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馬車を求めて

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玄関に残ったシバー少尉は、ケータイを取り出すと大佐に連絡した。

「もしもし、シバーです...」

シバー少尉からこと次第しだいを聞いて大佐は驚いた。

「サワラジリがマベルスを攻撃した!? 《支配》が解けたというのか?」

「そのようです。 マベルス中尉の命令はサワラジリ中尉に強制力が無いようでした。 マベルス中尉が口答えを禁止しても、サワラジリ中尉はベルを鳴らしてました」

「むう、とにかく人をやってマベルスを回収させよう。 緊急会議を開くから、お前も軍庁舎に来い。 大至急だ。 できればサワラジリに見つからんようにな」

◇◆◇

リビングへ戻ったエリカはソファーに座って、今しがたの出来事について考え始める。

(《支配》が解けたってことでいいのよね? )

まるで夢みたいだが、マベルス中尉をビンタした右の手の平はまだヒリヒリしている。

(けっきょく自殺で《支配》が解けたのかな? 自殺の効果が出るまでにタイムラグがあった?)

エリカは《支配》されていた一ヶ月を思い返し、ほうっと溜め息をついた。 

(とうとう... とうとう《支配》から解放されたのね。 この一ヶ月間、ストレスばかりだった...)

エリカはすぐに今後について考え始める。 《支配》が解けたとはいえ、いま彼女は軍と抗争中の身の上だ。

(とりあえず軍を懲らしめないと。 二度と妙な真似をさせないためにも)

エリカが不死身であること、そして自殺により《支配》から逃れたことをマベルス中尉とシバー少尉に知られてしまっている。 今度また軍に《支配》されれば、自殺を「命令」により封じられ、不死身を前提とする過酷な任務を与えられる。 軍をきっちりと脅しておくのは必須である。

(でも、あの大佐のことだから脅すだけじゃ効果が無いかも...)

エリカの脳裏にガブリュー大佐の理知的で冷徹な面差しが浮かぶ。 残酷ではないが無慈悲な、油断のならない相手である。

ガブリュー大佐を思い浮かべるうちに、エリカは胸がざわめく出すのを感じた。

(あっ、なんだか妙な気分)

妙な気分と言っても決してトキメキなどではない。 あんな白髪の銀縁メガネにエリカが恋心を抱くはずがない。 もっと不自然な感覚である。 そう、ここ一ヶ月間ほどずっと感じていた...

エリカは胸のざわめきを無視して思考に集中する。

(とにかく、大佐は脅しても効果がなさそう。 あいつにはファントムさんの威光も通じないし。 となると、やっぱり大佐は殺...)

そう考えかけた途端である。 大佐に危害を加えるのを拒否する気持ちがエリカの心に飛来した。

(そんなことできない!)

「軍の関係者に危害を加えてはならない」という基本ルールが発動したのだ。 解けたはずの《支配》が解けていなかったのである。



再び襲い来る悪夢。 エリカの胸がドクリと不安の鼓動を鳴らす。

(そんな! 《支配》は解けたんじゃなかったの? さっきは確実に《支配》が解けてた。 だってマベルスを攻撃できたんだもの)

エリカは《支配》の有無を確認すべく家から出ようとすることにした。 せかせかと廊下を渡って玄関へ行き、ドアノブをくるりと回転させて、ドアを開く。 ガチャリ。 はい、出れない。 無断外出を禁じる「命令」がエリカの足を前へ進ませないのだ。

(ああ、どうしよう...)

エリカの《支配》が残っていると発覚すれば、大佐がエリカの再支配を企むのは必定ひつじょう。 《支配》の運用も厳しくなるに違いない。

ちからなくリビングに戻りソファーに突っ伏したエリカは、必死で状況の整理を試みる。

(落ち着きなさい、エリカ。 落ち着くのよ。 まず、さっき《支配》が解けていたのは確実。 なんてったってマベルスを殴れたんだから。)

マベルス中尉を殴れたという事実が、今のエリカの心の支えである。

(そして、それにはきっと自殺したのが関係してる。 だって、これまで大佐やメカジキを殴れたことなんてなかったもの。 自殺のおかげで《支配》が解けかけてるのは間違いないはず)

(...今の私はたぶん《支配》がオフになったりオンに戻ったり。 とすれば問題は、そのオン/オフが切り替わるきっかけよね)

エリカはさっき心がざわめいた前後の状況を思い起こす。 そうするちに、前にも一度同じような胸のざわめきを感じたことがあったのを思い出した。

(あれは... そう、マベルス中尉を殴る前、自殺して《支配》が解けてなくてガッカリしてから家に戻って来るまでの間...)

あれはいつのことだったか? それを特定しようとエリカは記憶を振り絞り、頭から逃れそうな一瞬の記憶のイメージを捉えるのに成功した。

(思い出した! 自殺後に《支配》が解けてなくてガッカリして、そのあと長いことボーっとしてて、いつのまにか外出の自由時間を過ぎてて。 最初は時間を過ぎてるのを気にしてなかったのに、突然「早く家に帰らないと」って焦燥感に駆られたあのとき。 あのときにも胸のざわめきがあった)



《支配》がオフからオンに戻った2つの状況の共通点から、エリカは《支配》のオン/オフを左右する要因に目ぼしを付けた。

どうやら不安感が《支配》のオン/オフに関わっているようなのだ。 ガブリュー大佐を思い浮かべてスイッチがオンになったのは、彼がエリカの不安をかきたてる存在だからだ。 オン/オフは不安感だけで切り替わるのでもなさそうだが、エリカの精神状態がスイッチになっているとは言えそうである。

この仮説に基づいて心の持ち方を試行錯誤した末、エリカは《支配》がオフとなる精神状態にどうにか到達できた。

「よし! とりあえず《支配》をオフにできた」

だが現状は小康状態。 エリカの心が動揺すれば《支配》はオンに戻ってしまう。 外出中にオンに戻れば一目散に家に戻ることになるし、オンに戻っているときに軍の人間に出くわして「命令」されれば逆らえない。

(《支配》を完全に解除するには... やっぱりまた自殺かな...)

エリカは馬車を求めて家を出た。
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