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もはや辿り着けない

誰よりも努力家で、誰よりも孤独で

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「……心は決まったと見た」

 ホワイト先生は俺たちが頷いた時の表情を確認し、開き再び話を再開する。

「救う方法はひとつしかない。元の世界に魂だけで彷徨われている天使様に、自分の意思でこちらに帰っていただくこと。その為にはこちら側の呼びかけを天使様に届ける必要があるんだ。そこで使うのがこの魔導書のもう一つの機関である鎖の力」

 ホワイト先生が差し出したののは学園長が知らず知らずのうちに渡していたのか、いつの間にか彼の手にわかっていた例の魔導書。あの時は確認しそびれたが一ページ目どころか全部真っ黒に塗り潰されてら。それでも白い魔法陣が上に乗っかっているのは一ページ目だけだけれど。

「現状この本が天使様と我々を繋ぐただ一つの架け橋。肉体と精神の分離というトラブルを感知したこの魔導書はいまだに世界と世界を繋ぐ鎖を戦っていないからな。しかしこの本もはや限界。今は残された全リソースを鎖の機関に注いでいると見た。__これともう一つ。なにか天使様がよく使っていた私物……特に心に近しいものは残っていないか?」

「兄貴の説明わかりにくいよ。先ずはさハジメっちの持ち物というか……私物入れとかってない?」

「荷物入れ……あ、鞄があったな。どうぞ」

 スターはブルーブックにハジメのリュックを渡した。最初はこれが異世界の荷物入れか……と呟きながら観察し、突然中身を物色し始めた。一瞬止めようと手が動いたが、学園長にまあまあ落ち着けと優しく止められた。

「これは……携帯電話?」

「お! 異世界式のスマートフォンではないか? 魔術ではなく科学で動く鉄の板さ。ふむ……これは使えるかもな」

 スマートフォン。所謂スターの家ぐらいの上層階級の人間しか所持していない高級品で、俺のような田舎者には一生縁のないシロモノだ。ハジメって元いた世界ではかなりの上流階級なのか? いやでも天界だし、魔術を学ばなくとも生きていける世界だし、先生の言うとおりあれを量産できる技術力があってもおかしくないか、想像もつかないが。

「少し中を見させてもらうぞ……ほう、ロックはかけないタイプか」

「てっ天使様は無防備ですね……」

「まあまあ。その無防備さのおかげでヒント掴めるかもしれんし?」

 ホワイト先生は危険物を扱うような触り方でスマートフォンの操作をはじめた。とは言っても何処どうするのかはさっぱりだったし書いてある言葉も難解で操作は困難を極めた。それでもようやっと視覚的にわかる情報が手に入った。何の気なしにおした箇所がスマートフォンで撮影した写真をまとめる箇所だったらしく、写真の一覧が表示されたのだ。

 栄養の整った食事の写真や運動量を計測したメモがまとめられている。デカデカと『目指せ身長150㎝台!!』と書かれていた。どれだけ画面を切り替えても撮られた曜日を遡ってもそこにあるのはハジメが孤独に戦い続けた戦跡ともいうべき食事の写真と運動量と睡眠量のメモ。

 友達と撮った記念写真もない。心休まる動物や植物の写真もない。観光地で撮った思い出の写真もない。あるのはただ、孤独に自らのコンプレックスと向き合い続けた記録のみ。何も知らない頃ならば努力家な人間という評価で済んだだろう。だが俺たちはアサヒナハジメを知ってしまった。その努力の後は孤独を嫌いそれでも孤独に愛されてしまった彼の古傷のように見えてしまう。

 ホワイト先生は操作方法を覚えるための練習場もしてそこを選んだだけだったようだが、途中からはただ無言で写真を見続けていた。そして最後にスマートフォンを閉じた後、魔導書の隣においた。

「これには彼が何を大事にし、何に人生をかけてきたのかがよくわかる。これを媒介にすれば……いまから私がこの機器を媒介に異世界間を繋ぐ鎖を強化する大魔術を行う。もしこちらのスマートフォン並びに私の身に如何なる異変が起きようと、天使様を救うための必要経費だと思って欲しい」

「え、ちょっと待って下さい! それって大丈夫なんですか?」

「心配は無用。私はこれでも頑丈な方だ。死ぬまでは死なん。ブルーブック、何かあった時はこの愚兄の代わりに両親へ頭を下げて欲しい。頼んだぞ」

「はいはい馬鹿言ってないで。おれの兄貴はそんなんじゃ死なないってわかってるから。命だけじゃなく弟からの信頼も裏切るような真似兄貴はしねえもんな?」

「はは。素晴らしい激励だよ弟」

 本当に仲のいい兄弟だ。俺も……そんなふうにあいつらと話せたらな。ホワイト先生は魔術の準場を足早に始め他の面々もそれを手伝うように動き始める。……待っててくれハジメ。もう絶対に君を孤独にしたくないから。
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