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第七話 彼がどんなに悔やんでも死人は蘇らない。
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レアがデュピュイ王国へ嫁いで来てから数ヶ月が過ぎていた。
お披露目夜会での王妃レアの発言はすべて真実だった。
まるで姿形のない精霊になってデュピュイ王国全土を見てきたかのようだった。
南の山岳地帯に住む異教の民の言葉がヴィダル侯爵とリッシュ伯爵の罪を裏付けた。もちろん派閥全体が共犯者でもあった。
すべてはロドルフのせいだった。
父が遺してくれた忠臣を排して、デスティネの言うままにヴィダル侯爵一派を取り立てていたからだ。
彼らは自分達の犯罪行為だけでなく、ほかの派閥貴族からの救援要請も握り潰していた。ヴィダル侯爵一派の領地以外では本当に不作が続いていたのだ。
袂を分かった忠臣達は戻って来てはくれなかった。
それはロドルフを恨んでいるからではなく、手当てもなく王宮から放り出された後に拾ってくれたヴィダル侯爵一派以外の派閥のために尽力しているからだった。
ラブレー大公やアザール公爵が声高に叫ばなくても、異常な状況にヴィダル侯爵一派の関与を察して距離を置き始めた周辺諸国との関係改善に励んでくれているものもいた。ロドルフがデュピュイの国王として生きるのなら、絶対に失ってはいけないもの達だった。
(父上はレア王女との結婚が、余に与えられる最後で最高の贈り物だと言ってくれていたのにな)
レアは祖国のドゥモン王国で冷遇されていたが、どんなに国王が側妃とその子ども達を溺愛していても、正当な跡取りは王妃が産んだ彼女だけである。
無駄な争いを起こさないように沈黙を守っていたものの、王妃の実家ラブレー大公家はレアの後見人であることは公言している。
隣接したリッシュ伯爵の悪行さえなければ、この数百年魔獣の大暴走に襲われることのなかった精霊に守護された土地がラブレー大公領だった。リッシュ伯爵は、人間同士の争いに関与しないという精霊の性質を悪用したのだ。
大公はレア王女の持参金として、自領の中で最も風光明媚として知られる土地をデュピュイ王国へ譲ってくれていた。
彼女の発言でヴィダル侯爵一派を捕らえて調査をしていなければ、その土地も侯爵達に着服されていただろう。
いや、デスティネに強請られたロドルフが与えていたに違いない。
デスティネ──彼女のことを思うとロドルフの血が凍る。
考えてみれば最初からおかしかったのだ。
元伯爵令嬢は父の葬儀で悲しんでいたロドルフに近づいてきて、ほかの令嬢とともに言葉巧みに初恋の少女のことを聞き出していった。
そして数日後、真新しい髪飾りを見せられて自分こそが初恋の少女だと告白されたのだ。先に確認を取るべきだと言ってくれた忠臣達を無視して、ロドルフは舞い上がり彼女に溺れた。そのときもレアが婚約者だったのに。
ロドルフが壊してしまったレアの髪飾りは直せていない。
どんな細工師にも無理だと言われた。
調査のついでに異教の民の名匠にも話してみたのだけれど、これは人間の技術では無理だと首を横に振られた。宝石を削って、こんなに薄い花びらにすることは出来ない。精霊が花をそのまま宝石にしたとしか思えない、と。
(レア……)
ロドルフは彼女の瞳を覚えていた。
婚礼の間、なにかに期待するように自分を見つめていた煌めく瞳を。
初夜の床で、なにかを決意したかのように燃え上がる瞳を。そして──
『私がお守りします。ずっとずっと、ロドルフ様のことを愛します』
ラブレー大公領でしか咲かない白い花の花畑で誓ってくれた彼女の、自分を映して輝く瞳を。
あのときは太陽の光だけでない不思議な光が瞬いていた。
今にして思えば、初恋の少女はレアでしかあり得なかった。亡くなった父はラブレー大公の親友だったのだ。
ヴィダル侯爵一派に気をつけろと言われたことはあっても、父が親しくしていると聞いたことはない。
母親を亡くしたばかりの幼い王子をリッシュ伯爵家へ連れて行くはずがなかった。
同じように母を亡くして悲しんでいる親友の姪に会わせることはあっても。
レアは死んでしまった。
あの夜にロドルフが殺してしまったのだ。
ロドルフがヴィダル侯爵一派の悪行の証拠を掴み、犠牲者達を救い出したと話すと彼女は微笑むけれど、その瞳に光はない。ロドルフの調査より前に死んでしまった犠牲者が生き返らないように、レアの心も生き返らない。
お披露目夜会での王妃レアの発言はすべて真実だった。
まるで姿形のない精霊になってデュピュイ王国全土を見てきたかのようだった。
南の山岳地帯に住む異教の民の言葉がヴィダル侯爵とリッシュ伯爵の罪を裏付けた。もちろん派閥全体が共犯者でもあった。
すべてはロドルフのせいだった。
父が遺してくれた忠臣を排して、デスティネの言うままにヴィダル侯爵一派を取り立てていたからだ。
彼らは自分達の犯罪行為だけでなく、ほかの派閥貴族からの救援要請も握り潰していた。ヴィダル侯爵一派の領地以外では本当に不作が続いていたのだ。
袂を分かった忠臣達は戻って来てはくれなかった。
それはロドルフを恨んでいるからではなく、手当てもなく王宮から放り出された後に拾ってくれたヴィダル侯爵一派以外の派閥のために尽力しているからだった。
ラブレー大公やアザール公爵が声高に叫ばなくても、異常な状況にヴィダル侯爵一派の関与を察して距離を置き始めた周辺諸国との関係改善に励んでくれているものもいた。ロドルフがデュピュイの国王として生きるのなら、絶対に失ってはいけないもの達だった。
(父上はレア王女との結婚が、余に与えられる最後で最高の贈り物だと言ってくれていたのにな)
レアは祖国のドゥモン王国で冷遇されていたが、どんなに国王が側妃とその子ども達を溺愛していても、正当な跡取りは王妃が産んだ彼女だけである。
無駄な争いを起こさないように沈黙を守っていたものの、王妃の実家ラブレー大公家はレアの後見人であることは公言している。
隣接したリッシュ伯爵の悪行さえなければ、この数百年魔獣の大暴走に襲われることのなかった精霊に守護された土地がラブレー大公領だった。リッシュ伯爵は、人間同士の争いに関与しないという精霊の性質を悪用したのだ。
大公はレア王女の持参金として、自領の中で最も風光明媚として知られる土地をデュピュイ王国へ譲ってくれていた。
彼女の発言でヴィダル侯爵一派を捕らえて調査をしていなければ、その土地も侯爵達に着服されていただろう。
いや、デスティネに強請られたロドルフが与えていたに違いない。
デスティネ──彼女のことを思うとロドルフの血が凍る。
考えてみれば最初からおかしかったのだ。
元伯爵令嬢は父の葬儀で悲しんでいたロドルフに近づいてきて、ほかの令嬢とともに言葉巧みに初恋の少女のことを聞き出していった。
そして数日後、真新しい髪飾りを見せられて自分こそが初恋の少女だと告白されたのだ。先に確認を取るべきだと言ってくれた忠臣達を無視して、ロドルフは舞い上がり彼女に溺れた。そのときもレアが婚約者だったのに。
ロドルフが壊してしまったレアの髪飾りは直せていない。
どんな細工師にも無理だと言われた。
調査のついでに異教の民の名匠にも話してみたのだけれど、これは人間の技術では無理だと首を横に振られた。宝石を削って、こんなに薄い花びらにすることは出来ない。精霊が花をそのまま宝石にしたとしか思えない、と。
(レア……)
ロドルフは彼女の瞳を覚えていた。
婚礼の間、なにかに期待するように自分を見つめていた煌めく瞳を。
初夜の床で、なにかを決意したかのように燃え上がる瞳を。そして──
『私がお守りします。ずっとずっと、ロドルフ様のことを愛します』
ラブレー大公領でしか咲かない白い花の花畑で誓ってくれた彼女の、自分を映して輝く瞳を。
あのときは太陽の光だけでない不思議な光が瞬いていた。
今にして思えば、初恋の少女はレアでしかあり得なかった。亡くなった父はラブレー大公の親友だったのだ。
ヴィダル侯爵一派に気をつけろと言われたことはあっても、父が親しくしていると聞いたことはない。
母親を亡くしたばかりの幼い王子をリッシュ伯爵家へ連れて行くはずがなかった。
同じように母を亡くして悲しんでいる親友の姪に会わせることはあっても。
レアは死んでしまった。
あの夜にロドルフが殺してしまったのだ。
ロドルフがヴィダル侯爵一派の悪行の証拠を掴み、犠牲者達を救い出したと話すと彼女は微笑むけれど、その瞳に光はない。ロドルフの調査より前に死んでしまった犠牲者が生き返らないように、レアの心も生き返らない。
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