り体は疲れているしミントの香りは心地いい。
しばらく、このままでもいい……のかな?
「……オオカミさんは風の魔法が使えるんですね」
「ああ。……風属性の魔法は全部使える」
「すごいですね。それは月の神殿で修行なさったときに? それとももしかして冒険者だったんですか?」
大神官でなくても、神官や司祭は各地の神殿を巡礼することがある。一般の信徒もだ。
神官や司祭は巡礼の際に各地の問題を解決していく。
問題の中にはモンスター被害も含まれるので、冒険者でなくても神官や司祭なら世界を旅して魔法を集めることもあるかもしれない。
なんてことに気づいたのは、質問をした後だった。
「……司祭になった直後くらいに野獣とモンスターの生息状況を調査しに出たら、吹雪で道を誤ってしまってな。針の森に入ってしまって死にかけた。そのとき神獣と一緒に倒した敵が、たまたまほかのモンスターを食って魔法を貯め込んでいたんだ。怪我の功名、というのも恥ずかしい思い出だ」
「そうだったんですか」
「獣化した姿だと年齢がわかりにくいこともあり、風属性の魔法を全部使えると言うと壮年か老年だと思われる」
「……本当はおいくつなんですか?」
「二十一だ」
「わたしとふたつ違いなんですね。わたしは十九歳です」
「そうか……」
「あの夢の中のふたりもそれくらいでしたよね」
「……っ!」
「オオカミさん? あ、ゴメンなさい。夢のことは気にしちゃダメなんですよね」
「う、うん……」
なんだかうろたえたような素振りで、オオカミさんはわたしの頭に顎を載せた。
たぶん無意識だろう。
彼の頭の重さは、なんだかとても心地良かった。
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