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最終話 笑顔が見たい
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「ねえエヴァンジェリン、卒業パーティのパートナーはどうするの?」
自由登校の学園でイレーネ様に尋ねられました。
ハロルド様の件や記憶喪失のことで同情の視線を向けられたりもするものの、記憶がないのでわりと平気です。それを言うとイレーネ様に、本当にのんびり屋さんねえ、と苦笑されてしまいます。
ハロルド様の姿を学園で見ることはありません。
学業の記憶がないのは問題ですけれど、私は記憶を失う前に卒業の手続きを済ませていましたので、もう試験を受けたり課題を提出する必要はありませんでした。
もしかしたら記憶を失う前の私は、ハロルド様を恋人に譲って姿を消すつもりだったのかもしれません。
いえ、もちろんお父様とは離れずに、婚約を解消してカバジェロ伯爵家の領地に引き籠るくらいだったと思いますが。
学園の学業自体は家庭教師からでも学べるもので、学園の本分は人脈作りにあります。
イレーネ様を初めとするお友達とは記憶を失った状態でも仲良くしていただいていますので、もう一度学園に通う必要はなさそうです。
私はイレーネ様と一緒に学園を卒業します。
「お父様がパートナーになってくださる予定なのですけれど、そうでなくても私を心配して王都に留まり続けていらっしゃるので大変そうで。良い方がいらっしゃったらお願いしたいと思います」
「まあ、良かったわ。それでは私の従兄はどうかしら?」
「……イレーネ様の従兄ということは、第二王子のフェリックス殿下であらせられますよね?」
「あら? 第一王子の王太子殿下かも知れなくてよ?」
「先日五歳になられた可愛い盛りのご長男様を置いて、身内のいない学園の卒業パーティへわざわざ参加なさるのですか? いらっしゃるとしても卒業生のパートナーではなく来賓としてでしょう」
第二王子殿下と私達とはかなり年が離れています。
今の王家にはふたりの王子様しかいらっしゃらないので、私達の世代に王族はいませんでした。
「ふふふ、そうね。そうなのよ。王太子殿下のご長男様が五歳になったから、フェリックスお従兄様は婚約者を作れるようになったのよ」
この王国では男女関係なく長子相続制です。
そして第二子は第一子の予備として、次代の跡取りが元気に五歳の誕生日を迎えるまで婚約者を作らない慣習になっています。
とはいえ本当に作らないでいたら適齢期の子女がいなくなってしまうので、実際は裏で婚約者候補を確保しておきます。本当は年の離れたイレーネ様が婚約者候補だったのですが、彼女が第二王子殿下ではなく殿下の護衛騎士に恋してしまったため、その話はご破算になりました。
「本当はあんな花の研究に夢中で四角四面な性格のフェリックスお従兄様に、大切な親友のあなたを紹介する気はなかったのだけれど」
そこまで言って、イレーネ様は微笑みました。
「お従兄様ったら、あなたの笑顔が見たいって恥ずかしそうに言うのだもの」
「私の笑顔ですか?」
「ええ、そうよ」
記憶を失う前、ひとりの聖花祭の悲しみをイレーネ様と分かち合っていた私は、第二王子殿下と彼女の婚約者が巡回を終えてベニテス公爵家を訪れる前に帰路に就いていました。
当時お父様にはハロルド様と出かけたと言って、彼を庇っていたそうです。
第二王子殿下は、イレーネ様のお宅へ向かっているときにすれ違う馬車の中で悲し気に窓から外を見ていた私が気になっていたのだと言います。今年の聖花祭では直接顔を合わせることになったものの、あのときの私は気を失っていました。
「お父様からお伝えしたとは聞いていますが、私からもあのときのお礼をお伝えしたいですし、フェリックス殿下さえよろしければ喜んで」
「わかったわ」
私は学園に入ってすぐに王宮で開催された、十五歳の貴族子女を集めた舞踏会のことを思い出していました。
王太子妃様が第二子をご出産のときだったので、王太子殿下に代わって第二王子殿下が開会の挨拶をしてくださったのです。
先ほどイレーネ様がおっしゃったように花の研究に夢中な方で、舞踏会には興味の無さそうな無表情で四角四面な挨拶をなさいました。
そのときのことを思い返していたら、フェリックス殿下が私の笑顔を見たいと思ってくださったように、私も殿下の笑顔を見てみたいという気持ちが湧いてきました。
いつか記憶が戻ったらハロルド様のことを想って苦しむかもしれません。
でも隣にいるだれかが笑顔を見せてくれたなら、私も笑顔になれるのではないかと思うのです。そのときはきっと私がハロルド様を好きだったころは、遠い思い出になっていることでしょうから。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
卒業パーティの日、我が家へ迎えに来てくださったフェリックス殿下は両手いっぱいに花を抱えていらっしゃいました。
端正なお顔……イレーネ様が四角四面と連呼なさるのはそのせいもあるかもしれません。美し過ぎる方は冷たく見えるものですから……を真っ赤にして渡してくださった花束を受け取った私は、気がつくと笑顔になっていたのです。
笑顔をお見せしたことで満足して帰ってしまわれるかと心配になったのですが、殿下はちゃんと卒業パーティの最後までパートナーを務めてくださいました。そして、その後も──
自由登校の学園でイレーネ様に尋ねられました。
ハロルド様の件や記憶喪失のことで同情の視線を向けられたりもするものの、記憶がないのでわりと平気です。それを言うとイレーネ様に、本当にのんびり屋さんねえ、と苦笑されてしまいます。
ハロルド様の姿を学園で見ることはありません。
学業の記憶がないのは問題ですけれど、私は記憶を失う前に卒業の手続きを済ませていましたので、もう試験を受けたり課題を提出する必要はありませんでした。
もしかしたら記憶を失う前の私は、ハロルド様を恋人に譲って姿を消すつもりだったのかもしれません。
いえ、もちろんお父様とは離れずに、婚約を解消してカバジェロ伯爵家の領地に引き籠るくらいだったと思いますが。
学園の学業自体は家庭教師からでも学べるもので、学園の本分は人脈作りにあります。
イレーネ様を初めとするお友達とは記憶を失った状態でも仲良くしていただいていますので、もう一度学園に通う必要はなさそうです。
私はイレーネ様と一緒に学園を卒業します。
「お父様がパートナーになってくださる予定なのですけれど、そうでなくても私を心配して王都に留まり続けていらっしゃるので大変そうで。良い方がいらっしゃったらお願いしたいと思います」
「まあ、良かったわ。それでは私の従兄はどうかしら?」
「……イレーネ様の従兄ということは、第二王子のフェリックス殿下であらせられますよね?」
「あら? 第一王子の王太子殿下かも知れなくてよ?」
「先日五歳になられた可愛い盛りのご長男様を置いて、身内のいない学園の卒業パーティへわざわざ参加なさるのですか? いらっしゃるとしても卒業生のパートナーではなく来賓としてでしょう」
第二王子殿下と私達とはかなり年が離れています。
今の王家にはふたりの王子様しかいらっしゃらないので、私達の世代に王族はいませんでした。
「ふふふ、そうね。そうなのよ。王太子殿下のご長男様が五歳になったから、フェリックスお従兄様は婚約者を作れるようになったのよ」
この王国では男女関係なく長子相続制です。
そして第二子は第一子の予備として、次代の跡取りが元気に五歳の誕生日を迎えるまで婚約者を作らない慣習になっています。
とはいえ本当に作らないでいたら適齢期の子女がいなくなってしまうので、実際は裏で婚約者候補を確保しておきます。本当は年の離れたイレーネ様が婚約者候補だったのですが、彼女が第二王子殿下ではなく殿下の護衛騎士に恋してしまったため、その話はご破算になりました。
「本当はあんな花の研究に夢中で四角四面な性格のフェリックスお従兄様に、大切な親友のあなたを紹介する気はなかったのだけれど」
そこまで言って、イレーネ様は微笑みました。
「お従兄様ったら、あなたの笑顔が見たいって恥ずかしそうに言うのだもの」
「私の笑顔ですか?」
「ええ、そうよ」
記憶を失う前、ひとりの聖花祭の悲しみをイレーネ様と分かち合っていた私は、第二王子殿下と彼女の婚約者が巡回を終えてベニテス公爵家を訪れる前に帰路に就いていました。
当時お父様にはハロルド様と出かけたと言って、彼を庇っていたそうです。
第二王子殿下は、イレーネ様のお宅へ向かっているときにすれ違う馬車の中で悲し気に窓から外を見ていた私が気になっていたのだと言います。今年の聖花祭では直接顔を合わせることになったものの、あのときの私は気を失っていました。
「お父様からお伝えしたとは聞いていますが、私からもあのときのお礼をお伝えしたいですし、フェリックス殿下さえよろしければ喜んで」
「わかったわ」
私は学園に入ってすぐに王宮で開催された、十五歳の貴族子女を集めた舞踏会のことを思い出していました。
王太子妃様が第二子をご出産のときだったので、王太子殿下に代わって第二王子殿下が開会の挨拶をしてくださったのです。
先ほどイレーネ様がおっしゃったように花の研究に夢中な方で、舞踏会には興味の無さそうな無表情で四角四面な挨拶をなさいました。
そのときのことを思い返していたら、フェリックス殿下が私の笑顔を見たいと思ってくださったように、私も殿下の笑顔を見てみたいという気持ちが湧いてきました。
いつか記憶が戻ったらハロルド様のことを想って苦しむかもしれません。
でも隣にいるだれかが笑顔を見せてくれたなら、私も笑顔になれるのではないかと思うのです。そのときはきっと私がハロルド様を好きだったころは、遠い思い出になっていることでしょうから。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
卒業パーティの日、我が家へ迎えに来てくださったフェリックス殿下は両手いっぱいに花を抱えていらっしゃいました。
端正なお顔……イレーネ様が四角四面と連呼なさるのはそのせいもあるかもしれません。美し過ぎる方は冷たく見えるものですから……を真っ赤にして渡してくださった花束を受け取った私は、気がつくと笑顔になっていたのです。
笑顔をお見せしたことで満足して帰ってしまわれるかと心配になったのですが、殿下はちゃんと卒業パーティの最後までパートナーを務めてくださいました。そして、その後も──
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