スーパーおてんばプロレスの女神たち ~やさぐれ女社長☆プロフェッショナルへの未知(みち)に挑むの巻~

ちひろ

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日本一刺激的な女子プロレス団体へ

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 「日本女子プロレス界のレジェンド・花形結衣、降臨」というアナウンスに合わせて、軽快な曲が流れると、耳をつんざくような「花形」コールが火を噴いた。日本を、いや世界を代表するプロレス界のスーパースターが姿を見せたのは、ジャパンドームでもなければ、YOKOHAMA武道館でもない。人口二十万人余りの地方都市・おてんば市にある、ニューおてんば温泉の特設会場であった。
 入場シーンはプロレスラーの見せ場のひとつでもあるが、花形から発せられるオーラが、これまたすごいとしかいいようがなかった。会場を埋め尽くしたのは、三百人あまりのプロレスファンである。会場に入りきれず、温泉のロビーや駐車場にも多くのお客さんがあふれ返っていた。車のナンバーをよく見ると、「福島」やら「山形」やら、なかには「新潟」やら「群馬」やら、他県からも多くのファンが押し寄せているようだった。
 ふだんのおてんばプロレスの大会では、マットレスを敷いただけのリングが用いられていたが、この日はジャパンなでしこプロレスの協賛ということもあり、ほんまもんのプロレスのリングが設置されている。
 「ゆ、夢じゃないわよね。一体全体どうして、おてんば市なんかに‥‥」と口にしながら、この日の現場ディレクターに抜擢された安子は、さっきから身震いが止まらなかった。安子自身、プロレスにぞっこんというわけではなかったが、花形のことだけは昔からよく知っていた。女子プロレス界の第一人者としてはもちろん、「ビューティフル・ウーマン」という曲が大ヒットしていて、それこそお茶の間ではお馴染みの存在だったのである。
 日奈子社長が唱えるプロレス事業。口先だけだとばかり思っていたのに、まさか本当に実現するなんて、日奈子社長は天才かもしれないと思わずにいられなかった。
 「おてんば市の皆さん、おばんでーす」。
 慣れた手つきでマイクをつかむと、花形が声を張りあげた。「おばんです」は、このあたりの方言で「こんばんは」という意味であった。きっと日奈子が指南したのだろう。
 「おてんばプロレスとジャパンなでしこプロレス。ふたつの団体は、やはりこうなる運命にあったんですね。RKクイーンやスーパーアサコという二大スターを産んだこの土地で、新たな闘いの火ぶたを切れることに、私は無上の喜びを感じています。今日は初めての合同イベントということで、本当であればRKやアサコも連れてきたかったんですけど‥‥特にアサコはニューおてんば温泉のひとり娘だしね、私と一緒にあいさつをさせるつもりでしたが、本当にごめんなさい。あのふたりは先週からヨーロッパ遠征に行っているので、今日は私ひとりでのあいさつとなりました。こんなオバさんがあいさつしても、つまらないわよね、きっと。
 でもね、今日はおてんば市にゆかりの第三の選手を連れてきましたから、大いに盛りあがってほしいです。RKやアサコにも負けないほど、パワフルなあの選手が、おてんば市に帰ってきましたよ。皆さんどうぞよろしくね」。
 そんな花形からのメッセージに「よし、いいぞ」という声があがった。いつもはゆるゆるっと設定されている会場規定も、今日ばかりはジャパンおてんばプロレスの規定に則っているため、あいにく場内での生ビールは禁止。ふだんは最前列で宴会状態のオッさんたちも、今日はよそゆきの顔をして観戦しているのであった。
 今日の対戦カードは二試合。おてんばプロレスのエース・稲辺容子と、おてんば企画の二刀流レスラー(デザイナーとレスラーの二刀流である)・ジャッキー容子が、ジャパンなでしこプロレスで有望視されている特別練習生に挑むというチャレンジマッチであった。
 ジャパンなでしこプロレスの新しい顔として、ニューおてんば温泉に帰ってきた女子プロレスラーの正体は――なんとレディコングSAKIだった。練習生の中では圧倒的な強さ。前座の大戦争も制し、ジャパンおてんばプロレスの未来のエースともくされていた。「ウッホウホウホ」というキングコングを彷彿とさせるような雌(め)叫びをあげながら、タイのバンコク出身の女戦士がリングに登場した。
 おてんば企画が主宰するバンコクおてんばプロレスのリンクで、その才能を開花させたSAKIだったが、やがて日本へのプロレス遊学を果たし、今はジャパンなでしこプロレスの特別練習生どころか、特待生のような立ち位置で、その将来を嘱望されていたのである。くしくも沸き起こる「SAKI」コール。
 来日したての数か月、おてんば市で過ごしたことのあるSAKIだったが、しばらく見ないうちに、体重はひとまわり大きくなっており、プロレスラーとしての貫禄は十分すぎるほどであった。
 「容子だろうが、美央だろうが、どこからでもかかってこい」なんて、日本語もだいぶ上達したようだ。好きな食べ物はすき焼きらしいが、日本産の牛肉を食べまくって、元気も元気、これ以上の元気さは考えられないほどのMAX・元気ぶりであった。
 第一試合は、レディコングSAKI vs 稲辺容子。
 おてんばプロレスでは創始者のRKクイーンのスピリットを受け継ぎ、次を担うエースとして君臨していた容子だったが、SAKIという猛女が相手では何ひとつ実力を発揮できぬまま、虚しくスリーカウントを聞く結果となってしまった。
 いきなりのドロップキックで先手を打とうとした容子。それを両手で跳ねのけたSAKIは、容子の全身を鷲づかみにすると、そのままジャンピング式のパワーボムをくり出したのだから、たまったものではない。結果は、なんと三十一秒。パワーポム一発からの体固めでSAKIの完勝であった。想像を絶するほどの力の差に、一瞬、場内が静まり返った。
 「容子~っ」と叫びながら、おてんばプロレスの同期としてセコンドについていた松本がリングに駆けあがったが、軽い脳震盪にでも見舞われたのか、容子は「うーん」といいながら、頭を左右に振るのがやっとだった。これがプロとの差かと容子は思っていたが、日奈子社長がいうように、自分たちもプロをめざす以上、乗り越えていく以外にないだろう。力や技だけではない。メンタルというか、精神力にも磨きをかけていくしかないのだ。おてんば企画の安子が「容子ちゃん、がんばって」と声をかけた。その隣には、なんと容子の妹の隆子も――。
 隆子はまだ高校生だったが、いずれはおてんば女子大学へ進学し、おてんばプロレスのメンバーに加わりたいと考えていた。
 第二試合は、レディコングSAKI vs ジャッキー美央。
 「よし、こうなったら私が容子ちゃんのリベンジを果たさなくちゃね」といい、美央がリングで臨戦態勢を整えた。こうしてプロのリングに立つのは初めてだったが、美央自身、これまでいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた。デザイナーとして夜の夜中どころか、二泊三日に及ぶ残業の旅を経験したことがある。一睡もしていないどころか、いつの間にやら気を失って、気がついたらパソコンを抱きしめていたなんていうこともあったっけ。直接プロレスには関係ないが、ド根性だけはあると美央は自分にいい聞かせていたのである。
 カ~~~ンというゴング音ともに、先手を打ったのは美央であった。出し抜けにSAKIの頬を平手でぶっ放すと、ちょっとよろめきかけたSAKIの背後から手をまわし、いきなりのアトミックドロップを仕かけた。と思ったら、悶絶するSAKIをそのままバックドロップの体勢へ。バーンという激しい音が会場に響き渡った。
 「よっしゃ~」という声をあげながら、右腕を突きあげる美央に「美央」コールが沸き起こった。容子に対するリベンジとばかりに、容子の猛攻が続いた。レッグロックの態勢から拷問技のボー・アンド・アローへ。
 「ギブアップ?」というレフェリーの問いかけに、「オーノ~」と答えるSAKI。しばらくの間、美央の拷問に耐えていたタイの猛女だったが、「なんだこのヤロー」と金切り声をあげると、力づくで劣勢をはね返し、反転攻勢に打って出た。意表を突いたシャイニング・ウィザードで美央をマットに沈めると、怪力を活かしたパワースラムを一悶。そこへ高々とジャンピングしてのギロチンドロップを放ったのだから、これはもうたまったものではない。
 ズバ~~~ンという鈍い衝撃とともに、丸太のようなSAKIの右脚が美央の喉元に突き刺さった。リングサイドからは「キャーッ」という悲鳴が――。
 半失神状態の美央を手玉に、SAKIがフォールの態勢に入るのかと思いきや、なんと信じられないような光景が目の前に広がった。赤子の手をひねるかのように、美央の身体を持ちあげると、ランニングスリーという大技に打って出たのだ。SAKIがここぞという場面でしか出さない、荒技中の荒技。絶体絶命とは、まさにこういうことをいうのだろう。
 結果は八分十一秒、ランニングスリーからの体固めでSAKIの二連勝であった。いくら日奈子社長が「私たちはプロよ」といい張ったところで、プロとアマチュアの差は歴然だった。プロのリングに頭から打ちつけられ、ほとんど失神状態の美央。涙をからしながら「次は私が挑戦します」と新進気鋭の安子が名乗りをあげたが、今やプロとしてその名を売り出し中のSAKIの目に留まることはなかった。
 「ウッホウホウホ」というタイの猛女・SAKIによる勝利の咆哮(ほうこう)。会場の片隅で、その姿を見届けた花形はニヤリという謎の笑みを残しながら、そっと会場をあとにした。
 「何よー、くそったれ」と叫びながら、リングに駆けあがり、SAKIに食ってかかったのは日奈子だった。まるで幼い妹が五歳ぐらい年上のお姉ちゃんに食ってかかるような傍若無人(ぼうじゃくぶじん)ぶり。「何よ何よ何よ~」。
 カンカンカンというゴングの音が、けたたましく乱打された。ワーッという歓声が高鳴る中、日奈子がSAKIの顔に向かって毒霧(じつは野菜ジュース)を吐きつけた。「おおっ」というどよめき。ふだんは社長然としながら、老獪な闘いぶりを披露する日奈子のもうひとつの顔、グレート日奈子が誕生した瞬間でもあった。
 たしかに――。
 プロなんて夢の夢のそのまた夢の夢の夢でしかない、おてんばプロレスだったが、ギュンと凝縮されたパッションやエンターテイメントぶりだけは、決してプロに負けないという自負があった。自分たちには、自分たちだけのストーリーがある。それを見てからいえっていうんだ、お前ら。なんて日奈子が心の中で吠えまくっていた。
 と、そのときのことだ。「私のことを忘れてもらっては困る」といい、ひとりの華奢な女子選手が疾風のごとく、四角いジャングルに現れたのである。突如として会場に吹き荒れたピンクの風の正体は――。
 ジュリーだ。ジュリーだった。厳密には男の娘(こ)なので、女子プロレスの規定には、そぐわないのかもしれないが、何でもありの女子プロレス界。多様性の時代と呼ばれる今だからこそ、そんな既成概念なんて、ぶっ壊してしまえ。そんな想いで、ジュリーという超絶美女レスラーが、晴れのステージに姿を現したのである。
 大爆発する「ジュリー」コール。なかには声をからすほど、腹の底から「ジュリー」コールを送り続けているオッさん連中もいた。ジュリーの大親衛隊。日本一刺激的な女子プロレス団体をめざすうえで、ジュリーという男の娘(こ)は決して欠かすことのできない存在だったのだ。
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