42 / 65
第三話 オオカミさんとキスをして
12・灰色子狼(兄)の形見
しおりを挟む
オオカミさんの家にいた四人の視線が玄関へ向かったとき、
──うぅー……わああぁぁんっ!
一瞬、雨が降り始めたのかと思った。
激しい轟音が辺りを包む。
オオカミさんやレオンたちが玄関へと走る中、わたしは台所の窓を見た。
窓の向こうでは真っ黒な風が走っている。
ううん、黒だけじゃない。
ところどころに黄色も混じっている。
闇バチだ。
闇バチの大群がクロ村を飛び回っている。
耳をつんざくような羽音に紛れて、玄関の扉を叩く音がした。
オオカミさんの声がする。
「俺が合図したら扉を開けてくれ。風の魔法で闇バチは吹き飛ばす」
「わかった」
「オオカミさん、わたしは……」
「緊急用にと思って食器棚に入れておいた解毒剤を出しておいてくれ。毒を浴びたときに使う」
「はい!」
椅子の下に潜り込み、足の間に尻尾を入れて震えているキャピテンヌの背中を軽く撫でて、わたしは食器棚の引き出しを開けた。
解毒剤の瓶を取り出す。
──玄関の扉が開いた。
台所の戸口から風が押し寄せてくる。
「早く入れ!」
「急げ、扉を閉めるぞ!」
そのときだけ羽音がやんで、扉を閉じる音だけが重く響いたように感じられた。
安堵の息を漏らしながら、訪問者たちが台所へ入ってくる。
「ノワさん……」
イネスさんだ。
腕には涙でくしゃくしゃになった顔のジュールくんを抱いている。
「もしかして闇バチに?」
ジュールくんは、ぽろぽろと涙を流しながら首を横に振る。
「にーちゃん……」
「ギー兄さん、ジョゼを机の上に寝かせて。イネスおばさんたちも毒を浴びているようなら解毒剤で洗浄してください」
「わかった、すまん」
「ノワ、頼む」
「わかりました」
ギーさんが、抱いていたジョゼくんを机の上に降ろした。
ジョゼくんは小さな体をぷるぷると震わせている。
熱っぽい体全身に広がった痒みと痛み、激しい頭痛に苦しんでいるのだ。
……良かった。
衝撃で即死していなければ、わたしの回復魔法で治すことができる。
か細い声がわたしの名前を呼んだ。
だけど光のない瞳は、わたしの顔を映していない。
「ノワ……」
「大丈夫、大丈夫よ、ジョゼくん」
右手の甲にある魔法紋章に意識を集中させる。
焦っちゃいけない。
魔法さえ発動できれば、絶対に助けることができる。
わたしが助けられなかったのは、魔法力が足りなくて魔法を使えなかったときと、命に関わる状態だということにだれも気づいていなかったときだけだ。
灰色のローブの袖の下、文字と記号が輝いて腕を昇っていく。
発動した術式は肩に達すると、今度は降りて行った。
右手から魔法を放つ。
ジョゼくんの全身から震えが消えた。
彼は一度瞼を閉じ、軽く呼吸をしてから瞼を開く。
光の戻った瞳がわたしを映す。
「……ノワ」
「なぁに?」
「もし俺が死んだら、うちの食器棚に隠したドングリをもらってくれ。俺の形見だ」
「死なないよ? ほら、もう大丈夫でしょ?」
「……あ、ホントだ」
ジョゼくんは、ぴょこんと体を起こした。
イネスさんがやって来て、ジョゼくんの頭を軽く叩く。
「虫が湧くからドングリを拾ってくるなって、何度言えばわかるんだい。本当に……本当にこの子は、もう……」
そこまで言って、イネスさんは泣きながらジョゼくんを抱きしめた。
わたしも目頭が熱くなっていく。
……良かった。ジョゼくんを助けることができて本当に良かった。
ジョゼくんたちを招き入れるときに倒さずにはいられなかった闇バチの死体を片づけていたレオンとトマが、台所へ入ってくる。
ギーさんはイネスさんに代わって、ジュールくんを抱っこしていた。
オオカミさんは布に解毒剤を染み込ませて、レオンたちに渡している。
そのことに気づいて、わたしの全身が凍りついた。
「……ジャ、ジャンヌさんは?」
「アイツは風属性の砂嵐魔法で姿を消して、親父さんたちに危険を知らせに行った。俺たちはお嬢さんの魔法に期待して、こっちへ戻ってきたんだ」
「そうですか……」
「ジャンヌの砂嵐魔法は自分にしか使えない代わり、効果が強くて長い。俺たちの存在も囮になったから、今ごろ無事に辿り着いてるさ。心配してくれてありがとうな」
そう言って、ギーさんは微笑んだ。
──うぅー……わああぁぁんっ!
一瞬、雨が降り始めたのかと思った。
激しい轟音が辺りを包む。
オオカミさんやレオンたちが玄関へと走る中、わたしは台所の窓を見た。
窓の向こうでは真っ黒な風が走っている。
ううん、黒だけじゃない。
ところどころに黄色も混じっている。
闇バチだ。
闇バチの大群がクロ村を飛び回っている。
耳をつんざくような羽音に紛れて、玄関の扉を叩く音がした。
オオカミさんの声がする。
「俺が合図したら扉を開けてくれ。風の魔法で闇バチは吹き飛ばす」
「わかった」
「オオカミさん、わたしは……」
「緊急用にと思って食器棚に入れておいた解毒剤を出しておいてくれ。毒を浴びたときに使う」
「はい!」
椅子の下に潜り込み、足の間に尻尾を入れて震えているキャピテンヌの背中を軽く撫でて、わたしは食器棚の引き出しを開けた。
解毒剤の瓶を取り出す。
──玄関の扉が開いた。
台所の戸口から風が押し寄せてくる。
「早く入れ!」
「急げ、扉を閉めるぞ!」
そのときだけ羽音がやんで、扉を閉じる音だけが重く響いたように感じられた。
安堵の息を漏らしながら、訪問者たちが台所へ入ってくる。
「ノワさん……」
イネスさんだ。
腕には涙でくしゃくしゃになった顔のジュールくんを抱いている。
「もしかして闇バチに?」
ジュールくんは、ぽろぽろと涙を流しながら首を横に振る。
「にーちゃん……」
「ギー兄さん、ジョゼを机の上に寝かせて。イネスおばさんたちも毒を浴びているようなら解毒剤で洗浄してください」
「わかった、すまん」
「ノワ、頼む」
「わかりました」
ギーさんが、抱いていたジョゼくんを机の上に降ろした。
ジョゼくんは小さな体をぷるぷると震わせている。
熱っぽい体全身に広がった痒みと痛み、激しい頭痛に苦しんでいるのだ。
……良かった。
衝撃で即死していなければ、わたしの回復魔法で治すことができる。
か細い声がわたしの名前を呼んだ。
だけど光のない瞳は、わたしの顔を映していない。
「ノワ……」
「大丈夫、大丈夫よ、ジョゼくん」
右手の甲にある魔法紋章に意識を集中させる。
焦っちゃいけない。
魔法さえ発動できれば、絶対に助けることができる。
わたしが助けられなかったのは、魔法力が足りなくて魔法を使えなかったときと、命に関わる状態だということにだれも気づいていなかったときだけだ。
灰色のローブの袖の下、文字と記号が輝いて腕を昇っていく。
発動した術式は肩に達すると、今度は降りて行った。
右手から魔法を放つ。
ジョゼくんの全身から震えが消えた。
彼は一度瞼を閉じ、軽く呼吸をしてから瞼を開く。
光の戻った瞳がわたしを映す。
「……ノワ」
「なぁに?」
「もし俺が死んだら、うちの食器棚に隠したドングリをもらってくれ。俺の形見だ」
「死なないよ? ほら、もう大丈夫でしょ?」
「……あ、ホントだ」
ジョゼくんは、ぴょこんと体を起こした。
イネスさんがやって来て、ジョゼくんの頭を軽く叩く。
「虫が湧くからドングリを拾ってくるなって、何度言えばわかるんだい。本当に……本当にこの子は、もう……」
そこまで言って、イネスさんは泣きながらジョゼくんを抱きしめた。
わたしも目頭が熱くなっていく。
……良かった。ジョゼくんを助けることができて本当に良かった。
ジョゼくんたちを招き入れるときに倒さずにはいられなかった闇バチの死体を片づけていたレオンとトマが、台所へ入ってくる。
ギーさんはイネスさんに代わって、ジュールくんを抱っこしていた。
オオカミさんは布に解毒剤を染み込ませて、レオンたちに渡している。
そのことに気づいて、わたしの全身が凍りついた。
「……ジャ、ジャンヌさんは?」
「アイツは風属性の砂嵐魔法で姿を消して、親父さんたちに危険を知らせに行った。俺たちはお嬢さんの魔法に期待して、こっちへ戻ってきたんだ」
「そうですか……」
「ジャンヌの砂嵐魔法は自分にしか使えない代わり、効果が強くて長い。俺たちの存在も囮になったから、今ごろ無事に辿り着いてるさ。心配してくれてありがとうな」
そう言って、ギーさんは微笑んだ。
11
あなたにおすすめの小説
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。
黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。
明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。
そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。
………何でこんな事になったっけ?
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる