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特別な感情
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シルヴィはひとり怒っていた。
父はアングラード侯爵と親交があり、子ども同士を婚約させるほどの仲だというのに今回の件で事前に何も知らされていない訳がない。にもかかわらず、シルヴィには何一つとして教えてくれなかった。
これではまるで自分は全くの部外者のようだった。
「レオ様や侯爵様がお前に仰らなかったことをどうして私の口から言える?」
「レオ様と交流がないことはお父様だって知ってるはずよ?なのにどうやって話を聞き出せとおっしゃるの?」
「私にだって勝手に立ち入ることが許されない。相手は侯爵家だ、立場が違いすぎる。」
「そんなこと!!」
父親の言いたいことくらい分かっていた。
自分が怒りの矛先を父親に向けることしかできないのも、全てがもどかしかった。
こんな風になることを恐れていた。だからレオには関わりたくなかったのだ。なるべく特別な感情を持たないようにしていたはずだったのに、既にシルヴィにとってレオの存在は──どこか他人とは違うものになってしまっていた。
この1年の努力は、完全に無駄だったことになる。
レオに会いたい。会ってただ無事を確認したい。
今更ながら強くそう考えている自分がいた。
父親は珍しく感情をあらわにしているシルヴィに戸惑いながら、ふと疑問を口にした。
「シルヴィ、一つ確認しておきたい。お前は一体何を知りたいんだ?」
「何って?」
「遠征先で起きた事故の詳細が知りたいわけじゃないんだろう?お前が聞きたいのは何故レオ様が婚約を破棄されたのか、そこか?」
「いいえ、それははじめから覚悟していたことですから。」
父親はそうだろうというように頷きながらシルヴィが続きを話すのを待った。
シルヴィは息を吐くと、伏し目がちに答えた。
「婚約破棄の手紙を受け取った時、レオ様はご無事なんだと聞きました。それなのにいつまで経っても帰ってこられないどころか処分まで発表されて。あまりにも不自然です。公の場に姿をみせられないということはもしかして、レオ様の身に何かあったんじゃありませんか?大怪我を負われたとか、あるいは亡くなっているとか?」
「シルヴィ?」
「自分が不謹慎なことを口にしているという自覚はあります。」
伯爵は大きなため息を付くと腕を組んでどっかりとソファに腰をおろした。
「……それで?お前はレオ様がご無事だということを確認できたらそれで満足なのか?その後は?一体どうするつもりだ?」
「え?ご無事を確認できたら?」
「そうだ。確認できたら?」
予想外の父親の追求に、シルヴィはもごもごと口ごもった。
やはり、父親は口にしないだけで侯爵家の事情を把握している、間違いない。
「……指輪を。あの指輪をお返しします。」
「指輪?」
「手紙を受け取った翌朝届いた指輪です。侯爵様には受け取っていただけなかったのでまだ私が持ったままです。」
「あぁ、あれか。お前の名が彫ってあった、例の。」
「あんな高い指輪、はいそうですかと簡単に受け取る訳にはいきません。」
何度目かの深い溜め息が聞こえた。シルヴィは父親がどう答えるのか固唾をのんで見守った。
伯爵は組んでいた腕を解くと頭をボリボリとかいた。
「シルヴィ、私には指輪はレオ様に会うための口実としか思えないんだが。」
伯爵の言い分は最もだった。指輪を返すというのは実際のところどうだっていい話で、むしろ口実としか言いようがない。シルヴィの考えていることくらいお見通しという訳だ。
シルヴィは自分がなぜここまでレオに会いたいと思うのか、正直よく分からなかった。
「確かに、指輪は口実にすぎません。でも、お会いできたからと言って特別何か聞きたい事や伝えたい事があるわけでもなくて。ご無事をこの目で確認できたらただそれだけでいいんです。」
伯爵はふと顔を上げると真剣な面持ちになった。
「今まで会ったことがないんだろう?お前はレオ様のことが好きなのか?」
「好きですよ?むしろ嫌いになる理由があったら教えて下さい。」
「いや、まぁそれはそうだが。」
「この1年間婚約者だった方ですし、エマ夫人にもよくしていただきましたから。どうしていらっしゃるのか心配なだけです。」
伯爵はシルヴィの言葉を受けしばらく何かを考えているようだったが、ようやく決心がついたのか頷きながらソファから立ち上がった。
「分かった。ただ無事を確認したいだけだと言うのならば、侯爵に言ってみる。だがあまり期待はするな、いいな?」
シルヴィは静かに頷くと父親に向けて小さくお礼を言った。
レオはこれまで非の打ち所のない人生を歩んできた。そして遠征から帰ってきたら成人し、晴れて好きな人と結ばれ侯爵家を継ぐ──その予定だった。
シルヴィが婚約者としてこの1年間過ごすことになったのは、レオに宛てて届くご令嬢からの数々のお誘いを体よく断るためだ。
身分の高い貴族たちがよく使う手段で、成人するまでの仮の婚約者を置くことで縁談や出会いは必要としていないということを周囲にアピールするためのものだった。
特定の決まった相手がいればその人と早々に婚約をしてしまえばいいが、相手がいなかったり、特殊な事情がある場合はレオのように親同士が話し合いの上で仮の相手を立てるのが慣例だった。
そして通常であれば成人を迎えるとその仮の婚約は解消され、後の事は本人の意思に委ねられる。
先日シルヴィがエマ夫人に最後の挨拶に伺った際に言われたのはこのことだった。
『 本当は帰還して成人の儀が終わった後で今後の事はじっくりと話し合う予定だったのに── 』
父親の反応を見る限りではレオは無事である可能性が高くなってきた。しかしこのままレオは戻らず、侯爵夫妻との話し合いも全て終わったということになるのだろう。
身分を捨て姿をくらまさなければならないような事情が何であるのか。シルヴィには全く想像がつかなかった。
このままうやむやにして、人々の記憶から消えていくことをレオは本当に望んでいるのだろうか?
父はアングラード侯爵と親交があり、子ども同士を婚約させるほどの仲だというのに今回の件で事前に何も知らされていない訳がない。にもかかわらず、シルヴィには何一つとして教えてくれなかった。
これではまるで自分は全くの部外者のようだった。
「レオ様や侯爵様がお前に仰らなかったことをどうして私の口から言える?」
「レオ様と交流がないことはお父様だって知ってるはずよ?なのにどうやって話を聞き出せとおっしゃるの?」
「私にだって勝手に立ち入ることが許されない。相手は侯爵家だ、立場が違いすぎる。」
「そんなこと!!」
父親の言いたいことくらい分かっていた。
自分が怒りの矛先を父親に向けることしかできないのも、全てがもどかしかった。
こんな風になることを恐れていた。だからレオには関わりたくなかったのだ。なるべく特別な感情を持たないようにしていたはずだったのに、既にシルヴィにとってレオの存在は──どこか他人とは違うものになってしまっていた。
この1年の努力は、完全に無駄だったことになる。
レオに会いたい。会ってただ無事を確認したい。
今更ながら強くそう考えている自分がいた。
父親は珍しく感情をあらわにしているシルヴィに戸惑いながら、ふと疑問を口にした。
「シルヴィ、一つ確認しておきたい。お前は一体何を知りたいんだ?」
「何って?」
「遠征先で起きた事故の詳細が知りたいわけじゃないんだろう?お前が聞きたいのは何故レオ様が婚約を破棄されたのか、そこか?」
「いいえ、それははじめから覚悟していたことですから。」
父親はそうだろうというように頷きながらシルヴィが続きを話すのを待った。
シルヴィは息を吐くと、伏し目がちに答えた。
「婚約破棄の手紙を受け取った時、レオ様はご無事なんだと聞きました。それなのにいつまで経っても帰ってこられないどころか処分まで発表されて。あまりにも不自然です。公の場に姿をみせられないということはもしかして、レオ様の身に何かあったんじゃありませんか?大怪我を負われたとか、あるいは亡くなっているとか?」
「シルヴィ?」
「自分が不謹慎なことを口にしているという自覚はあります。」
伯爵は大きなため息を付くと腕を組んでどっかりとソファに腰をおろした。
「……それで?お前はレオ様がご無事だということを確認できたらそれで満足なのか?その後は?一体どうするつもりだ?」
「え?ご無事を確認できたら?」
「そうだ。確認できたら?」
予想外の父親の追求に、シルヴィはもごもごと口ごもった。
やはり、父親は口にしないだけで侯爵家の事情を把握している、間違いない。
「……指輪を。あの指輪をお返しします。」
「指輪?」
「手紙を受け取った翌朝届いた指輪です。侯爵様には受け取っていただけなかったのでまだ私が持ったままです。」
「あぁ、あれか。お前の名が彫ってあった、例の。」
「あんな高い指輪、はいそうですかと簡単に受け取る訳にはいきません。」
何度目かの深い溜め息が聞こえた。シルヴィは父親がどう答えるのか固唾をのんで見守った。
伯爵は組んでいた腕を解くと頭をボリボリとかいた。
「シルヴィ、私には指輪はレオ様に会うための口実としか思えないんだが。」
伯爵の言い分は最もだった。指輪を返すというのは実際のところどうだっていい話で、むしろ口実としか言いようがない。シルヴィの考えていることくらいお見通しという訳だ。
シルヴィは自分がなぜここまでレオに会いたいと思うのか、正直よく分からなかった。
「確かに、指輪は口実にすぎません。でも、お会いできたからと言って特別何か聞きたい事や伝えたい事があるわけでもなくて。ご無事をこの目で確認できたらただそれだけでいいんです。」
伯爵はふと顔を上げると真剣な面持ちになった。
「今まで会ったことがないんだろう?お前はレオ様のことが好きなのか?」
「好きですよ?むしろ嫌いになる理由があったら教えて下さい。」
「いや、まぁそれはそうだが。」
「この1年間婚約者だった方ですし、エマ夫人にもよくしていただきましたから。どうしていらっしゃるのか心配なだけです。」
伯爵はシルヴィの言葉を受けしばらく何かを考えているようだったが、ようやく決心がついたのか頷きながらソファから立ち上がった。
「分かった。ただ無事を確認したいだけだと言うのならば、侯爵に言ってみる。だがあまり期待はするな、いいな?」
シルヴィは静かに頷くと父親に向けて小さくお礼を言った。
レオはこれまで非の打ち所のない人生を歩んできた。そして遠征から帰ってきたら成人し、晴れて好きな人と結ばれ侯爵家を継ぐ──その予定だった。
シルヴィが婚約者としてこの1年間過ごすことになったのは、レオに宛てて届くご令嬢からの数々のお誘いを体よく断るためだ。
身分の高い貴族たちがよく使う手段で、成人するまでの仮の婚約者を置くことで縁談や出会いは必要としていないということを周囲にアピールするためのものだった。
特定の決まった相手がいればその人と早々に婚約をしてしまえばいいが、相手がいなかったり、特殊な事情がある場合はレオのように親同士が話し合いの上で仮の相手を立てるのが慣例だった。
そして通常であれば成人を迎えるとその仮の婚約は解消され、後の事は本人の意思に委ねられる。
先日シルヴィがエマ夫人に最後の挨拶に伺った際に言われたのはこのことだった。
『 本当は帰還して成人の儀が終わった後で今後の事はじっくりと話し合う予定だったのに── 』
父親の反応を見る限りではレオは無事である可能性が高くなってきた。しかしこのままレオは戻らず、侯爵夫妻との話し合いも全て終わったということになるのだろう。
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