四角いリングに恋をして

根本宗一郎

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最終章

団体崩壊と高校再入学

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 その話では結局のところ本当にカンフーマスクの正体は日本人の偽名である坂本牧夫を名乗った不法滞在者の中国人である李牧だったと云うのである。警官の立会いの下李牧と面会したストロング西川の話では不法滞在者であるが故に李牧は一般社会等でサラリーマンとなったり、アルバイトをして生計を立てる事が不安だったらしく、その為に素顔を隠せる覆面レスラーとなって金銭を得る方法を思い付いて四年前に浦和アカデミックプロレスに入団して来たのだった。その時も海外のプロレス団体でカンフーマスクとして活躍したと云う偽の実績を偽ってストロング西川と面接したのだと云う。当然当時面接した時も覆面レスラーと云う特性上李牧はカンフーマスクの覆面を被った状態でストロング西川に相対したようである。ここで通常であればストロング西川も懐疑心を抱いても良いようなのに、面接の後に基礎体力テストとしてヒンズースクワット二千回や腕立て伏せ連続百回を命じれば、難なく李牧は覆面を被った状態でその課題をクリアしたのでストロング西川は海外のプロレス団体で活躍していたと云う経歴をあっさりと信じてしまったのだった。また今から四年前と云うと二〇〇七年の事なのでYOUTUBEも普及し切っていなかった状況も李牧にとっては運が良かったかもしれない。YOUTUBE等を通してストロング西川がカンフーマスク事李牧の海外のプロレス団体での活躍を確かめようがなかったからである。

 そして結局はそうした過去や浦和アカデミックプロレスを家宅捜索して関係物を発見出来なかった点を警察側が斟酌した為に李牧の麻薬密輸の犯罪とストロング西川を含めた浦和アカデミックプロレスの全選手は無関係だったと断定されて全ては不問に付されたのだった。だがもっと驚くべきなのはカンフーマスク事李牧がこの四年間全くプロレスの練習等していなかった事である。と云っても入団当初からこの倉庫の練習場に来なかった訳ではなく一ヵ月程は来ていたらしいが、それ以降は「自主トレーニングをするから」とか「代わりに興行のチケットを沢山売るから」とか言って来なくなってしまったのだと云う。李牧としては練習場に来続けるとひょんな事から自分が中国人である事がバレてしまうとでも思ったのだろうか。兎も角普段李牧は中国から密輸されてくる麻薬を池袋の中国マフィアに手配していた訳で練習どころではなかったに違いない。それでも昨年の岡田がデビューした後楽園ホールではムーンサルトプロレスを決めたり、激しい打撃技を打ち込んでいたのでそのナチュラルな身体能力には達也はただただ脱帽するばかりだった。またストロング西川も「通りでこの四年間、会場には中国人と思しき観客が多かった訳だよ。リングサイドなんてガラの悪そうな中国人ばっかりだったしなぁ」と別の意味で驚いているようでもあった。且つ皆それぞれがこの事件が大事にならなければいいとも思っているようである。

 しかし皆の期待に反してこの事件は面白おかしく世間で取り上げられる事となってしまった。覆面レスラーの正体が不法滞在中の中国人だったと云うスキャンダルに仕立て上げられ、プロレス雑誌だけでなく一般の週刊誌にも取り上げられてしまったからである。そのおかげでプロレス団体としての知名度は向上したものの浦和アカデミックプロレスは一般社会でもプロレス界でもやはり色物として見られるようになったしまったみたいである。それでそうなってしまうと全ては総崩れとなってしまった。今まで浦和アカデミックプロレスのスポンサーとなってくれていた関東近辺の中小企業が一気に離れてしまったからである。一般的に浦和アカデミックプロレスのような埼玉県でこじまんりと活動しているような小規模団体には当然地上波のテレビ放映等されていないし、知名度もない為に資金力のある大企業のスポンサー等基本的には付く事はない。それ故に数十社の中小企業が浦和アカデミックプロレスのスポンサーとなってくれていたのだったが、それがカンフーマスク事件に寄り全ての会社がスポンサーから降りてしまったのだった。

 そうなってしまうと団体の斜陽は止めようもなかった。後楽園ホールで興行を打つ事はおろか、それ以下の小規模の会場で興行を打つ事さえ出来なくなってしまったからである。仮にそれらの会場で興行を打って赤字が出たとしても助けてくれるスポンサーはもういなくなってしまったからだ。またカンフーマスク事李牧が今まで営業も兼ねる形でチケットを売ってくれていた働きがなくなってしまった事もボディーブローのように団体経営に響いて来ていた。勿論達也も含めて浦和アカデミックプロレスの全選手が知り合いや友達等にチケットを買ってくれるように動いていたのだが、カンフーマスク事李牧がかつて売り捌いていたチケットの量には程遠かった。普段カンフーマスク事李牧は練習場に来ないだけに達也達の四倍はチケットを売り捌いてくれていたからである。正しくカンフーマスク事李牧の存在は浦和アカデミックプロレスにとって諸刃の剣と言えるような存在だったのである。

 このままでは団体が崩壊してしまうと思った全八人の選手達は新たなスポンサーを獲得しようとして機敏に動いたが、全ては徒労に帰した。要は「犯罪者を匿うようなプロレス団体に金は出せない」と言うのだった。達也が何度もカンフーマスク事李牧の正体を社長であるストロング西川含め所属レスラー全員が知らなかったのだ、と説明しても中小企業の重役からしてみれば少しガタイの良い十九歳の兄ちゃんがスーツを着て誤魔化しを言っているだけに映るらしく、事態を好転させる事は一切出来なかったのである。そればかりか、そもそも達也の事等門前払いの中小企業が大半であった。しかしそれは達也だけでなくストロング西川を含めた他の全員も同様だったようで結局浦和アカデミックプロレスは新たなスポンサーを獲得する事等出来ずに季節は十月へと移ったのである。

 こうなってしまうともう運命は変えようもなかった。十月の某日にストロング西川は浦和アカデミックプロレスの倉庫の練習場に主だったプロレスマスコミを集めて団体の解散を宣言したからである。しかも解散興行は来月十一月の五日の土曜日に新宿区歌舞伎町にある新宿FACEで行うとも発表した。こうして1996年に旗揚げされた浦和アカデミックプロレスは活動期間十五年の歴史を持ってプロレス界から姿を消す事になったのである。その中で達也は解散興行も含めて僅か三回しか浦和アカデミックプロレスの興行を体験出来ずにレスラー生活に幕を閉じる事になってしまったのだった。ただレスラー生活に幕を閉じるのは新人である岡田と達也だけでサバイバル原口は新日本プロレスに移籍するようだったし、ミスター・ホーはこれを機にベトナムに帰って向こうでプロレス団体を旗揚げするようだった。プリティ大山も今度は女子プロレス団体に一から入団し直すようであった。一方相模川は元十両力士と云った経歴を生かして海外のプロレスで稼いでいくつもりらしいし、柴田は未だ達也と同じ19歳の若さ故に国内でフリーランスのプロレスラーとして活動していくようだった。だから達也も柴田と同じように国内でフリーランスのプロレスラーとして活動してみる道もあったのだったが、浦和アカデミックプロレスに強い愛着を抱くようになっていた達也は浦和アカデミックプロレスの解散と共にプロレスラーを引退する道を選んだのである。因みに達也が岡田にその決意を打ち明けたところ岡田も同じ思いで引退する事を口にしていたのだった。

 最終月である十月にストロング西川に出された課題図書は戦中や敗戦直後に無頼派として活躍した元オリンピック選手の作家の小説だった。プロデビューしてからも新人と云う立場である以上岡田と達也は未だ課題図書を毎月義務付けられていたのである。そして今回達也に義務付けられたその小説はその作家が十九歳の時に1932年のロサンゼルスオリンピックに参加した時の事を書いた私小説であり、これはストロング西川が達也が今十九歳である事を知って選んで来たものらしかった。しかしその小説の舞台となっている昭和初期と今とでは時代背景が全く違うし、主人公はボートの日本代表のオリンピック選手と云う華々しさであるのに対し、自分は来月団体が解散してしまえばただの高校中退の元プロレスラーと云う経歴しか残らないので、はっきり言って主人公に嫉妬心が喚起されるばかりだった。ただその小説は主人公がロサンゼルスへと向かう豪華客船の中で陸上競技の高跳びの女選手に片思いをする物語であったので、その淡い恋心には共感出来たものだった。

 十一月六日の解散興行では達也は第一試合で岡田と対戦する事となっていた。当初の予定では達也が岡田に試合開始から十分程度でフェースロックを掛けられて敗れる予定となっていた。しかし興行が行われる前日になって岡田が達也に引き分けにしようと持ち掛けてきたのだった。おまけにお互いレスラー人生最後の試合だから岡田は達也にドラゴンスクリューを掛けさせる事を、達也は岡田に場外でプランチャ(リング上からリング下の相手に向かって身体を投げかける飛び技)を受けてもらう約束もした。一応練習場のリングを使ってドラゴンスクリューやプランチャを互いに繰り出してリハーサルもしたものである。だが相変わらず張り手やローキックに関してはお互いに本気で行こうと云う結論に至りそれで一方が失神して負けても仕方ない事だと二人は納得するのだった。

 さて初めて入った新宿FACEは後楽園ホール等に比べるとやけに小さく、またそれだけに閉塞感と息苦しさを感じさせる空間であった。けれども本日は浦和アカデミックプロレスの解散興行当日である。例えそんな辛気臭い狭い空間であったとしても、観客を興奮させるような面白いプロレスを披露して熱狂状態を生み出せばいいだけの話である。こんな時こそプロレスラーらしさを打ち出していけばいいだけなのである。とは言っても達也は当初新宿FACEの会場が新宿区の歌舞伎町の中にあると知って「行きたくないなぁ」と云う拒否感を覚えたが、浦和アカデミックプロレスの全員でJRを乗り継いで共に歌舞伎町へと歩いて行った為か結局のところ何ら抵抗感を抱かずにそこへと入る事が出来たのだった。そもそもここが解散興行の会場となったのはこの収容人数六百人程度の箱さえ埋め合わせる事が精一杯だったからだった。本当は十五年間もプロレス団体として活動してきたのだから最後は両国国技館や日本武道館で華々しく解散興行を行っても良さそうなものだが、そんな事は夢のまた夢で後楽園ホールはおろかこの新宿FACEでさえ満員とする事が関の山と云ったところだったのである。要はカンフーマスクの事件がなくても既に浦和アカデミックプロレスの人気は相当低迷していたと言えるだろう。

 またこの日の観客の大半は浦和アカデミックプロレス所属のレスラーの知り合いや友人、そして地元さいたま市浦和区の今まで浦和アカデミックプロレスの興行があるたびにその興行用ポスター等を壁に快く張らせて頂いた商店街の関係者でもあった。尚且つそれらの人達がそれぞれの友人や知人に解散興行のチケットを渡してくれたりしていたのである。その相乗効果によって何とか満員御礼とする事が出来たと云う事が実情であった。ただその事を皆痛感している為に今日の試合は今まで以上に熱い試合をしてやろうと云う意気込みもまた人一倍であっただろう。特にその中にあって今日が引退試合ともなる達也と岡田の二人は誰よりもその想いが強かったに違いない。達也も岡田もかなり念入りにウォーミングアップをしてコスチュームを素早く着用する等一切の行動に余念がなかったからである。

 そのようにして待ちに待った第一試合は岡田の入場から始まった。岡田が入場テーマ曲に設定しているのはけたたましいロック調の音楽である。その人をハイテンションにさせるような曲調に観客は手拍子で盛り上がっているようだった。一方の達也は何故か自身の入場テーマ曲に映画「男はつらいよ」の主題歌を掛けて、観客の耳目を惹いた。十九歳とは思えない渋い選曲に爆笑している観客も僅かながらにいる。それはプロレスラーの入場テーマ曲には相応しくなかっただろうが、一定のインパクトを与える事は出来たようであった。そして最後のリングへと達也は上がるとこの新宿FACEの会場は規模が小さいだけに後楽園ホール等とは異なり隅々の観客の様子まで分かる事が何よりも意外で嬉しかった。視点を対角線上の岡田へと移せば、岡田は凛々しくて引き締まった表情をしながら達也の事を見据えていた。どうやら岡田は気合十分の様子である。

 最後の選手コールはやはり島村香織の担当であった。島村香織と達也がこうして会う事も団体が解散してしまえばなくなるのでおそらく今日が最後であろう。そう思うと寂しい気持ちがしたが、新たな旅立ちとも感じたので未練は一切なかった。兎も角岡田と熱い良い試合がしたいと、達也が今願う事はそれだけである。最初に岡田が選手コールされると岡田の方に紙テープの束が飛んだ。お互いが引退試合である事をプロレスマスコミに明かしているだけにそれは相当の量である。しかしそれは達也の場合も同様で次に選手コールされると岡田に負けていない量の紙テープが達也の方にも投げ込まれたのだった。それを二人の試合に対する期待感と受け取った達也は戦闘モードのスイッチがここでしっかりと入ったものだった。レフリーに促されて対面した際に握手をすると見せかけて岡田に強烈な張り手を叩き込んだからである。それを見てレフリーはリング下の島村香織にゴングを鳴らすようにすぐさま要請した。

 そんな達也の不意打ちで始まった試合だったが、岡田が形勢を逆転させるのは非常に早かった。達也が張り手を打ち込んで岡田は倒れたが、倒れた後に直ぐにしゃがみ直して達也の両脚を両手で掬って達也の事も倒したからである。それは不意打ちには不意打ちで返すと云った表現がピッタリで試合は開始当初から緊迫感が生ずる事となった。観客もそれを敏感に感じ取って選手コールの時とは打って変わってシーンと静まり返っている。だがリング上はそんな観客の様子には構わず、激しい打撃戦の応酬が繰り広げられるのだった。達也が張り手を一発放てば岡田は負けじと張り手を二発も返して来、それに対して達也が張り手を連続して三発打ち込めば、今度は岡田が張り手とローキックを交互に二回も放ってくるのである。お互いが倍返しの精神で攻めていくのである。それと共に観客の歓声もよりヒートアップしていった。

 取り敢えずの打撃技の応酬が済んだ後はリングを所狭しと走り回るロープワークの場面へと移った。このロープワークの動きは通常のプロレスの試合では良く見られるノーマルな要素であったが、ストロング西川がこのロープワークの動きが「わざとらしい」と言って嫌いであった為にこれまでの浦和アカデミックプロレスでは余り取り入れられなかったのだった。しかし今日は解散興行である為に各選手好きな事をやれ!と云うストロング西川の指示の下許された形だった。特に岡田は192cmの110キロの巨体の為に岡田がロープワークで走る時はその迫力により観客からどよめきが起こるのである。三月の無料興行の時にも二人はロープワークの動きをやっていたが、今回はその時以上に岡田のロープワークに観客が反応しているのである。やがてそのロープワークの最中に達也が岡田をロープ際に押しやって場外へと落下させる事に成功した。こうなると「プランチャ」の格好の見せ場となる事を瞬時に察知した達也は少し離れたリング下の岡田に目配せで合図をしてから勢いよくジャンプして岡田へと自身の身体をぶつけていったのである。「オーッ」と云う歓声が落下していく達也の耳にも響いてくるのがよく分かった。

 落下して自身の身体が岡田の身体にぶつかった後はその衝撃でしばし立ち上がれなかったが、レフリーが場外のカウントを数えている事がぼんやりしている頭にも聞こえてくる。浦和アカデミックプロレスのルールではニ十カウント以内にリング上に戻って来れなかった方が負けとなってしまうのである。それが分かっているだけに痛む身体と朦朧とする頭を持ち上げて達也はリング上へと乗り込んでいった。一方の岡田も達也に引き続いてリング上へと駆け上がって来た。その結果に観客はどちらかがリングアウト負けとならなかった事を認識してまた盛り上がり始めるのだった。そして今度はフラフラになって立ち上がった達也に対して岡田が自身の身体をひねりながらドラゴンスクリューを掛けて来た。達也もその岡田から発せられる遠心力に比例して身体が一回転してマットへと叩きつけられる。それで悶絶していると素早く岡田が達也の両肩をマットに押し付けてフォールを決めて来たではないか。また岡田はレフリーに直ぐにカウントに入る事を要請しているようでもあった。

 「ワン、ツー」とレフリーにカウントを叩かれている音が近くで聞こえた。すると達也は咄嗟に全身の力を振り出して身体を跳ね上げたのである。お陰でカウントはツーで終わり負ける事はなかった。急いで立ち上がった達也はまた打撃技を岡田に繰り出していった。今度はカウントを入れられて興奮していた事もあり張り手ではなくグーパンチで岡田の顔面を殴っていた。それで運悪くそれが岡田の鼻に直撃し鼻血が出てしまったようである。これに岡田は激怒し「反則、反則」と言ってきたが、五カウントを数え終わる前に達也がグーパンチの攻撃を止めたので反則負けにはならなかった。結局プロレスにはルール等あってないようなものなのである。ただそれによって頭に血が上った岡田が自身の頭を振り降ろすようにして達也の頭に頭突きしてきたので達也はその余りの痛みにしばし悶絶してしまった。

 そしてそれによってしゃがみかけた達也だったが、その隙を岡田は見逃さずに電光石火の如く後ろに回り込んでジャーマンスープレックスホールドを極めて来たのである。それは綺麗な孤を描いて達也の頭と岡田の頭がマットへと着地した為観ていた観客は思わず固唾を呑んだ事だろう。そのようにして二度も頭に強い衝撃が走った達也は気を失って失神してしまった。詰りはKO負けである。この試合はニ十分一本勝負の試合だったから引き分けに持ち込むのであればニ十分間は岡田の攻撃に耐えなければならなかったが、現実はそう甘くなかったのだろう。これで達也は岡田に島村香織を獲られた上に最後の解散興行ではKO負けを喫してしまったのである。結局達也の浦和アカデミックプロレスでの成績は一勝二敗(うち一敗はカンフーマスクとして)となってしまった。それから担架で運ばれた達也がやっと控室で目を覚ましたのは解散興行の全ての試合が終わって達也を除く全選手と島村香織と関係者がリング上で最後の記念写真を撮った後だった。その最後の最後で浦和アカデミックプロレスにもフラれたような形となった事に達也が何かほろ苦い思いとなったのは当然である。そして翌日には達也は早速寮から荷物を引き払って実家へと戻ったのだった。

 東村山市の自宅から程近い立川市にある定時制の立川高校の教室で達也は学校から支給された教科書を広げていた。今は数学の授業の最中である。今春達也は晴れて定時制の立川高校の高校二年生の編入試験に合格してまた高校生に戻る事となったのである。来月の五月には二十歳の誕生日を迎えるが、飲酒が出来尚且つ選挙権を持っている高校生がいても面白いだろうと達也は思うのである。実はこの定時制高校に編入する前に一度カナダへと行くつもりにもなっていた。そこに浦和アカデミックプロレスの社長であったストロング西川が同団体解散後レスリングスクールを開いていて、そこで未来のWWEのスーパースターの卵を育てているのである。そのストロング西川に達也はマネージャーとして来ないか?と誘われていたのだった。誘われていた当初は前向きに行く気にもなっていたのだったが、如何せん高校を中退して録に英語を身に付けていない状態でもあった為結局その時は断ってしまったのである。ただ代わりにまた学業を始めようと思った達也はこうして様々な年代の人と机を並べる定時制高校へと入学したのだった。

 それで今達也の苦手な数学の授業の最中だったが、教科書で被せて隠した状態で最近気仙沼市にいる岡田から届いた手紙を達也は読んでいた。その手紙には岡田と島村香織が映ったツーショット写真と共に「島村香織と入籍した旨と地元の気仙沼市で復興支援のボランティアに携わりながら妻である島村香織と共にパン屋さんを開いている」等と記してあった。どうやら岡田はパンツ一丁とリングシューズの仕事よりも代わりに長靴を履いてエプロンを掛けて日々パンを焼く仕事に大変満足しているようだった。その嘗てのライバルが可愛い女房と共に幸せそうにパンを焼いている一方でその幸福振りに焼餅を焼いている自分が達也はみっともなく感じる今日この頃なのであった。
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みんなの感想(3件)

イマココ
2023.08.26 イマココ

いやいや本当にこの作品は面白かったですよ。自信を持って下さい。因みに続編はないんですか?

根本宗一郎
2023.08.26 根本宗一郎

すいません。続編は考えていないんです。でもそう言って下さると大変嬉しいです😃

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イマココ
2023.08.26 イマココ

カンフーマスクがまさか逮捕されるとは思いませんでした。非常にドラマチックな展開で面白かったです。

根本宗一郎
2023.08.26 根本宗一郎

ありがとうございます。僕の小説を面白いなんて言って下さり本当に嬉しいです。

解除
2023.05.14 ユーザー名の登録がありません

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根本宗一郎
2023.05.18 根本宗一郎

感想を書いて下さりありがとうございます。僕のこんな拙い小説を面白いなんて言って下さるなんてとても嬉しいです。励みになります。

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