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名誉大佐

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「5大都市を優雅に巡る馬車の旅」の出発日はあっという間にやって来た。

エリカがシバー少尉を伴って馬車乗り場へ行くと、数台が停まっている馬車の中でもひときわ立派な馬車をシバー少尉が指さして叫ぶ。

「あれですよあれ! 立派ですね!」

シバー少尉がはしゃぐのも無理はない、エリカたちの馬車は実際とても立派だった。 4頭の大きな馬が引く車体は、バスほどのサイズでありながら高級感に溢れている。 まさに富と権力の象徴である。

(バス版のロールスロイスって感じ。 これなら長旅も苦にならないわ)

予想を遙かに超えるゴージャスな馬車を目の当たりにして、エリカの胸ははからずもときめいた。

◇◆◇

楽しい時間は早く過ぎるものである。 エリカたちはアッと言う間にイワザル市に到着した。 馬車から降りた2人は旅の感想を述べ合う。

「なんだかアッと言う間でしたね」

チン(その通りね、驚くほどアッと言う間だった。 それにしても凄い馬車だったわね。 少しも揺れなかったし、車内も驚くほど静か)

「食事も美味しかったですー」

若い男性が馬車から降りて来て2人に声をかける。

「ホテルへご案内いたしましょう」

彼はツアーの添乗員だ。 今回の馬車旅はツアーなので、ツアー・コンダクターが付いているしホテルも食事も手配済みである。

添乗員はエリカたちの荷物が入ったスーツケースを持って歩き、エリカとシバー少尉はその彼の後を付いていく。

エリカとシバー少尉の後ろには6人の男女がぞろぞろと歩いている。 ツアーのボディーガードを務めるハンターだ。 護衛用の馬車に乗り組んでエリカたちの馬車を先導し、街道で遭遇するモンスターをかたずける。



ゴージャスなホテルのデラックスな一室に落ち着くと、エリカはさっそくイワザル市にあるというザルス共和国軍総司令部を訪れることにした。

しかし、シバー少尉がこれに異議を唱える。

「ねえエリカさん、せっかく豪華な旅なんですから、もう少しのんびりしましょうよ。 スローライフというか...」

チン(馬車の中でさんざんゴロゴロしたじゃない)

「スローライフって単にゴロゴロするだけじゃないと思うんです」

チン(じゃあ、何をするのがスローライフなのか言ってみなさい)

「それはよくわかりませんけど」

チン(でしょう? スローライフとはゴロゴロすることなの)

「なんか違う...」

チン(そんなことより、早く総司令部に案内してちょうだい)

◇◆◇

総司令部は総司令部なだけあって、ミザル市の司令部よりも大きく立派な建物だった。

シバー少尉が受付で来意を告げると、エリカたちの到来はすでに予告されていたらしく、すぐ部屋に通された。 部屋の主はビッキー将軍。 ザルス共和国軍のトップ、唯一の将軍である。

「遠路はるばる、ようこそお越し下さいましたファントムさん。 ささ、まずはお掛けになってください」

勧められるままにエリカは応接セットの椅子に腰を下ろす。 シバー少尉は部屋のドアの近くに立って待機である。

エリカが着席したのを見計らい将軍は話し始めた。

「ファントムさんのご要望に関しては、既にイイクニ中佐から聞き及んでいます。 なんでもファントムさんの《支配》禁止をザルス共和国の憲法に盛り込んで欲しいのだとか」

チン(ええ、まあ、そんな感じです)

「そこで、我が国の首脳部で話し合った結果、我がザルス共和国の第0条として、『ファントムさん不支配の原則』を盛り込むことに内定いたしました」

チン?(あら、そうなんですの? 話が早くて助かるわ)

「憲法でファントムさんの《支配》を禁止した以上、我が国は未来永劫にわたりファントムさんの《支配》を企むことはございません。 ザルス共和国はファントムさんの友人です。 末永くザルス共和国に留まって頂きますようお願い申し上げます」

仰々しくお願いされてリアクションに困ったエリカは言葉少なに返答する。

チン(ええ)

それを聞いたビッキー将軍が、お願いのために下げていた頭をガバッと上げる。

「ありがとうございます! それでですね、つきましてはファントムさんに1つお願いがありまして」

チン?(お願い?)

「ファントムさんに我が軍の名誉大佐に就任して頂きたいのです」

エリカの出国を阻止してエリカが他国の戦力となるのを防いだうえで、軍に引き留めてザルス共和国の戦力として活用しようというわけだ。

名誉大佐への就任を「お願いする」という形をとっているものの、ビッキー将軍の申し出は「軍に残るなら四階級特進で名誉大佐ですよ」と言っているのに他ならない。 高い地位でエリカを慰留しようというのだ。

チン(名誉大佐ですって? ...なんだか素敵な響き)

意外にもエリカは申し出に興味を示した。 まがりなりにも軍隊にしばらく身を置いたことで、「階級は高いのが良い」という価値観が彼女の中に生まれていた。

「名誉大佐は我が軍に4人しかいない大佐に相当する階級で、大佐と同額の報酬が支払われます。 加えて、部下も仕事も持たないので普段は遊んで過ごせます」

名誉大佐は部下も実権も持たないお飾りの名誉職と言うことなのだが、物は言いようである。 何も知らないエリカは無邪気に喜んだ。

チン?(ホントにそんなのでいいの? おカネだけ貰うのは何だか気が引けるんだけど)

「ときどき、ちょっとしたお願い事をするかもしれません」

エリカは警戒した。 前世でよく読んだラノベでは「ちょっとしたお願い事」は常に大変なお願い事だった。

チン...?(ちょっとしたお願い事って...?)

「本当にちょっとしたことですよ。 反社会的組織に潜入して親玉を成敗するとか、戦争になったら敵の総大将の息の根を止めるとか。 ファントムさんであれば朝飯前のことばかりです」

(それはそうだけど...)

エリカは以前にも似たようなことがあったのを思い出した。

(そうだ、マベルス中尉に初めて軍に勧誘されたとき。 あのとき拒否権がどうこう言ってた)

チン?(そのお願い事って拒否できるんですか?)

ビッキー将軍は少し困った顔になって言う。

「拒否... というか、ファントムさんは大佐になるわけですから、むしろお願いする側ですね。 指示を出す側です。 会社で言えば管理職です。 ですから、そのう... 拒否できるかどうかという、そういった質問自体がナンセンスなわけですな」

(どういうこと? よくわかんない)

ビッキー将軍も自分の説明が明快でないことは百も承知だった。 だが、明快に答えてしまうとエリカに断られてしまう。

ビッキー将軍は決断した。 用意させておいたアレを出すのは今このタイミングがベストだ。 将軍は手元にあったハンドベルを手に取って打ち鳴らす。 リーンリン。

出し抜けに鳴らされた大きな音にエリカが驚いていると、控え室のドアがガチャリと開いて一人の従卒が部屋に入って来た。

「お呼びですか将軍閣下」

「うむ。 例の物をここへ」

(例の物?)

「はい」

いったん控え室に引っ込んだ従卒が戻ってくる。 彼が手に持つのは一振りの長剣。

長剣を従卒から受け取った将軍は、剣を鞘から少し引き抜きながら言う。

「いま名誉大佐になった方には、もれなくこの長剣をプレゼントしておるのですよ」

鞘から引き抜かれゆく刀身が銀色の美しい輝きを放つ。 エリカにとっては懐かしい輝きである。 そう、それは...

(ミスリルの剣!)

ドアの近くでずっと立たされているシバー少尉も、初めて目にするミスリルの美しさに息を飲む。

(ミスリルってあんなに綺麗なの!?)

ミスリルには女性を虜にする妖しい魅力があるという。

(この剣が私の物に...)(いいなー、エリカさん。 私もあの剣ほしい)

ミスリルの剣を目の前に差し出されたエリカの答えは1つ。

チン...!(名誉大佐に... なります!)

「ありがとうございます、ファントムさん! いや、サワラジリ大佐」

こうしてエリカは軍人を続けることになった。

(私が大佐になる日が来るなんてね。 前世で女子大生やってた頃に夢にも思わなかった...)
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