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【39】モンスター

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「…シリアリス、見てた?ギリギリ間に合った、よね?」
と、真顔のヒマリ。
「はい。カウントは残り6.43秒の時にコンソールの破壊を確認しています。
すでに残りカウントダウンは終了していますが、何も起こりません。
―間に合いました」
クリスは、三代目の元へと走っていた。
あの強気な少女が涙を隠そうともせずに、どかりと床に座ったオグルへととびついていた。
ヒマリもその場にへたりこむ。
シリアリスは彼女の主人の横にちょこんと座る。
「…シリアリス。
あの青い輪、魔法陣だったよね。アレが船を揺らしたんだ」
「はい、ヒマリ。
最後の魔導儀式は始まっている時間です。オペレーションDGYによる魔法陣と思われます」
「うん…」
ヒマリは、それ以上言葉も出なかった。表情も変えられなかった。
見ていただけだとは信じられなかった。それほどに気力も体力も使い果たしていた。
そしてそれは言うまでもなく、三代目勇者はなおさらの事だった。
彼が、座り込んだまま立とうともしていない。泣き叫ぶクリスの頭を撫でてやることすらしていない。

決闘の間ヒマリが忘れていた母船の爆発音が再開していた。
いや、ずっと鳴っていたが、全く意識から消えていた。
傾いた床、より激しくなった爆発に、ここは基地ではなく乗り物の中だった事を思い出していた。今まさに沈まんとする船の中だと思い出していた。
そんな薄暗い部屋で、クリスだけが嗚咽をもらしていた。

―そこに、一羽の鳥、だろうか。コウモリだろうか。いつの間にか、真っ黒な何かが飛んでいた。
ベンタブラックの鳥が、空間に存在するにも関わらずシルエットのみしか見えないその鳥がバサリと羽ばたきながら四人の前に降りた。
その鳥らしきものは静かに背中を盛り上げ、そのままぬるり、と人の形へと姿を変えていく。
折りたたまれた翼は背中へと消えた。
中世貴族のような衣装。タイトなスーツに、長い裾。しかし全てが真っ黒だった。真っ黒なスーツの中に、赤黒いインナーと、そして唯一真っ白な手袋をひらひらと、からかうように泳がせる、ヒトのような羊の男。羊のような青白い肌の男。
その男が現れてから、宇宙船内での爆発が遠くに聞こえる。
徐々に上昇していた室温が5度下がった。
ヒマリがそう感じたのではなく、事実として音も熱も遠ざかっていた。

―魔族。
見た目だけではない。ただの異種族とは思えない空気がそこにあった。
ヒマリがこれまでに見た異世界人。エルフもオークもオーガ、ゴブリン、ドワーフ、ノーム、そして霧に変身できるヴァンパイア・ファルリエットでさえ―
ヒマリは全て『人類』として認識していた。
その彼女の脳がここで初めてその男だけを『魔族』と認識した。

「勇者のみなさんお疲れ様でした。
早速ですが参りましょう。我が主神クヴァリフィーキ=ペーティヴォーキ・マル=ペルメスィータが157年ぶりに顕現されます。
安全な場所までご案内します」
地を這うようなーというのだろうか。遠く遠く、深い洞窟の奥底から響くかすかな重低音のように、男の声がどこからか響いた。
言い終えた男は異様に長い指をくるりと回しながら二言三言、魔術術式を詠唱する。
四人の前に、ポータルが浮かぶ。
―この男は、あのファルですら不可能だったUFO内部への侵入をあっさりとやってのけた。それも、完全に見計らったかのようなタイミングで、だ。きっとあのファルと同等かそれ以上の力を持っているのだろう。
それでも、本能が怪異と告げるその存在を前にしてなおヒマリは不快さを全く隠そうとしなかった。
「…正直さ、魔族はもっと協力すべきだったと思うよ?あなたたちもこの世界の住人でしょ」
ファルさんのように、あの子のように戦うべきだった、と言いかけたがヒマリは言葉を飲み込んだ。
「…異世界人の言葉です。聞かなかったことにしてあげましょう」
「はあ?何それ。聞いた事でいいよ。
―行こう、三代目さん、クリス」
不機嫌そうに、シリアリスの手を引いてヒマリは遠慮なくポータルの向こうへと踏み込んでいった。
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